【Lー②】リバースエンドナイト
文字数 7,772文字
「リコリスさんこれもどうぞーっ」
「あ、ありがとう」
エプロンと三角巾を携えたメイコちゃんは、満面の笑みで出来立ての料理を盛ったお皿をこちらへ渡してくれる。
受け取ったものをテーブルに追加しようとするが……そろそろスペースが危うい。
「メイコちゃん。も、もう充分──」
「──リコちゃんこれも食べてーっ」
間髪を入れず別の皿を渡される。
今度の出先はメイコちゃんのお母さんだった。
「あ、ありがとうございますー」
「ここまでが前菜だからね、そろそろメインディッシュいくよーっ」
瓜二つの笑顔を浮かべた2人は、入れ代わり立ち代わりで炊事場とこちらの居間を往復する。
──私は、覚悟を決めた。
────────────
──────
──
「ぐふぅ……」
堪らずお腹を摩る。
限界を超えた供給を成したのは、……とても美味しかったから。
「ごめんね、大したもの用意できなくてー」
「とんでもないです、ご馳走様でした」
お母さんに頭を下げた後、炊事場に居るメイコちゃんの方を覗く。
……鼻歌交じりに、食器を洗う後ろ姿が見て取れた。
「ありゃあの子、手伝いなんか滅多にしないのに。よっぽどリコちゃんに良いトコ見せたいんだね」
それを見て、お母さんが和かに呟いた。
ふわりと揺れる肩まで伸びたクリーム色の髪の毛は、二人が親子である事の要因の一つを象っている様に感じた。
「本当にありがとうございます、突然お邪魔させてもらったうえに食事も頂いちゃって……」
「お礼を言わなきゃいけないのはこっち。……ありがとう、娘が世話になったね」
──あ の 後 。
メイコちゃんに連れられて、彼女が住む町まで案内してもらいお家に招かれた。
……玄関先で。彼女がお母さんのお叱りをたっぷりと受けていたのは、まだハッキリと頭に残っている。
「いえ、そんな。何とかお力になれて良かったです。……もっと早くに気付いてあげてれば、メイコちゃんにも怖い想いをさせずに済んだのですけど」
「や、それは仕方が無いよ。……メイコ がいたその場所も、本来であれば危険なんてほぼ無いはずだったんだ」
まあそれでも夜間外出は一応怒るけどね、と。
少しだけ苦笑いを浮かべたお母さんは続けた。
「そうなんですか……?」
「……リコちゃん。そ れ 、ちょっとだけ貸して貰えるかな」
その眼差しが指すものは、傍らにあった私の木刀だった。
応じ、手渡す。
「ん……、デカいのに会っちゃったんだね。こりゃ大変だったでしょ」
木刀の刀身に手を重ね……まるで。
触診でも行っているかの様な仕草で、お母さんは言う。
「わ、わかっちゃうんですか」
「なんとなく、だけどね。……やっぱり、あの辺りにここまでのが現れるなんておかしい。あの──」
「……私もまだ、理解が及んでいない事ばかりなんです。あの──」
「「──這者 」」
お母さんと言葉が重なる。
……件の黒 い モ ノ に対しては、恐らく。
定義されたこの呼称と、少しの習 性 しか知り得ていない。
────曰く。
──あ る 日 を境に、初めての出現が確認される。
──それは不定形であり、常に変化する。
──何かの目的を持っている様には見えないが、人間を認識すると襲い掛かる。
「今日は二度、ここの近辺で這者と出逢いました。私が経験した中でも珍しい部類に入ります」
「……そっか。いよいよ考え直さないといけないかもね」
室内の明かりに照らされたお母さんの表情に、少しだけ険しさを伴う様子が伺えた。
そのまま、木刀を返される。
「さっき、危 険 な ん て ほ ぼ 無 い は ず だ っ た と言ってましたけど、それに関係する事なんですか?」
「そゆこと。どこもやってる事だとは思うんだけど、ざっくり言うと町を中心に大きな結界を張ってるんだ」
木刀を受け取りながら、やり取りを交わす。
「ど、どこもやってるものなんですね。なるほどそれで、這者が近付けない様にしていたと」
「そ。……メイコ、小柄な方でしょ?その足でそ う 遠 く な い 場所でしかないんだったら、ちょっと考えづらいんだよね」
──這者の習性としてもうひとつ。
マ ナ 及びオ ド を帯びたモノは、彼らに対して直接的なダメージをもたらすということ。
その二つの起源は……
「……んん、とりあえず今どうこう言っても仕方が無いね。ねね、リコちゃんっ。這者をやっつけた時の話詳しく教えてよー、それ聞きながらデザートにしよ」
少しの耽りは、表情を戻したお母さんに拭われる。
確かに、考えを及ばせるには……私はあまりにも無知であると自覚する。
そしてデザートが気になります。
「そ、そんな楽しい話ではないですよ」
