【Lー⑧】センチインパクトハート
文字数 5,004文字
────ひとつ、呼吸を落とす。
視界は瞼に覆われ、静寂が耳に響く。
巡らせるのは道 の名を冠す、理。
自身に灯された光は炎にも成り水にも成り、その事象はただひとつの筋へ行き届く。
揺らぎを続けていた僅かな波紋は、同調を重ね全を表した。
……掴む意識と肢体が合流を果たし。
そこでようやく、私は目を開く。
「────はッッ!!!!」
足──つま先から。
腕──真っ直ぐに。
手──握りを強く。
腹──下部に力を。
目──先を見据え。
館内に響く師範の号令と共に、私は示された型 を体現する。
自分から発せられる掛け声と床を踏み叩く音、道着の衣擦れだけがその場に木霊するが──しかし。
……その音すらも今 は邪魔。
「──せッッ!!!!」
声を荒げ、騒がしくすればいいワケではない。
動きを大袈裟に、派手にすればいいワケではない。
────イ メ ー ジ 。
これに必要なモノは、そ れ 。
相手がそこにいると仮定、固着させ。
今自分が何をしているのか、何の為にこの動作をしているのか。
どの角度にどの速度で打ち込めば有効打になるのか、次に何の動 を呈してくるのか、それに対しこちらの捌きは何を為せばいいのか。
生じさせる姿勢、呼吸、立ち位置、目視、感覚、観察、気概……その全て。
イメージと体を同期させ、舞い連ねる。
「──ありがとうございました!!」
時間にして凡そ数分。
吐いた息と共に額を流れた汗は、その所作に対する私の没入を示す。
…………学校の近くにある、空手道場。
幼少時から両親の勧めで通っているそこは、私にとって唯一のルーチンでもあった──
────────────
──────
───
「沙華こっわ」
「えっ」
再び制服に袖を通し、ほとんど日の沈みかけた【空】を仰ぎながら。
横を歩いていた真衣が、ぽつりとそう呟いた。
「いや、もうちょいかかりそうだったから見学してたんだけどさ。凄いね、怖いね」
「褒めてるのそれ?」
ううん、全然。と返してきたその顔を指で小突く。
……学校の授業が終わった後。
互いに部活動等には所属していない為、私は道場、真衣はバイトと。
それぞれが放課後の余暇を過ごした後、こうしてまた帰りに落ち合うのが日課になっていた。
「あーでもホント、早くお金貯めて島 出たい」
「……そっか」
頭を捻りながらそう言う真衣に、私は少しだけ口ごもってしまう。
……学校でも話したそ れ に、私はまだ明確な答えが出せないままでいた。
「……沙華はどうする?」
「ん」
それを知ってか知らずか、真衣は私へ尋ねてくる。
「お悩み中?」
「……そうだね。もうちょっと、考える時間欲しいかも」
「そっか、ごめんね」
「ううん、全然」
私の返しに、真衣は笑顔を携えた。
「じゃ、とりあえず今は学校楽しまないとね。……あっ、今年もまた文化祭でやるんだってさ、キャンプファイヤー」
「え、そうなの?」
「沙華あれ好きだったよね」
「う、うん。なんか惹かれちゃう」
「火を好む女……おーこわいこわい」
「こら」
「うそうそ。……ねねっ、その前に。夏休みはまた花火しようね」
「あ、うん。やろやろ」
「……沙華パイセンはまたロケット花火ですかー?」
「悪い?」
「べっつにー、こわいこわい」
「もう」
……などと。
他愛のない会話を繰り広げているうちに、互いの帰路が交わされる最後の交差点に辿り着いた。
「……あ、もうここか。じゃあ、また明日いつもの場所でね」
「うん、またね」
そこで互いに手を振り、背を向ける。
……これも、いつも交わすやり取りだった。
後ろ姿の真衣を少しだけ見送ったあと、私も自分の道を臨み進む。
大股に敷かれた街灯だけが照らす遊歩道に人影はなく、視界に映るのは見慣れた光景ではあったが……少しだけ静けさを感じさせた。
「……島を出る、か……」
