【Lー③】耳障りな旋律は灰色の灯
文字数 3,682文字
風を切る音を間近に……私を掠めていくそれは、局地的な暴風と見紛う。
──それ程に疾く、鋭い。
「…………っっ」
貸してもらった寝巻きが斬り裂かれ、じわりと鮮血が滲む。
……私を横切ったのは対峙する相手の腕。
そこから発達した鉤爪の様なモノを振りかぶられた。
「アアアアアアアアァァァァアアーーーーッッッッ!!!!!!!!」
ヒトの形をした這者は、尚も咆哮を上げる。
腹の底へ響き渡るプレッシャーは、私に瞬きと呼吸を忘れさせていた。
「──ッッ……」
────呑まれるな!!
私に出来る事なんてそう多くは無い……っっ
今は絡み合ったモノを簡略化させろ!!
……まさか、もしかして、なぜ、どうして。
そ う い っ た も の はまず捨て置く。
思考を巡らせて生じるラグはきっと、まず初めに私を殺しにかかる。
そうなっては……、突き付けられたモノに答えを求める事すらできない──!!
「だあぁぁっっ!!」
自然と溢れた自らの鼓舞と共に、這者へ駆ける。
同時にあちらも、左腕を一直線に伸ばしてきた。
発射──とでも例えたくなるような。
先端に携えられた爪は、私の心臓を貫かんと確実な意志を持っているかの様に見えた。
だけどこの軌道なら──
「ッッ……ぐっっ──!!」
──譲ったのは胸元の一部。
漏れた喘ぎを噛み殺しながら、伸ばされた腕の外側へ回り背後へ。
「──ふっっ!!」
そのまま、呼吸と共に木刀を這者の肩口から袈裟に振り切る。
「ガアァァアッッ!?」
私の軌跡はぐちゃりと音を鳴らし、その後を追うように這者の声も重なる。
……先程までの圧を伴う咆哮との違いは、力を無くしだらりと垂れ下がった左腕が要因か。
「アアァァアアアアッッ!!!!」
束の間。
再び怒号を放つ這者に対して、私はその場で思い切り跳躍をする。
──元々私が居た空間に、這者の右腕が横から大きく薙ぎ払われた。
それは少しだけ私のつま先を掠める。
この身でその全てを受け止めていたら、きっと今見ている光景が私の最期であったのだろうと確信をした。
……持ち手を強く握り直す。
重力に従い、空中から落下をし始めている私は。
「──やあぁっっ!!!!」
そのまま全体重を乗せ、目掛けた先へ木刀を振り下ろした。
……再び耳に入る不快な音は、私の意思を反映させた事の証を示す。
「グガ……アッッ……!!!!」
両 の 腕 の機能を一時的にでも奪われた這者は、初めて僅かながらのたじろぎを見せた。
──同時に。
「ガアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアーーーーッッッッッッ!!!!!!!!」
先程よりさらにプレッシャーを伴う咆哮を放つ。
這者としての本能的に人間を襲うという習性に加え、痛みを伴う障害としての確立を果たしたであろう私に対し──
──ドス黒い殺意を纏い、こちらへ意を向ける。
『──好都合……!!』
それを確認し、私は後方へ駆けた。
合わせ、這者も動作を開始する。
……場所が悪すぎる。
メイコちゃんの家の前での対峙をした結果は、時を待たずに表面化している。
這者の咆哮と共に響き渡る喧騒は、この町のイレギュラーとして住人を煽り続けていた。
そこかしこから、悲鳴やどよめきが上がっているのが伺えた──
────────────
──────
───
──踵を返し、這者を見据える。
広がる風景は、メイコちゃんに初めて出会い……蛇 と相対した草原。
「これで二人きりですよ」
じくじくと痛む胸を押さえながら、言葉を投げかける。
「アアア……アア…………ッッ」
それが届いたのかどうかは定かではないが。
這者もこちらを臨み、身構えた。
……否が応でも視界に入るのは、頭部からなびくクリーム色のモノ。
過るのはやはり──
「レイナさん……っっ」
──漏れた言葉以上の思考を許さず、相手はこちらへ駆けた。
未だ両腕は機能していなく、前につんのめるようにして疾駆する。
「っっ……!!」
倒れこむように横へ回避を為す。
あちらが携えた武器は、噛 み 付 き だった。
その役目を全うしようものなら……次に機能しなくなるのは紛れもない私だろう。
それでも、先ほどの会合と比べればまだ鈍い。
……なら考えたい事は山ほどある。
──人から這者になり得る事があるのか。
──何が原因でそうなってしまったのか。
──そもそも、あれは本当に彼女なのか。
──元に戻す方法は無いのか。
「アアアアアァァァァアアッッ!!!!」
あちらの激しい号で遮られる。
口を大きく開きながら、また私へ向かってきていた。
……何をするにもまずは……!!