「いーのいーの。……というか! その木刀すごいね、さっき触らせてもらった時びっくりしちゃった。きっとすごい──」
「──リコリスさんはすごいんだよ!!」
交わす私とお母さんの間に身を乗り出してきたのは、エプロンと三角巾を着けたままのメイコちゃんだった。
「ありゃメイコ、洗い物終わったの?」
「皿のあまりの光沢っぷりに新品かと思うくらい磨いてきたよ」
ふんっ、と鼻を鳴らしながら彼女は答えた。
「メイコちゃんありがとう、ご飯美味しかったよ。ご馳走様でした」
「ホントですか! 良かったですーまた作りますからねっ」
私の言葉に、にこにこと笑顔を携えながら返してくれる。
……本当に笑顔がそっくりな親子だなと思う。
「ねえねえお母さん何話してたの? リコリスさんがすごい的なニュアンスは向こうで感じ取ったんだけど」
「大体合ってる、這者討伐の武勇伝を聞かせてもらおうとしてたんだよ。なので、迅速に冷やしておいたプリンを持ってきなさい」
そう言うお母さんに、わかった! と元気に返事を返しメイコちゃんは炊事場へ向かう。
……程なくして。
前述のデザートを伴った彼女が戻り、手に持ったお盆から三つの小皿を配膳してくれる。
とても美味しそう……。
「メイコちゃん、お母さんも。本当にありがとうございます」
「いーのいーの。あと、アタシの事はレイナって呼んでー。……ウチの娘になるって言うなら構わんけどね!」
「い、いえいえ! 失礼しました、レイナさんっ」
「……自分の母親が名前で呼ばれる事に物凄い違和感を覚えます」
悪戯に笑うレイナさんと、少し難しい表情を浮かべるメイコちゃん。
そして、慌てる私。
何ともまとまりがないままではあったけど。
二人からの暖かい気持ちは、私を溶かしていく。
──有難く甘えさせてもらおう、と。
私は自然に零れた笑顔をそのままに、スプーンを手に取った。
────────────
──────
──
「──でね! 私がもう絶体絶命七転八倒四面楚歌のその時!! ……颯爽と現れたわけですよ、救世主が」
「救世主はちょっと盛り気味だよメイコちゃん」
空になった小皿をそのままに。
私の武 勇 伝 は、メイコちゃんによって語られていた。
……一声上げる度に振られる握り拳が熱い。
「ほほー、絶妙なタイミングだったわけだね」
「目の前で這者の舌ペロッペロしてたからね。きもいーっ」
……実際、確かにギリギリではあったとは思う。
言葉を交わす二人を見ながら改めて感じる。
「……でもリコちゃんからその蛇 まで結構距離あったんだよね、そこはどうやってクリアしたの?」
「──よくぞ聞いてくれました、お母さん」
ちょっとだけ真剣な表情になったメイコちゃんが、レイナさんへそう返す。
……すごく盛り上がってらっしゃる。
「そこでリコリスさんは、ばひゅーんと【ヤマト】を使って這者を撃ち抜いたのです!」
「へー! そうなんだー?」
「は、はい。咄嗟の事でしたけど……」
「お母さんそれがね、不思議なの。リコリスさんの撃ったやつ、這者に当たった後もう一度どかーんってなったんだー」
たっぷりのジェスチャーと共に私の【ヤマト】を説明するメイコちゃん。
レイナさんはそれを受け、目をキラキラと輝かせた。
「ほほーっ、そんなの初めて聞いた。おもしろい事をする子だねー」
「い、いえ……。イ メ ー ジ し や す か っ た も の を打ち出したらそうなったんです」
──その言葉に偽りは無い。
【ヤマト】とは、願う事象を体現させる為に自身を回路として打ち出す術 だ。
……たぶん、もっと用途に適した使い方はごまんとある筈なのだと思う。
明かりを灯したりだとか。
飲み水を生み出したりだとか。
疲労を回復させたりだとか。
でも、如何せん私は──
「ほえーそうなんだー。確か、その木刀からどーんってしたんだっけ。……あ、もしかしてリコちゃん」
「た、たぶん考えている通りだと思います」
──私は、マ ナ の扱いがひどく苦手だった。
【ヤマト】を使用する際。
漂うマナを自身に取り込んだ後、それを源に具現させていくのだけど。
……どうにも、マ ナ を 取 り 込 む という所作が理解へと及ばないままだった。
「なので。私のこの木刀は、どちらかというと杖みたいなものなんです」
「なるほど。これがガッチガチにオ ド で固められてたのはそういう事だったんだね」
空間に存在しているマナに対し、オドは。
自身の中に滞留しているもの……らしい。
……私が行使する【ヤマト】は、それを糧にしている。
マナを扱えない代わり……と言っていいのかはわからないけど、私のオドは平均よりもかなりの規模だと教 え ら れ た 。
──それに伴い、媒介とする為に木刀への施しを処した。
結果として私は。