その空間にぽつりと、私の呟きが響く。
思わず漏れたその言葉に自分でも頭を捻る。
とりあえずは……足を前へ。
何をするにしろ。
私自身はまだ学生の身であり、社会経験も乏しいただの未成年。
……この思考への早計は、あまりいいモノではないだろう。
『…………あ』
などと考えているうちに。
……ふと目線を脇にやるとそこには馴染みの場所があった。
いつの間にか、それなりに歩いていたようだ。
……私は、躊躇なくそ こ へ足を踏み入れる。
少しだけ急な階段は、それなりに長く続き。
私の何倍もの高さを有する鳥居は、悠々と来訪を招き入れている様な気がした。
…………この島に古くから在るとされる、神社。
深い理由なんて……無いけど。
私は、ここがとても落ち着く。
『…………』
そのまま薄暗い境内を進み、本殿の前まで移動した。
その中 に臨むのは……神体として祀られ、この島の守り神と言われている──
────龍。
白銀の鱗に真紅の瞳、巨大な尻尾に大きく開かれた翼。
……竜 というよりかは、龍 。
場所に似つかわしくない、とも思うけど。
…………今にも飛び立つのではないかと思わせる程、その姿は雄々しく。
もう完全に陽が落ちた今ですら、その身の周りに淡い光が帯びている様な……そんな印象さえ受ける。
『こ こ で島を出る……なんて考えた日には、バチが当たりそう』
……そんな、誰に充てるでもない言葉を自分の中で反芻し。
ひとしきりその場の空気を堪能した後、そこから踵を返そうとした時。
──じじ、と音が鳴った。
煩わしさよりも疑問が先に過る。
音の所在は、自身の頭の中にあったからだ。
『……ノイズ?』
例えるならば、そ れ 。
同時に背後から、えも言われぬプレッシャーを感じる。
……ノ イ ズ に抱いたほんの少しの疑問はいとも簡単に掻き消され、その出処へ視線を移した。
…………そこには。
その姿を白銀からどす黒い深淵に変えた龍 が、こちらを覗き込んでいた────
────────────
──────
───
「それで気付いたら……この世界 にいました。それからも色 々 あったのですが…………私がここの決まり事や常識に慣れていなかったりする事への答えになるのかな、と。そう思います」
過 去 への耽りをそこで一度止め、私は。
その言葉で締め括りながら、レイナさんとメイコちゃんに再び視線を戻した。
「……そっか。大変だったねリコちゃん、私は信じるよ。ね?」
「うん、リコリスさんが言う事なら何でも信じる」
「……ありがとうございます」
もちろん、こ れ を話したのはこちらに来て初めての事でもあった。
突拍子も無いし、伝わらない言葉もあるのかもしれないし……ひどく支離滅裂なのだろうけど。
それを、二人は優しく受け入れてくれた。
「ね、リコちゃんひとつだけ。……貴女が暮らしてた島って、もしかして……」
「はい。…………始 ま り の 島 、と。……そう呼ばれていました」
そ れ が、今私が目的としている事への根拠。
確実に異 世 界 とも呼べるこの場所で、自分の馴染み深い言葉を有する箇所があるとなれば。
……そこへ赴く所以は明白であった。
「なるほど、それで──」
「──くちゅんっ」
私とレイナさんのやり取りを、メイコちゃんの可愛いくしゃみが遮る。
「んがっ。ご、ごめんなさい」
「ううん、全然。ごめんね、長話しちゃって」
「だからアンタ着替えなって言ったのに」
レイナさんのその言葉を受け、いそいそとバスタオルを脱ぎ捨て寝巻きへ着替えるメイコちゃん。
……気付けば、日付が変わろうとしている時間であった。
「今日はそろそろお開きにしよっか。……リコちゃん、話してくれて本当にありがとうね。…………こっちに来てからの色 々 は、また今度聞いちゃってもいいのかな?」
「はい、もちろんです。機会があればお話させて下さい」
私の言葉にわかった、とだけ返すレイナさん。