「ごめんなさい……っ!!」
言いながら木刀の先端を彼 女 に向ける。
――思慮の空間内に形として存在させようと。
再 度 、直進を伴う炎を連想。
その応えは、切っ先へ発現。
「────ロケット花火!!」
ばちばちと音を立てると同時に生み出された光は、私の求める所作を為す。
放たれた火球は彼女の胴体を目掛け飛翔を開始した。
同時に私も駆け出す。
『蛇 の時と同じ様に、時間差で衝撃を与えれば隙が生まれるはず……!!』
生み出した【ヤマト】への願望を携え、そのタイミングに向け意識を合わせる。
「ガアアァアッッ!?」
指した狙いを違わず、炎は着弾を果たす。
声を上げるあちらは、しかし。
その程度では彼女の妨げには遠い。
「……アアアアアア!!!!」
文字通り火の粉を振り払い、私との距離を詰めてくる。
構わず、腰を深く落としてそ の 時 を待つ。
──どかん、と。
僅かなラグを境に、目論見に沿う爆発音が耳に刺さる。
それ自体の衝撃が例え浅かろうが、意識の外からであれば──
『このタイミングで何とか動きを止められれば……!!』
──狙いは片方の足。
本当に、本当に心苦しいけど。
恐らく何度も通用する手ではない、今この時に彼女の沈黙を為さなければ……!!
「──だああぁぁっっ!!!!」
惜しむ心を無理矢理動かし、振り払う腕と共に木刀を薙ぐ。
──そして鈍く、大きな衝撃音が響き渡る。
────私の腹部から。
「──ッッが……はっっ……!!??」
意 識 の 外 とはまさにそれ。
視界に火花がばちばちと広がり、同時に強烈な鈍痛と嘔気に襲われる。
そのまま膝を突きたくなる衝動を何とか払拭し、後方へ距離を取った。
「ッッ……ん……っっ……!!」
呼吸が出来ない。
それなのに、酸素を求める心臓と痛みを携えた私の中は歪な駆動を繰り返す。
……頂いたものを戻してしまいそうになるのを、何とか堪えるのが精一杯だった。
「ガアァァァ……ッッ!!」
その私を嘲笑うかのように、彼女は音を漏らす。
先程生じた爆発の煙が晴れる頃、数メートル先に佇むその姿は。
私 が 目 標 と し て い た 足 をこちらへ向けていた。
「────んっ……あ……っ……ふう……っっ」
ようやく循環を取り戻した呼吸を噛み締めながら、その意味を考える。
……恐らく、私に起きた障害はあの足による蹴撃。
……【ヤマト】の時間差による衝撃で発生する隙を突こうとした私よりも、早く動いた。
……そもそも、隙 が発生していない……
『私の【ヤマト】を、知っている────?』
────────────
『そこでリコリスさんは、ばひゅーんと【ヤマト】を使って這者を撃ち抜いたのです!』
『へー! そうなんだー?』
『は、はい。咄嗟の事でしたけど……』
『お母さんそれがね、不思議なの。リコリスさんの撃ったやつ、這者に当たった後もう一度どかーんってなったんだー』
『ほほーっ、そんなの初めて聞いた。おもしろい事をする子だねー』
『い、いえ……。イメージしやすかったものを打ち出したらそうなったんです』
────────────
……ああ、そうか。
やはりあなたは、レイナさんだったんだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアァアアアアアアアアアアアアァァーーッッッッ!!!!!!!!!!!!」
いよいよ痺れを切らした彼女は今日一番の咆哮を上げ。
そのまま、こちらへ駆け始める。
その目的は先程は未遂に過ぎた噛 み 付 き を遂行するため。
──自分の足を踏み込んでみる。
──それは望む結果をもたらす事は無く。
────もはや、迫る脅威へ抗うだけの力をこの瞬間に引き出す事は適わなかった。
目前まで彼女が迫る。
大きく開かれた口は私の顔を食い潰し、その原型を失わせるのだろう。
……彼女を手に掛ける事にならなくてよかった、だとか。
……良い人達に出会えて良かった、だとか。
スローモーションと化した景色を眺めながら、そんな耽りを携え。
『もう一度だけ帰りたかった』
最後に、それだけを想う。
………………
…………
……?