マナを用いて……本来であれば、多種多様な効果を持ち得るこの【ヤマト】を。
オドのみの供給であるが為に、”自分がハッキリと認識し、イメージできるモノしか具現化させられない”という状態にあった──
「ですので、決して武 勇 伝 なんかじゃないです。不格好に足掻いただけなんです」
傍らの木刀を握りながら言う。
……例えば。
真空の刃、なんてものを生み出せていれば。
もっと早く、確実にメイコちゃんを救えていたはず。
でも私には、そ ん な モ ノ のイメージなど沸かない。
媒介を使用した【ヤマト】……。平たく言うと、補助輪付きの自転車のようなもの。
決して大手を振れる代物ではない。
「何言ってるんですか」
「何言ってんの」
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
それほどに二人の反応に意外を感じ──
「リコリスさんが必死になって助けてくれたって事の証明じゃないですか……!! 私にとっては超かっこいい武勇伝なんですよーっ!」
「それで助かった命があるんだ……胸張りなよ。本当にありがとう、リコちゃん。カッコイイよ」
「ど……どういたしまして……です」
──私はそれだけを返す。
無意識に劣等を感じていたものは、しかし。
二人の言葉によっていとも簡単に吹き飛ばされたのだった……。
……その後。
メイコちゃんのリ コ リ ス 語 り は留まるところを知らず。
それを優しく微笑みながら聞いていたレイナさんから──
『この子、お姉ちゃん欲しがってたんだよね。ちょっとだけ付き合ってあげて』
──と、耳打ちをされ。
私はまた、自然と笑みが零れる感覚を持った。
────────────
──────
──
──ひとつだけ。
【そら】を見た時に感じたモノと。
メイコちゃんに名 乗 っ た 時に感じたモノ。
それを、私はまた覚える。
……【ヤマト】
マナだとか、オドだとか。
それぞれ決して馴染み深いわけでは無い。
けれど、ヤマトと銘打たれたそれだけは。
私が何の違和感も無く受け入れられる言葉で言うと、やっぱり……
【魔法】だった──
────────────
──────
──
「リコリスさん暑くないですか、大丈夫です?」
「うん、全然平気」
寝室へ案内されていた私は、メイコちゃんに言葉を返しながら貸してもらったタオルケットに身体を預ける。
……肌触りがとても気持ちいい。
「つ、つい長話してしまって……、ごめんなさい。すっかり遅くなっちゃって」
「ううん、大丈夫。楽しかったよ、ありがとう」
色違いのタオルケットを羽織るメイコちゃんは、少しだけそれで顔を隠す。
【そら】が差す時刻は、すでに日付が変わろうとしていた。
……放つ言葉に一切の他意は無い。
本当に、有意義な時間を過ごさせてもらった。
「お風呂まで頂いちゃって、何から何までお世話になっちゃったね」
「いいんですよー、ゆっくりして下さいね」
場が落ち着いた後、二人の厚意で湯浴みと寝床を勧められたので有難く賜った。
……湯を頂こうと、着ているものを脱いでいる最中。
備品の場所等の説明をしにメイコちゃんがこちらへ駆け寄った際、私の体を見て唇を尖らせながら可愛らしく唸っていた姿が鮮明に頭へ残っている。
お姉ちゃんを欲しがっていたと、レイナさんから聞かされてはいたけど。
……私も。
彼女の様な妹がいたら良いな、なんて。
少しだけ柔らかな想像を巡らせた。
「……そういえば、レイナさんは?」
「あ、お母さんはたぶん──」
お風呂から上がると、既にレイナさんの姿は無かった。
詮索するのもアレかなと思い促されるままだったけど、聞いてみる。
「──お父さんに、会いに行ってると思います」
隠した顔をまた出しながら、そう返される。
「お父さん? 仕事先に迎えに行ったとか……かな」
言いかけているうちに。
……まずいかも、とは思った。
「あ、いえ。……町の外れに、お父さんのお墓があるんです。お母さん、嬉しい事があると必ず報告に行くんですよ」
嫌な方向に予感は当たる。
軽率だったと、少し後悔した。
「……そうだったんだ。ごめんね、余計な事聞いちゃったね」
「いえいえ、そんなっ。きっとお母さん、リコリスさんの事話しに行ってるんですよ」
「そ、そうなのかな。……メイコちゃんは行かなくて良かったの?」
「……お父さんは、私が生まれてすぐに亡くなったそうなんです。だから……って言ったらちょっと薄情なのかもしれませんけど、実感が全然無いんです。……そんな私が行って、二人の邪魔しちゃ悪いかなって」
僅かな灯りに照らされたメイコちゃんの横顔は、遠いところを見ている様な気がした。
「──お父さん、這者に殺されたそうです」
その目は、何を覗いているのか。
