【Tー⑥】いつか聞いた心得
文字数 4,857文字
「……イメージ?」
「はい。簡単に言うと……ですけど」
「そうは言ってもなあ」
「説明が難しいところでして」
廃材の上に腰掛けながら言葉を交わす。
その相手──トラさんは、首を捻りながらその言葉 を反芻した。
「ピンとこねぇ、もっとバイブス増しで言って」
「バイブス。えっ……と、アガるテンションをガチ目にキープしながらマナっちかオドっちあたりを舎弟にウェルカムして自分のイケてるとこピックアップそしてヒァウィゴーです」
「ははは何言ってんのお前」
「ひどい」
──あ の 日 から、既に一週間程経った。
俺とトラさんは件の現場仕事に復帰し、それも今日でほぼ終了を迎えていた。
山を超えた達成感に少しだけ気を緩ませながら、こうして互いにその余韻に浸っている。
【そら】は太陽を傾けさせ、刺さる光は横から俺達を照らしていた。
伸びるアスファルトは未だ熱を保ち、それは靴底を悠々と乗り超えて自身の足へ響く。
「あ、わりぃ火貸して」
「はい」
……煙草を咥えたトラさんの求めるモノは、それをさらに助長させる様な気がした。
とりあえず右手の人差し指にマナを纏わせ、イメージを固めたまま彼の口元へ。
そして、ぼっ……と音を立てながら。
俺の願いは、その姿を成した。
「っかぁー、イカすなあ。マジ便利じゃんね」
「ライター忘れた時くらいですよ」
命を灯した煙草から紫煙を零し彼はそう呟く。
……流煙を数回往復させたところで、俺に向き直り言葉を続けた。
「なんつったっけ……ヤマト? だよな」
「そうです」
「自分 でイメージしたモノをマナだかオドってのを使いつつ、ガチで出すと」
「ですね」
「言うのは簡単だけどな、そりゃ中々……」
「……そうですね」
トラさんが捻る思考は最もではある。
イメージを具現化するという行為は、そのアウトプットにこそ手練を要する。
……自身の頭の中に多種多様な映像や事象を浮かべる事は、さほど難しくは無いだろう。
だが…………例えば、文章に。……例えば、絵に。
それぞれやり方は違えどその何 か を形にする時にこそ、自らが持つ手段の全てを行使でもしないと……望む結果を得られる事は難しいのではと考える。
象る最中に歪みを増し続けるイメージを固着させ、修正し、捻出して。
こうでもないああでもないと苦悩を撒き散らしながら、理 想 の カ タ チ へと邁進する。
…………その全ては、ヤマトにも同じ事が言える。
「……もしかしたら空でも飛べんのかと思ったのになあ」
「それが出来たら、もう仕事で足場を組む必要が無くなりますね」
「それな。……まあそう甘くは無ぇって事かー」
「仕方ないですよ」
……恐らく、その願いを果たす事が不可能というワケでは無いのだろう。
ただ、自 身 が 重 力 か ら 解 き 放 た れ 風 を 読 み 浮 遊 物 を 掻 き 分 け 3 6 0 度 全 て の 方 向 に 営 力 を 保 つ ……最低でもその程度のイメージをハッキリと認識できなければ、体現へと昇華はしないはずだ。
…………オドでの行使をするのであれば、尚更。
「つーかまずマナオドがよくわかんね」
「そんな双子みたいな」
「でもそれ扱えないとヤマトれないんだろ?」
「新しい言葉が生まれましたね……そうです」
「じゃーやっぱ俺には無縁かもなあ」
トラさんはそう言いながら、手持ちの携帯灰皿に煙草を擦り付け鎮火させる。
それをポケットに仕舞い込みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まーいいや。火ぃサンキュな、とりあえず事務所戻ろうぜ。社長に報告しに行こう」
「わかりました」
そのまま歩を進め始める彼に続く。
…………その後ろ姿を臨む俺は、ひとつだけ。
ある感覚に思考を奪われていた。
頭に巻いていたタオルを解きながら、社用トラックの鍵を指で弄ぶトラさん。
彼自身から──
────確かなオドの息吹を感じていたからだ。
────────────
──────
───
「一週間後に決まったよ」
事務所に戻り、請け負っていた現場仕事の進捗をあらかた報告した後。
……社長がぽつりと、その言葉を漏らす。
「なんの日取りっすか?」
「出張開始」
トラさんの返しに、社長は一言で応じた。
「おっ、ついに始まるんすね」
「うん。ついさっき先方と話がまとまってね……少し急だけど、ごめんね」
顔の前で謝罪のジェスチャーを伴った手を掲げ、俺達へそう言う。
「とんでもないです、ご指示とあればもちろん合わせますよ」