その脇から、メイコちゃんが続いた。
「ね、リコリスさん」
「ん?どうしたの?」
「…………サヤカさんって、お呼びした方が良いですか……?」
胸元の前で両の人差し指をこねながら、少しだけおずおずとした様子で尋ねてくる。
……私は、メイコちゃんの頭を極力優しく撫でながら返した。
「ううん、リコリスで良いよ。二人が呼んでくれてから、この名前も好きになってきたから。……そ っ ち は、胸の奥にでもしまっておいて」
「あっ……はい! ……へへへ。なんだかリコリスさんの真名 みたいで、嬉しいです」
「ふふ、そっか。そういう事なのかもね」
慣れぬ親しめぬを往き続けたこ の 名 も。
こちらにいる間は、彼女達へ寄り添っていてもいいのかもしれない。
「さ、二人とも。明日もやる事沢山あるから、ゆっくり寝よ」
……私達の様子を笑顔で見つめていたレイナさんが、そう締め括る。
それに従い、私とメイコちゃんはベッドに横たわった。
…………過ぎたあ の 日 々 は、自ら口にした事でより輪郭を帯びる。
七年……決して短くは無い時間が経った。
あの後島はどうなったのか、学校はどうなったのか。
…………真衣は、元気にしているのだろうか。
過ぎる思考は……いよいよ長旅の疲労に負ける。シルクの様な肌触りのシーツに預けた体 は、そのまま。
静かな眠りへと……すぐに誘 われた──
────────────
──────
───
「ふにゃ」
背後からなんとも間の抜けた声。
そちらへ目をやると、どうやらメイコちゃんがお目覚めの様だった。
「おはよ」
「んぁーりこりしゅしゃん……おはよござます……」
まだ寝ぼけ眼 の彼女は、備え付けの鏡台の前で髪をとかす私をぼんやりと見つめている。
窓から差し込む朝日は、その横顔を煌々と照らしていた。
「よく眠れた?」
「あいーおかげさまで……お腹すきましたあ」
「さっき従業員さんがモーニング届けてくれたから、テーブルに置いてあるよ」
「わーほんとですかー、食べますう」
先に顔洗っといで、と言う私に返事をしながらメイコちゃんは一度体をうんと伸ばした後。
……周りをきょろきょろと見渡し、続けた。
「あれ……お母さんはどうしました?」
「あ、えっとね」
その疑問も当然。
今この部屋の中には、私とメイコちゃんしかいないのだから。
「も、もしかして一人で遊びに?」
「あはは、違うよ。二時間前くらいかな、私達同じくらいに起きてね。その時レイナさんに言われたんだけど……」
……彼女 から伝言を預かった。
この都市にいるという例の旧友へ、先んじて会いに行ってくるという。
どうやらその友人は、ここの中心にあるお城で勤務されているようで……朝方でないと中々時間が取りづらいとの事だった。
始まりの島の件含め、今後の旅に有益な情報があれば聞き出してくる……と息巻いて。
代わりにメイコ を見ててね、というお願いをされていた。
「なるほどそうだったんですねー」
「うん、だから一緒に待ってようね」
「はーい。……お母さんの分の朝ごはんも食べちゃいます」
「……怒られても知らないよ?」
「……ほどほどにしておきます」
「そうだね」
少しだけ笑いを交わしたあと、メイコちゃんは洗面台へ顔を洗いに行った。
私も身支度を切り上げ、テーブルに置かれたバスケットに入っているパンを二人分取り分ける。
とてもいい香りが、鼻に通る。
……私もお腹がすいてきた。
「……お母さんの分もいっちゃいます?」
「……だーめ」
用を足し、完全に目が覚めたメイコちゃんはそんな私を見て悪戯にそう言う。
「でもお母さんどのくらいかかるのかわからないんですよねー?」
「うん、いつ頃になるかは聞かされてないかな」
「ふーむ。長くなるなら私達も連れてってほしかったなー」
「ふふ、そうだね」
……都 市 にいる古い友人が相手。
もしかしたら、積もる話もあるかもしれない。