行く宛を失った私の視線は、備え付けられた窓に移る。
「そうだったんだ……」
「……はい。お母さん、実はその頃から自警団に所属しているんです。たぶん、それがあったからなのかなって」
「……そっか。どおりで、そ の テ の話に詳しいわけだね」
「ですねー。実は結構憧れてます」
言いながら、メイコちゃんは横になっていた体を半身だけ起こした。
「リコリスさんっ、”始まりの島”ってご存知ですかー?」
「あ、それは……うん。わかるよ」
少しだけ声色高く言うメイコちゃんに、私も視線と共に返す。
……お互い、何となく払拭の頃合を見計らっていたのかなとも思う。
「マナの発生源、だったよね」
「ですですっ、大昔にその島から沢山のマナが吹き出て、今の世界が始まったーとか言われてるやつです」
その話は深く心に刻み込まれている。
全ての事象の源であると言われている概念が実態化し、世界中へ広まった──
人々にマナを与え、それに呼応するかの様にオドが表面化し、結果としてヤマトの発現に繋がった。
繁栄をもたらすきっかけになった場所……。
──故に、始まりの島。
「ミステリアスそして神秘……っっ、すごいですよねーっ」
「うん、そうだね。……でも、ハッキリとした場所がわからないんだよね」
……この大地に生きる人達の心にはきっと、その名はハッキリと浸透しているはずなのに。
当の島は、未踏の地としての曰くを受けていた。
「そうなんですよねー……。でも、そこがまた良いですよね」
「……ミステリアスそして神秘?」
「ですですっ。……私、マナが好きです。何だか満たされる感じがします」
「そうなんだ」
……その感情を持てない事に、ちょっとだけ寂しさを覚えた。
「なのでリコリスさんにも。それを沢山伝えられたらいいなーって、思います」
「……ありがとう」
私の起伏を感じてか、そんな言葉を掛けてくれる。……優しいね。
「そ、そして私にはあの不思議なヤマトを教えて欲しいです」
「それはレイナさんに相談だね」
受け答えをしながら、互いに自然と笑みが浮かぶ。
再び身体を寝かせたメイコちゃんは、少しだけ眠気を帯びた声色で続けた。
「……私、いつか始まりの島へ行ってみたいなーって考えてるんですよ」
「えっ、そうなの?」
「はいっ。と、とりあえずお母さんに迷惑掛けない程度に自立できてから……ですけどね」
「あはは、うん。そうだね」
「……リコリスさんは、この辺りに何か用事があったんですか?」
「あ、えっとね。……行きたい場所があって、ちょっとだけ旅してるの」
「ありゃそうなんですかーっ、お一人で大変です……。でも偶然とはいえ、こうして出逢えて良かったです本当に」
「こちらこそ。旅も悪くないかな、なんて思っちゃったくらいだよ」
……久しぶりに、こんなに人と話した気がする。
その相手が、彼女達で良かったなと。
心底、そう思った。
「……リコリスさん、行 き た い 場 所 っていうのは……。聞いちゃっても大丈夫です?」
「……うん。…………メイコちゃん、実はね──」
「あああああああアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
──紡ぐ私の言葉を遮ったのは。
絶叫……怒号……咆哮……
…………違う。
脳を掻きむしる様な鋭さを持った衝撃。
もはやそれは──
────断末魔だ。
「──ッッ!?」
外から起きた突然の音に、声にならない声を上げながらメイコちゃんが飛び跳ねる。
「メイコちゃんはここに居て!!!!」
傍らに控えておいた木刀を手に取り、彼女達の宅から飛び出した。
────────────
──────
──
……地面を蹴り飛ばしながら表へ出る。
逸る呼吸を鎮めつつ、眼前へ意識を置いた。
「──アアアアアアアアァァアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
先程よりもさらに強く、私を穿つ。
音の所在は包む深淵へ身を投じ、その存在を不定のまま歪として成す。
思わず、誰かの最期──とも取れたあの声 は…………違う。
目の前のそれから、断続的に発せられているモノだった。
「────這者……!!」
呼吸をさらに鎮め、腰を落とす。
視界は良くは無い。逸らさぬ様に……見据えた眼を指定させる。
……臨戦の体勢を組み立てながら、懸念が浮かぶ。
「アアアアアアアアァァアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
這者が声 を 発 す る という状態を、初めて見る。
「────っっ!!」
そんな耽りを余所に、這者は腕 を大きく振り回しこちらへ凪ぐ。
飛び退いて回避は成したが──
『…………腕……!?』