「アガアアァァッッ!?」
「えっっ……!?」
瞼を下ろし、先を臨む事を諦めかけていた私は。
レイナさんから発せられた狼狽える声で再度光を見る。
そして眼前に、レイナさんと私の間に割って入っている人影が覗いた──
「──大丈夫ですか!? リコリスさん!!」
「メ、メイコちゃん……っっ!?」
彼女は、レイナさんに向かい手を掲げ。
光る障壁のようなものでその圧を防いでいたのだった。
───────────
──────
───
※這者イメージ
──それ程に疾く、鋭い。
「…………っっ」
貸してもらった寝巻きが斬り裂かれ、じわりと鮮血が滲む。
……私を横切ったのは対峙する相手の腕。
そこから発達した鉤爪の様なモノを振りかぶられた。
「アアアアアアアアァァァァアアーーーーッッッッ!!!!!!!!」
ヒトの形をした這者は、尚も咆哮を上げる。
腹の底へ響き渡るプレッシャーは、私に瞬きと呼吸を忘れさせていた。
「──ッッ……」
────呑まれるな!!
私に出来る事なんてそう多くは無い……っっ
今は絡み合ったモノを簡略化させろ!!
……まさか、もしかして、なぜ、どうして。
思考を巡らせて生じるラグはきっと、まず初めに私を殺しにかかる。
そうなっては……、突き付けられたモノに答えを求める事すらできない──!!
「だあぁぁっっ!!」
自然と溢れた自らの鼓舞と共に、這者へ駆ける。
同時にあちらも、左腕を一直線に伸ばしてきた。
発射──とでも例えたくなるような。
先端に携えられた爪は、私の心臓を貫かんと確実な意志を持っているかの様に見えた。
だけどこの軌道なら──
「ッッ……ぐっっ──!!」
──譲ったのは胸元の一部。
漏れた喘ぎを噛み殺しながら、伸ばされた腕の外側へ回り背後へ。
「──ふっっ!!」
そのまま、呼吸と共に木刀を這者の肩口から袈裟に振り切る。
「ガアァァアッッ!?」
私の軌跡はぐちゃりと音を鳴らし、その後を追うように這者の声も重なる。
……先程までの圧を伴う咆哮との違いは、力を無くしだらりと垂れ下がった左腕が要因か。
「アアァァアアアアッッ!!!!」
束の間。
再び怒号を放つ這者に対して、私はその場で思い切り跳躍をする。
──元々私が居た空間に、這者の右腕が横から大きく薙ぎ払われた。
それは少しだけ私のつま先を掠める。
この身でその全てを受け止めていたら、きっと今見ている光景が私の最期であったのだろうと確信をした。
……持ち手を強く握り直す。
重力に従い、空中から落下をし始めている私は。
「──やあぁっっ!!!!」
そのまま全体重を乗せ、目掛けた先へ木刀を振り下ろした。
……再び耳に入る不快な音は、私の意思を反映させた事の証を示す。
「グガ……アッッ……!!!!」
──同時に。
「ガアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアーーーーッッッッッッ!!!!!!!!」
先程よりさらにプレッシャーを伴う咆哮を放つ。
這者としての本能的に人間を襲うという習性に加え、痛みを伴う障害としての確立を果たしたであろう私に対し──
──ドス黒い殺意を纏い、こちらへ意を向ける。
『──好都合……!!』
それを確認し、私は後方へ駆けた。
合わせ、這者も動作を開始する。
……場所が悪すぎる。
メイコちゃんの家の前での対峙をした結果は、時を待たずに表面化している。
這者の咆哮と共に響き渡る喧騒は、この町のイレギュラーとして住人を煽り続けていた。
そこかしこから、悲鳴やどよめきが上がっているのが伺えた──
────────────
──────
───
──踵を返し、這者を見据える。
広がる風景は、メイコちゃんに初めて出会い……
「これで二人きりですよ」
じくじくと痛む胸を押さえながら、言葉を投げかける。
「アアア……アア…………ッッ」
それが届いたのかどうかは定かではないが。
這者もこちらを臨み、身構えた。
……否が応でも視界に入るのは、頭部からなびくクリーム色のモノ。
過るのはやはり──
「レイナさん……っっ」
──漏れた言葉以上の思考を許さず、相手はこちらへ駆けた。
未だ両腕は機能していなく、前につんのめるようにして疾駆する。
「っっ……!!」
倒れこむように横へ回避を為す。
あちらが携えた武器は、
その役目を全うしようものなら……次に機能しなくなるのは紛れもない私だろう。
それでも、先ほどの会合と比べればまだ鈍い。
……なら考えたい事は山ほどある。
──人から這者になり得る事があるのか。
──何が原因でそうなってしまったのか。
──そもそも、あれは本当に彼女なのか。
──元に戻す方法は無いのか。
「アアアアアァァァァアアッッ!!!!」
あちらの激しい号で遮られる。
口を大きく開きながら、また私へ向かってきていた。
……何をするにもまずは……!!