それならそれで……邪魔をしたくはないけど。
しかし……
できれば私も、聞きたい事は沢山ある。
何より先に自分の頭を過ぎったのは──
──【トーキョー】と銘打たれた、こ こ の事であった。
「──たーだいまっとーっ」
「あ、お母さん」
「レイナさん」
そんな思考を遮断したのは、部屋のドアを勢いよく開けながら入室してきたレイナさんだった。
「やーごめんごめん、お待たせ」
「いえいえ、早かったですね。もう良かったんですか?」
「うん、とりあえずね。また改める予定」
「なるほど」
「それで……ね」
「どうしました?」
「色々報告はあるんだけど」
「はい」
「先に伝えておきたい事が」
「はい」
「明日、お城で大規模な闘技大会があるらしくて」
「ん? はい」
「……私達も出場する事になりマシタ」
「…………えっ?」
視界は瞼に覆われ、静寂が耳に響く。
巡らせるのは
自身に灯された光は炎にも成り水にも成り、その事象はただひとつの筋へ行き届く。
揺らぎを続けていた僅かな波紋は、同調を重ね全を表した。
……掴む意識と肢体が合流を果たし。
そこでようやく、私は目を開く。
「────はッッ!!!!」
足──つま先から。
腕──真っ直ぐに。
手──握りを強く。
腹──下部に力を。
目──先を見据え。
館内に響く師範の号令と共に、私は示された
自分から発せられる掛け声と床を踏み叩く音、道着の衣擦れだけがその場に木霊するが──しかし。
……その音すらも
「──せッッ!!!!」
声を荒げ、騒がしくすればいいワケではない。
動きを大袈裟に、派手にすればいいワケではない。
────
これに必要なモノは、
相手がそこにいると仮定、固着させ。
今自分が何をしているのか、何の為にこの動作をしているのか。
どの角度にどの速度で打ち込めば有効打になるのか、次に何の
生じさせる姿勢、呼吸、立ち位置、目視、感覚、観察、気概……その全て。
イメージと体を同期させ、舞い連ねる。
「──ありがとうございました!!」
時間にして凡そ数分。
吐いた息と共に額を流れた汗は、その所作に対する私の没入を示す。
…………学校の近くにある、空手道場。
幼少時から両親の勧めで通っているそこは、私にとって唯一のルーチンでもあった──
────────────
──────
───
「沙華こっわ」
「えっ」
再び制服に袖を通し、ほとんど日の沈みかけた【空】を仰ぎながら。
横を歩いていた真衣が、ぽつりとそう呟いた。
「いや、もうちょいかかりそうだったから見学してたんだけどさ。凄いね、怖いね」
「褒めてるのそれ?」
ううん、全然。と返してきたその顔を指で小突く。
……学校の授業が終わった後。
互いに部活動等には所属していない為、私は道場、真衣はバイトと。
それぞれが放課後の余暇を過ごした後、こうしてまた帰りに落ち合うのが日課になっていた。
「あーでもホント、早くお金貯めて
「……そっか」
頭を捻りながらそう言う真衣に、私は少しだけ口ごもってしまう。
……学校でも話した
「……沙華はどうする?」
「ん」
それを知ってか知らずか、真衣は私へ尋ねてくる。
「お悩み中?」
「……そうだね。もうちょっと、考える時間欲しいかも」
「そっか、ごめんね」
「ううん、全然」
私の返しに、真衣は笑顔を携えた。
「じゃ、とりあえず今は学校楽しまないとね。……あっ、今年もまた文化祭でやるんだってさ、キャンプファイヤー」
「え、そうなの?」
「沙華あれ好きだったよね」
「う、うん。なんか惹かれちゃう」
「火を好む女……おーこわいこわい」
「こら」
「うそうそ。……ねねっ、その前に。夏休みはまた花火しようね」
「あ、うん。やろやろ」
「……沙華パイセンはまたロケット花火ですかー?」
「悪い?」
「べっつにー、こわいこわい」
「もう」
……などと。