いざ距離が詰まると、より鮮明にその姿を認識。
……繰り返す初見は、また私を驚かせる。
その這者は、……人の形をしていた。
「アアアアアアアァァアアアアアアアアァァアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
一際、音が響く。
──その時私は。
視界に入ったそ れ の意味するところへ理解を及ばせるには、僅かばかりの時間を必要とした。
なぜなら。
その人型這者の”頭部から肩まで伸びているもの”が、彼らを体する黒 ではなく……
見覚えのあるク リ ー ム 色 をしていたからだ────
────────────
──────
──
※メイコイメージ
※レイナイメージ
「あ、ありがとう」
エプロンと三角巾を携えたメイコちゃんは、満面の笑みで出来立ての料理を盛ったお皿をこちらへ渡してくれる。
受け取ったものをテーブルに追加しようとするが……そろそろスペースが危うい。
「メイコちゃん。も、もう充分──」
「──リコちゃんこれも食べてーっ」
間髪を入れず別の皿を渡される。
今度の出先はメイコちゃんのお母さんだった。
「あ、ありがとうございますー」
「ここまでが前菜だからね、そろそろメインディッシュいくよーっ」
瓜二つの笑顔を浮かべた2人は、入れ代わり立ち代わりで炊事場とこちらの居間を往復する。
──私は、覚悟を決めた。
────────────
──────
──
「ぐふぅ……」
堪らずお腹を摩る。
限界を超えた供給を成したのは、……とても美味しかったから。
「ごめんね、大したもの用意できなくてー」
「とんでもないです、ご馳走様でした」
お母さんに頭を下げた後、炊事場に居るメイコちゃんの方を覗く。
……鼻歌交じりに、食器を洗う後ろ姿が見て取れた。
「ありゃあの子、手伝いなんか滅多にしないのに。よっぽどリコちゃんに良いトコ見せたいんだね」
それを見て、お母さんが和かに呟いた。
ふわりと揺れる肩まで伸びたクリーム色の髪の毛は、二人が親子である事の要因の一つを象っている様に感じた。
「本当にありがとうございます、突然お邪魔させてもらったうえに食事も頂いちゃって……」
「お礼を言わなきゃいけないのはこっち。……ありがとう、娘が世話になったね」
──
メイコちゃんに連れられて、彼女が住む町まで案内してもらいお家に招かれた。
……玄関先で。彼女がお母さんのお叱りをたっぷりと受けていたのは、まだハッキリと頭に残っている。
「いえ、そんな。何とかお力になれて良かったです。……もっと早くに気付いてあげてれば、メイコちゃんにも怖い想いをさせずに済んだのですけど」
「や、それは仕方が無いよ。……
まあそれでも夜間外出は一応怒るけどね、と。
少しだけ苦笑いを浮かべたお母さんは続けた。
「そうなんですか……?」
「……リコちゃん。
その眼差しが指すものは、傍らにあった私の木刀だった。
応じ、手渡す。
「ん……、デカいのに会っちゃったんだね。こりゃ大変だったでしょ」
木刀の刀身に手を重ね……まるで。
触診でも行っているかの様な仕草で、お母さんは言う。
「わ、わかっちゃうんですか」
「なんとなく、だけどね。……やっぱり、あの辺りにここまでのが現れるなんておかしい。あの──」
「……私もまだ、理解が及んでいない事ばかりなんです。あの──」
「「──
お母さんと言葉が重なる。
……件の
定義されたこの呼称と、少しの
────曰く。
──
──それは不定形であり、常に変化する。
──何かの目的を持っている様には見えないが、人間を認識すると襲い掛かる。
「今日は二度、ここの近辺で這者と出逢いました。私が経験した中でも珍しい部類に入ります」
「……そっか。いよいよ考え直さないといけないかもね」
室内の明かりに照らされたお母さんの表情に、少しだけ険しさを伴う様子が伺えた。
そのまま、木刀を返される。
「さっき、
「そゆこと。どこもやってる事だとは思うんだけど、ざっくり言うと町を中心に大きな結界を張ってるんだ」
木刀を受け取りながら、やり取りを交わす。
「ど、どこもやってるものなんですね。なるほどそれで、這者が近付けない様にしていたと」
「そ。……メイコ、小柄な方でしょ?その足で
──這者の習性としてもうひとつ。
その二つの起源は……
「……んん、とりあえず今どうこう言っても仕方が無いね。ねね、リコちゃんっ。這者をやっつけた時の話詳しく教えてよー、それ聞きながらデザートにしよ」
少しの耽りは、表情を戻したお母さんに拭われる。
確かに、考えを及ばせるには……私はあまりにも無知であると自覚する。
そしてデザートが気になります。
「そ、そんな楽しい話ではないですよ」