「ありがとね龍宮君。さっき教えてくれたとおり、二人が今やってる仕事も目処がつきそうだからちょうど良かったよ」
「ま、まあ遅 れ 取り戻すのに急ピッチでやってたっすからね……」
トラさんがぽりぽりと頭を掻きながら呟く。
「ははは、まあそれはそれ。てなわけでさ、ちょっとした残工事 が終わったらそれまでの日数はもう二人共休んで構わないから、ゆっくり準備しなよ。当日に電話だけくれればいいからさ」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせてもらいます」
「あざーーっす!!」
社長の計らいに、俺達は深く礼を返す。
ついに現実味を帯び始めた……初めての大仕事。
…………はじまりの島。
そう銘打たれたその舞台は。
俺とトラさん に何をもたらしてくれるのだろうか──
────────────
──────
───
「ふいー食った食った」
「すんませんトラさん、ご馳走様です」
「おうっ、出世払いな」
「ぜ、善処します」
先日も赴いた定食屋で腹を満たした俺達は、生温い夜風を浴びながらあぜ道を歩いている。
大股に連なる街頭と煌めく星々に月明かり、そして彼の厚意が……それを心地良さへと変えていた。
「さあーて。さっさと今の現場仕上げて、色々準備しねーとなあ」
「ですね、それなりに長期になりそうなので」
「寝るトコとかは決まってんの?」
「ええ、さっき社長が教えてくれたんですけど現地にある民宿の部屋をふたつ貸してくれるそうで」
「そりゃ助かる、いよいよ観光だなこりゃ」
「トラさんがゆっくり出来る様、自分が気張りますよ」
「冗談だよ、きっちりフォローしてやっから気軽にいけ」
「……ありがとうございます」
彼への敬いは、肩に回された腕の重さ以上に俺を取り巻く。
……新たな環境への少しばかりの不安が、それによっていとも簡単に払拭された。
「あとお前、ちゃんと自分の道具は手入れしてんのか」
「手入れ……ですか?」
「その様子じゃ手ェ抜いてやがんなお前この」
「うぐお……っっ」
回された腕の先は拳を象り、そのまま俺の頭をぐりぐりと擦り付けた。
「……あのな、道具は俺達の命だ」
そしてその手を放し、俺の正面へと位置取った。
「これは精神論じゃねえからな。……もし高所でなんかやってる時、お前が機械油にまみれた手持ち工具を使ってたとしてよ。手ぇ滑らせて、道具が落下して通行人に接触したらどうすんだ? ……お前が錆び付いた刃物使ってなんか切ってたとして、もし途中で刃ぁ吹っ飛んで仲間の誰かを怪我でもさせたらどうすんだ?」
……その瞳は一直線にこちらを見据え。
俺には、その視線を逸らす事など出来なかった。
「自分 でケツ拭ける事なんてタカが知れてんだ、もちろん俺も含めてな。だから、せめてその可能性を少しでも減らすために……命 を守る為に、道具の手入れは欠かさねぇんだよ。…………よく覚えとけ」
そしてトラさんはこちらに背中を向け、ポケットから煙草を取り出し咥えた。
……俺は、指先にヤマトを携えながらそこに火を灯す。
「……わり、ちょっと説教臭くなっちまった」
「とんでもないです、ご指導ありがとうございました。……勉強不足で申し訳ありません、今後気を付けます」
ならいいよ、と。
そう続けたトラさんはもう一本の煙草を取り出し、俺に勧める。
……甘え、自分の口元へ携えた。
その先端に、トラさんはジッポライターを用い熱を施してくれた。
「ライター、あったんですね」
「や、なんかヤマト で火ぃもらうとおもしれーし」
そして互いに笑みが零れた。
…………俺は、彼の言葉 を深く心に刻み込み。
来る仕 事 への意識を改めた。
「……まっ、俺くらいになるともはや道 具 の 完 璧 な 状 態 を 簡 単 に イ メ ー ジ 出 来 る けどな」
「はは、さすがです」
そんな俺を見て、トラさんは腰に手を当て少しだけ砕けた主張をしてみせた。
……この人には敵わないな、と。
心底そう思う。
「しっかり俺の仕事を盗めよ」
「そうさせてもらいます」
そのやり取りを皮切りに、互いに再び歩みを始めようとしたところで────
────広がる景色に、確かな異 物 を感じた。
「んな……っっ」
「…………あれは……!!」
トラさんも、俺と同じくしてその黒を察知。
景観は無音を掻き鳴らしながら無様に崩れ去り、僅かばかりの現 を執拗に切り崩していく。
……やがて、歪を核に携えた異物は。
まるで猿 を模した様な姿へと……変貌を遂げた。
「────ッッ」
自身が予想し得る全てを脳内に羅列し、そこから算出される最 悪 を先ずは想定。
……そんな事はすぐにわかる、彼 への危害だ…………!!