他愛のない会話を繰り広げているうちに、互いの帰路が交わされる最後の交差点に辿り着いた。
「……あ、もうここか。じゃあ、また明日いつもの場所でね」
「うん、またね」
そこで互いに手を振り、背を向ける。
……これも、いつも交わすやり取りだった。
後ろ姿の真衣を少しだけ見送ったあと、私も自分の道を臨み進む。
大股に敷かれた街灯だけが照らす遊歩道に人影はなく、視界に映るのは見慣れた光景ではあったが……少しだけ静けさを感じさせた。
「……島を出る、か……」
その空間にぽつりと、私の呟きが響く。
思わず漏れたその言葉に自分でも頭を捻る。
とりあえずは……足を前へ。
何をするにしろ。
私自身はまだ学生の身であり、社会経験も乏しいただの未成年。
……この思考への早計は、あまりいいモノではないだろう。
『…………あ』
などと考えているうちに。
……ふと目線を脇にやるとそこには馴染みの場所があった。
いつの間にか、それなりに歩いていたようだ。
……私は、躊躇なく
少しだけ急な階段は、それなりに長く続き。
私の何倍もの高さを有する鳥居は、悠々と来訪を招き入れている様な気がした。
…………この島に古くから在るとされる、神社。
深い理由なんて……無いけど。
私は、ここがとても落ち着く。
『…………』
そのまま薄暗い境内を進み、本殿の前まで移動した。
その
────龍。
白銀の鱗に真紅の瞳、巨大な尻尾に大きく開かれた翼。
……
場所に似つかわしくない、とも思うけど。
…………今にも飛び立つのではないかと思わせる程、その姿は雄々しく。
もう完全に陽が落ちた今ですら、その身の周りに淡い光が帯びている様な……そんな印象さえ受ける。
『
……そんな、誰に充てるでもない言葉を自分の中で反芻し。
ひとしきりその場の空気を堪能した後、そこから踵を返そうとした時。
──じじ、と音が鳴った。
煩わしさよりも疑問が先に過る。
音の所在は、自身の頭の中にあったからだ。
『……ノイズ?』
例えるならば、
同時に背後から、えも言われぬプレッシャーを感じる。
……
…………そこには。
その姿を白銀からどす黒い深淵に変えた
────────────
──────
───
「それで気付いたら……
その言葉で締め括りながら、レイナさんとメイコちゃんに再び視線を戻した。
「……そっか。大変だったねリコちゃん、私は信じるよ。ね?」
「うん、リコリスさんが言う事なら何でも信じる」
「……ありがとうございます」
もちろん、
突拍子も無いし、伝わらない言葉もあるのかもしれないし……ひどく支離滅裂なのだろうけど。
それを、二人は優しく受け入れてくれた。
「ね、リコちゃんひとつだけ。……貴女が暮らしてた島って、もしかして……」
「はい。…………
確実に
……そこへ赴く所以は明白であった。
「なるほど、それで──」
「──くちゅんっ」
私とレイナさんのやり取りを、メイコちゃんの可愛いくしゃみが遮る。
「んがっ。ご、ごめんなさい」
「ううん、全然。ごめんね、長話しちゃって」
「だからアンタ着替えなって言ったのに」
レイナさんのその言葉を受け、いそいそとバスタオルを脱ぎ捨て寝巻きへ着替えるメイコちゃん。
……気付けば、日付が変わろうとしている時間であった。
「今日はそろそろお開きにしよっか。……リコちゃん、話してくれて本当にありがとうね。…………こっちに来てからの
「はい、もちろんです。機会があればお話させて下さい」
私の言葉にわかった、とだけ返すレイナさん。
その脇から、メイコちゃんが続いた。
「ね、リコリスさん」
「ん?どうしたの?」
「…………サヤカさんって、お呼びした方が良いですか……?」
胸元の前で両の人差し指をこねながら、少しだけおずおずとした様子で尋ねてくる。
……私は、メイコちゃんの頭を極力優しく撫でながら返した。
「ううん、リコリスで良いよ。二人が呼んでくれてから、この名前も好きになってきたから。……