「いーのいーの。……というか! その木刀すごいね、さっき触らせてもらった時びっくりしちゃった。きっとすごい──」
「──リコリスさんはすごいんだよ!!」
交わす私とお母さんの間に身を乗り出してきたのは、エプロンと三角巾を着けたままのメイコちゃんだった。
「ありゃメイコ、洗い物終わったの?」
「皿のあまりの光沢っぷりに新品かと思うくらい磨いてきたよ」
ふんっ、と鼻を鳴らしながら彼女は答えた。
「メイコちゃんありがとう、ご飯美味しかったよ。ご馳走様でした」
「ホントですか! 良かったですーまた作りますからねっ」
私の言葉に、にこにこと笑顔を携えながら返してくれる。
……本当に笑顔がそっくりな親子だなと思う。
「ねえねえお母さん何話してたの? リコリスさんがすごい的なニュアンスは向こうで感じ取ったんだけど」
「大体合ってる、這者討伐の武勇伝を聞かせてもらおうとしてたんだよ。なので、迅速に冷やしておいたプリンを持ってきなさい」
そう言うお母さんに、わかった! と元気に返事を返しメイコちゃんは炊事場へ向かう。
……程なくして。
前述のデザートを伴った彼女が戻り、手に持ったお盆から三つの小皿を配膳してくれる。
とても美味しそう……。
「メイコちゃん、お母さんも。本当にありがとうございます」
「いーのいーの。あと、アタシの事はレイナって呼んでー。……ウチの娘になるって言うなら構わんけどね!」
「い、いえいえ! 失礼しました、レイナさんっ」
「……自分の母親が名前で呼ばれる事に物凄い違和感を覚えます」
悪戯に笑うレイナさんと、少し難しい表情を浮かべるメイコちゃん。
そして、慌てる私。
何ともまとまりがないままではあったけど。
二人からの暖かい気持ちは、私を溶かしていく。
──有難く甘えさせてもらおう、と。
私は自然に零れた笑顔をそのままに、スプーンを手に取った。
────────────
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──
「──でね! 私がもう絶体絶命七転八倒四面楚歌のその時!! ……颯爽と現れたわけですよ、救世主が」
「救世主はちょっと盛り気味だよメイコちゃん」
空になった小皿をそのままに。
私の
……一声上げる度に振られる握り拳が熱い。
「ほほー、絶妙なタイミングだったわけだね」
「目の前で這者の舌ペロッペロしてたからね。きもいーっ」
……実際、確かにギリギリではあったとは思う。
言葉を交わす二人を見ながら改めて感じる。
「……でもリコちゃんからその
「──よくぞ聞いてくれました、お母さん」
ちょっとだけ真剣な表情になったメイコちゃんが、レイナさんへそう返す。
……すごく盛り上がってらっしゃる。
「そこでリコリスさんは、ばひゅーんと【ヤマト】を使って這者を撃ち抜いたのです!」
「へー! そうなんだー?」
「は、はい。咄嗟の事でしたけど……」
「お母さんそれがね、不思議なの。リコリスさんの撃ったやつ、這者に当たった後もう一度どかーんってなったんだー」
たっぷりのジェスチャーと共に私の【ヤマト】を説明するメイコちゃん。
レイナさんはそれを受け、目をキラキラと輝かせた。
「ほほーっ、そんなの初めて聞いた。おもしろい事をする子だねー」
「い、いえ……。
──その言葉に偽りは無い。
【ヤマト】とは、願う事象を体現させる為に自身を回路として打ち出す
……たぶん、もっと用途に適した使い方はごまんとある筈なのだと思う。
明かりを灯したりだとか。
飲み水を生み出したりだとか。
疲労を回復させたりだとか。
でも、如何せん私は──
「ほえーそうなんだー。確か、その木刀からどーんってしたんだっけ。……あ、もしかしてリコちゃん」
「た、たぶん考えている通りだと思います」
──私は、
【ヤマト】を使用する際。
漂うマナを自身に取り込んだ後、それを源に具現させていくのだけど。
……どうにも、
「なので。私のこの木刀は、どちらかというと杖みたいなものなんです」
「なるほど。これがガッチガチに
空間に存在しているマナに対し、オドは。
自身の中に滞留しているもの……らしい。
……私が行使する【ヤマト】は、それを糧にしている。
マナを扱えない代わり……と言っていいのかはわからないけど、私のオドは平均よりもかなりの規模だと
──それに伴い、媒介とする為に木刀への施しを処した。
結果として私は。
マナを用いて……本来であれば、多種多様な効果を持ち得るこの【ヤマト】を。
オドのみの供給であるが為に、”自分がハッキリと認識し、イメージできるモノしか具現化させられない”という状態にあった──
「ですので、決して
傍らの木刀を握りながら言う。
……例えば。
真空の刃、なんてものを生み出せていれば。