「ごめんなさい……っ!!」
言いながら木刀の先端を
――思慮の空間内に形として存在させようと。
その応えは、切っ先へ発現。
「────ロケット花火!!」
ばちばちと音を立てると同時に生み出された光は、私の求める所作を為す。
放たれた火球は彼女の胴体を目掛け飛翔を開始した。
同時に私も駆け出す。
『
生み出した【ヤマト】への願望を携え、そのタイミングに向け意識を合わせる。
「ガアアァアッッ!?」
指した狙いを違わず、炎は着弾を果たす。
声を上げるあちらは、しかし。
その程度では彼女の妨げには遠い。
「……アアアアアア!!!!」
文字通り火の粉を振り払い、私との距離を詰めてくる。
構わず、腰を深く落として
──どかん、と。
僅かなラグを境に、目論見に沿う爆発音が耳に刺さる。
それ自体の衝撃が例え浅かろうが、意識の外からであれば──
『このタイミングで何とか動きを止められれば……!!』
──狙いは片方の足。
本当に、本当に心苦しいけど。
恐らく何度も通用する手ではない、今この時に彼女の沈黙を為さなければ……!!
「──だああぁぁっっ!!!!」
惜しむ心を無理矢理動かし、振り払う腕と共に木刀を薙ぐ。
──そして鈍く、大きな衝撃音が響き渡る。
────私の腹部から。
「──ッッが……はっっ……!!??」
視界に火花がばちばちと広がり、同時に強烈な鈍痛と嘔気に襲われる。
そのまま膝を突きたくなる衝動を何とか払拭し、後方へ距離を取った。
「ッッ……ん……っっ……!!」
呼吸が出来ない。
それなのに、酸素を求める心臓と痛みを携えた私の中は歪な駆動を繰り返す。
……頂いたものを戻してしまいそうになるのを、何とか堪えるのが精一杯だった。
「ガアァァァ……ッッ!!」
その私を嘲笑うかのように、彼女は音を漏らす。
先程生じた爆発の煙が晴れる頃、数メートル先に佇むその姿は。
「────んっ……あ……っ……ふう……っっ」
ようやく循環を取り戻した呼吸を噛み締めながら、その意味を考える。
……恐らく、私に起きた障害はあの足による蹴撃。
……【ヤマト】の時間差による衝撃で発生する隙を突こうとした私よりも、早く動いた。
……そもそも、
『私の【ヤマト】を、知っている────?』
────────────
『そこでリコリスさんは、ばひゅーんと【ヤマト】を使って這者を撃ち抜いたのです!』
『へー! そうなんだー?』
『は、はい。咄嗟の事でしたけど……』
『お母さんそれがね、不思議なの。リコリスさんの撃ったやつ、這者に当たった後もう一度どかーんってなったんだー』
『ほほーっ、そんなの初めて聞いた。おもしろい事をする子だねー』
『い、いえ……。イメージしやすかったものを打ち出したらそうなったんです』
────────────
……ああ、そうか。
やはりあなたは、レイナさんだったんだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアァアアアアアアアアアアアアァァーーッッッッ!!!!!!!!!!!!」
いよいよ痺れを切らした彼女は今日一番の咆哮を上げ。
そのまま、こちらへ駆け始める。
その目的は先程は未遂に過ぎた
──自分の足を踏み込んでみる。
──それは望む結果をもたらす事は無く。
────もはや、迫る脅威へ抗うだけの力をこの瞬間に引き出す事は適わなかった。
目前まで彼女が迫る。
大きく開かれた口は私の顔を食い潰し、その原型を失わせるのだろう。
……彼女を手に掛ける事にならなくてよかった、だとか。
……良い人達に出会えて良かった、だとか。
スローモーションと化した景色を眺めながら、そんな耽りを携え。
『もう一度だけ帰りたかった』
最後に、それだけを想う。
………………
…………
……?
「アガアアァァッッ!?」
「えっっ……!?」
瞼を下ろし、先を臨む事を諦めかけていた私は。
レイナさんから発せられた狼狽える声で再度光を見る。
そして眼前に、レイナさんと私の間に割って入っている人影が覗いた──
「──大丈夫ですか!? リコリスさん!!」
「メ、メイコちゃん……っっ!?」
彼女は、レイナさんに向かい手を掲げ。
光る障壁のようなものでその圧を防いでいたのだった。
───────────
──────
───
※這者イメージ