「あっ……はい! ……へへへ。なんだかリコリスさんの
「ふふ、そっか。そういう事なのかもね」
慣れぬ親しめぬを往き続けた
こちらにいる間は、彼女達へ寄り添っていてもいいのかもしれない。
「さ、二人とも。明日もやる事沢山あるから、ゆっくり寝よ」
……私達の様子を笑顔で見つめていたレイナさんが、そう締め括る。
それに従い、私とメイコちゃんはベッドに横たわった。
…………過ぎた
七年……決して短くは無い時間が経った。
あの後島はどうなったのか、学校はどうなったのか。
…………真衣は、元気にしているのだろうか。
過ぎる思考は……いよいよ長旅の疲労に負ける。シルクの様な肌触りのシーツに預けた
静かな眠りへと……すぐに
────────────
──────
───
「ふにゃ」
背後からなんとも間の抜けた声。
そちらへ目をやると、どうやらメイコちゃんがお目覚めの様だった。
「おはよ」
「んぁーりこりしゅしゃん……おはよござます……」
まだ寝ぼけ
窓から差し込む朝日は、その横顔を煌々と照らしていた。
「よく眠れた?」
「あいーおかげさまで……お腹すきましたあ」
「さっき従業員さんがモーニング届けてくれたから、テーブルに置いてあるよ」
「わーほんとですかー、食べますう」
先に顔洗っといで、と言う私に返事をしながらメイコちゃんは一度体をうんと伸ばした後。
……周りをきょろきょろと見渡し、続けた。
「あれ……お母さんはどうしました?」
「あ、えっとね」
その疑問も当然。
今この部屋の中には、私とメイコちゃんしかいないのだから。
「も、もしかして一人で遊びに?」
「あはは、違うよ。二時間前くらいかな、私達同じくらいに起きてね。その時レイナさんに言われたんだけど……」
……
この都市にいるという例の旧友へ、先んじて会いに行ってくるという。
どうやらその友人は、ここの中心にあるお城で勤務されているようで……朝方でないと中々時間が取りづらいとの事だった。
始まりの島の件含め、今後の旅に有益な情報があれば聞き出してくる……と息巻いて。
代わりに
「なるほどそうだったんですねー」
「うん、だから一緒に待ってようね」
「はーい。……お母さんの分の朝ごはんも食べちゃいます」
「……怒られても知らないよ?」
「……ほどほどにしておきます」
「そうだね」
少しだけ笑いを交わしたあと、メイコちゃんは洗面台へ顔を洗いに行った。
私も身支度を切り上げ、テーブルに置かれたバスケットに入っているパンを二人分取り分ける。
とてもいい香りが、鼻に通る。
……私もお腹がすいてきた。
「……お母さんの分もいっちゃいます?」
「……だーめ」
用を足し、完全に目が覚めたメイコちゃんはそんな私を見て悪戯にそう言う。
「でもお母さんどのくらいかかるのかわからないんですよねー?」
「うん、いつ頃になるかは聞かされてないかな」
「ふーむ。長くなるなら私達も連れてってほしかったなー」
「ふふ、そうだね」
……
もしかしたら、積もる話もあるかもしれない。
それならそれで……邪魔をしたくはないけど。
しかし……
できれば私も、聞きたい事は沢山ある。
何より先に自分の頭を過ぎったのは──
──【トーキョー】と銘打たれた、
「──たーだいまっとーっ」
「あ、お母さん」
「レイナさん」
そんな思考を遮断したのは、部屋のドアを勢いよく開けながら入室してきたレイナさんだった。
「やーごめんごめん、お待たせ」
「いえいえ、早かったですね。もう良かったんですか?」
「うん、とりあえずね。また改める予定」
「なるほど」
「それで……ね」
「どうしました?」
「色々報告はあるんだけど」
「はい」
「先に伝えておきたい事が」
「はい」
「明日、お城で大規模な闘技大会があるらしくて」
「ん? はい」
「……私達も出場する事になりマシタ」
「…………えっ?」