もっと早く、確実にメイコちゃんを救えていたはず。
でも私には、
媒介を使用した【ヤマト】……。平たく言うと、補助輪付きの自転車のようなもの。
決して大手を振れる代物ではない。
「何言ってるんですか」
「何言ってんの」
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
それほどに二人の反応に意外を感じ──
「リコリスさんが必死になって助けてくれたって事の証明じゃないですか……!! 私にとっては超かっこいい武勇伝なんですよーっ!」
「それで助かった命があるんだ……胸張りなよ。本当にありがとう、リコちゃん。カッコイイよ」
「ど……どういたしまして……です」
──私はそれだけを返す。
無意識に劣等を感じていたものは、しかし。
二人の言葉によっていとも簡単に吹き飛ばされたのだった……。
……その後。
メイコちゃんの
それを優しく微笑みながら聞いていたレイナさんから──
『この子、お姉ちゃん欲しがってたんだよね。ちょっとだけ付き合ってあげて』
──と、耳打ちをされ。
私はまた、自然と笑みが零れる感覚を持った。
────────────
──────
──
──ひとつだけ。
【そら】を見た時に感じたモノと。
メイコちゃんに
それを、私はまた覚える。
……【ヤマト】
マナだとか、オドだとか。
それぞれ決して馴染み深いわけでは無い。
けれど、ヤマトと銘打たれたそれだけは。
私が何の違和感も無く受け入れられる言葉で言うと、やっぱり……
【魔法】だった──
────────────
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「リコリスさん暑くないですか、大丈夫です?」
「うん、全然平気」
寝室へ案内されていた私は、メイコちゃんに言葉を返しながら貸してもらったタオルケットに身体を預ける。
……肌触りがとても気持ちいい。
「つ、つい長話してしまって……、ごめんなさい。すっかり遅くなっちゃって」
「ううん、大丈夫。楽しかったよ、ありがとう」
色違いのタオルケットを羽織るメイコちゃんは、少しだけそれで顔を隠す。
【そら】が差す時刻は、すでに日付が変わろうとしていた。
……放つ言葉に一切の他意は無い。
本当に、有意義な時間を過ごさせてもらった。
「お風呂まで頂いちゃって、何から何までお世話になっちゃったね」
「いいんですよー、ゆっくりして下さいね」
場が落ち着いた後、二人の厚意で湯浴みと寝床を勧められたので有難く賜った。
……湯を頂こうと、着ているものを脱いでいる最中。
備品の場所等の説明をしにメイコちゃんがこちらへ駆け寄った際、私の体を見て唇を尖らせながら可愛らしく唸っていた姿が鮮明に頭へ残っている。
お姉ちゃんを欲しがっていたと、レイナさんから聞かされてはいたけど。
……私も。
彼女の様な妹がいたら良いな、なんて。
少しだけ柔らかな想像を巡らせた。
「……そういえば、レイナさんは?」
「あ、お母さんはたぶん──」
お風呂から上がると、既にレイナさんの姿は無かった。
詮索するのもアレかなと思い促されるままだったけど、聞いてみる。
「──お父さんに、会いに行ってると思います」
隠した顔をまた出しながら、そう返される。
「お父さん? 仕事先に迎えに行ったとか……かな」
言いかけているうちに。
……まずいかも、とは思った。
「あ、いえ。……町の外れに、お父さんのお墓があるんです。お母さん、嬉しい事があると必ず報告に行くんですよ」
嫌な方向に予感は当たる。
軽率だったと、少し後悔した。
「……そうだったんだ。ごめんね、余計な事聞いちゃったね」
「いえいえ、そんなっ。きっとお母さん、リコリスさんの事話しに行ってるんですよ」
「そ、そうなのかな。……メイコちゃんは行かなくて良かったの?」
「……お父さんは、私が生まれてすぐに亡くなったそうなんです。だから……って言ったらちょっと薄情なのかもしれませんけど、実感が全然無いんです。……そんな私が行って、二人の邪魔しちゃ悪いかなって」
僅かな灯りに照らされたメイコちゃんの横顔は、遠いところを見ている様な気がした。
「──お父さん、這者に殺されたそうです」
その目は、何を覗いているのか。
行く宛を失った私の視線は、備え付けられた窓に移る。
「そうだったんだ……」
「……はい。お母さん、実はその頃から自警団に所属しているんです。たぶん、それがあったからなのかなって」
「……そっか。どおりで、
「ですねー。実は結構憧れてます」
言いながら、メイコちゃんは横になっていた体を半身だけ起こした。
「リコリスさんっ、”始まりの島”ってご存知ですかー?」
「あ、それは……うん。わかるよ」
少しだけ声色高く言うメイコちゃんに、私も視線と共に返す。
……お互い、何となく払拭の頃合を見計らっていたのかなとも思う。
「マナの発生源、だったよね」
「ですですっ、大昔にその島から沢山のマナが吹き出て、今の世界が始まったーとか言われてるやつです」
その話は深く心に刻み込まれている。
全ての事象の源であると言われている概念が実態化し、世界中へ広まった──
人々にマナを与え、それに呼応するかの様にオドが表面化し、結果としてヤマトの発現に繋がった。
繁栄をもたらすきっかけになった場所……。
──故に、始まりの島。
「ミステリアスそして神秘……っっ、すごいですよねーっ」
「うん、そうだね。……でも、ハッキリとした場所がわからないんだよね」
……この大地に生きる人達の心にはきっと、その名はハッキリと浸透しているはずなのに。
当の島は、未踏の地としての曰くを受けていた。
「そうなんですよねー……。でも、そこがまた良いですよね」
「……ミステリアスそして神秘?」
「ですですっ。……私、マナが好きです。何だか満たされる感じがします」
「そうなんだ」
……その感情を持てない事に、ちょっとだけ寂しさを覚えた。
「なのでリコリスさんにも。それを沢山伝えられたらいいなーって、思います」
「……ありがとう」
私の起伏を感じてか、そんな言葉を掛けてくれる。……優しいね。
「そ、そして私にはあの不思議なヤマトを教えて欲しいです」
「それはレイナさんに相談だね」
受け答えをしながら、互いに自然と笑みが浮かぶ。
再び身体を寝かせたメイコちゃんは、少しだけ眠気を帯びた声色で続けた。
「……私、いつか始まりの島へ行ってみたいなーって考えてるんですよ」
「えっ、そうなの?」
「はいっ。と、とりあえずお母さんに迷惑掛けない程度に自立できてから……ですけどね」
「あはは、うん。そうだね」
「……リコリスさんは、この辺りに何か用事があったんですか?」
「あ、えっとね。……行きたい場所があって、ちょっとだけ旅してるの」
「ありゃそうなんですかーっ、お一人で大変です……。でも偶然とはいえ、こうして出逢えて良かったです本当に」
「こちらこそ。旅も悪くないかな、なんて思っちゃったくらいだよ」
……久しぶりに、こんなに人と話した気がする。
その相手が、彼女達で良かったなと。
心底、そう思った。
「……リコリスさん、
「……うん。…………メイコちゃん、実はね──」
「あああああああアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
──紡ぐ私の言葉を遮ったのは。
絶叫……怒号……咆哮……
…………違う。
脳を掻きむしる様な鋭さを持った衝撃。
もはやそれは──
────断末魔だ。
「──ッッ!?」
外から起きた突然の音に、声にならない声を上げながらメイコちゃんが飛び跳ねる。
「メイコちゃんはここに居て!!!!」
傍らに控えておいた木刀を手に取り、彼女達の宅から飛び出した。
────────────
──────
──
……地面を蹴り飛ばしながら表へ出る。
逸る呼吸を鎮めつつ、眼前へ意識を置いた。
「──アアアアアアアアァァアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
先程よりもさらに強く、私を穿つ。
音の所在は包む深淵へ身を投じ、その存在を不定のまま歪として成す。
思わず、誰かの最期──とも取れたあの
目の前のそれから、断続的に発せられているモノだった。
「────這者……!!」
呼吸をさらに鎮め、腰を落とす。
視界は良くは無い。逸らさぬ様に……見据えた眼を指定させる。
……臨戦の体勢を組み立てながら、懸念が浮かぶ。
「アアアアアアアアァァアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
這者が
「────っっ!!」
そんな耽りを余所に、這者は
飛び退いて回避は成したが──
『…………腕……!?』
いざ距離が詰まると、より鮮明にその姿を認識。
……繰り返す初見は、また私を驚かせる。
その這者は、……人の形をしていた。
「アアアアアアアァァアアアアアアアアァァアアァァァァァァーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
一際、音が響く。
──その時私は。
視界に入った
なぜなら。
その人型這者の”頭部から肩まで伸びているもの”が、彼らを体する
見覚えのある
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──
※メイコイメージ
※レイナイメージ