「トラさ────」
離れて下さい、と続けようとしたところで。
──猿は、早々に俺の最 悪 を体現しようとしていた。
「────!?」
咄嗟に前方へ駆けた俺を無視……或いは嘲る様に猿は大きく跳躍し、俺の頭上を越え後方のトラさんの下 へ。
…………速すぎる…………!!!!
「トラさんッッ!!」
思わず漏れた叫びをそのままに、脳内をフル回転させこの状況を鎮める為のヤマトを構築────しようとするが、あまりにも時間が足りない…………っっ!!
「やっ……やめろおおーーッッ!!!!」
届くはずの無い言葉だけが先行してしまう。
俺の眼前に届く光景は、今まさに目の前の獲 物 へ飛び掛からんとする猿と────
「…………龍宮ぁ」
────そ の 喉 笛 を 鷲 掴 み に し て い る トラさんだった。
「えっっ……!?」
「こ い つ は ア レ な の か ?」
その体勢のまま、あまりにも静かに。
トラさんは、俺へそう投げ掛けた。
「こ い つ は 、ア レ と 同 じ ヤ ツ な の か ?」
「そ……そう、だと思います」
鈍い灯りに照らされたその姿に。
俺は、示された疑問への解答しか口に出来なかった。
「……わかった」
そして俺の言葉に、それだけを返した後。
──トラさんは、掴んだ猿をそのまま地面へ放り叩き付けた。
……その時生じた音は、物体が落ちた際のそれでは無い。
これは……そう、言い換えるなら…………
…………交通事故?
「こんばんはあーーーーエテ公くん!!ちょっとだけ俺とお話しようよ?ちょっとだけだからさ」
恐らく、こ う な る とは微塵も思っていなかったであろう猿は。
自身を襲った衝撃にまだ理解が追い付いていないのか、叩き付けられた地面の上で体をビクビクと痙攣させるだけだった。
そこへ思い切り顔を近付けながらしゃがみ込み、トラさんが言葉を掛けていた。
「君のお仲間がさあ、俺にイジワルしてくれたんだよこの前さあ」
「マジで俺ちょー傷付いちゃってさあ」
「なんつーの、ナイーブ?あんな感じでさあ」
「パねぇくらいビ ってマジで俺意気消沈?みたいなさあ」
「しかもソレをマジで吐き出せるトコも無くてさあ」
「どーしよっかなーーって思っててさあ」
…………お 話 をひとつ投げ掛ける度。
トラさんの拳が、猿の顔面へと振るわれる。
「でもまさかそっちから来てくれるなんてさあ」
「俺嬉しくてさあ」
そして。
言いながら、咥えていた煙草を猿 の 目 で 消 火 させたところで…………
「──聞いてンのかこのクソ猿がゴラアアァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
響き渡る彼の怒号──
──同時に、猿は再度大きく跳躍し手足を振り乱しながらトラさんへ襲い掛かる。
「聞こえてんなら返事しろや」
それに対しトラさんは、悠々と右腕を振りかぶり。
…………降り掛かる厄災に、その生 き 様 を打ち付けた。
そして大きく後方へ吹き飛んだ猿は地面を擦りながら、やがて留まり。
……ぴくりとも動かず、そのまま景色へと溶けていくのだった。
────俺の見たものが、幻で無ければ。
トラさんが拳を振るった時に確かに握られていたモノは。
間違い無く、光を帯びるモンキーレンチ であった──
「はい。簡単に言うと……ですけど」
「そうは言ってもなあ」
「説明が難しいところでして」
廃材の上に腰掛けながら言葉を交わす。
その相手──トラさんは、首を捻りながらその
「ピンとこねぇ、もっとバイブス増しで言って」
「バイブス。えっ……と、アガるテンションをガチ目にキープしながらマナっちかオドっちあたりを舎弟にウェルカムして自分のイケてるとこピックアップそしてヒァウィゴーです」
「ははは何言ってんのお前」
「ひどい」
──
俺とトラさんは件の現場仕事に復帰し、それも今日でほぼ終了を迎えていた。
山を超えた達成感に少しだけ気を緩ませながら、こうして互いにその余韻に浸っている。
【そら】は太陽を傾けさせ、刺さる光は横から俺達を照らしていた。
伸びるアスファルトは未だ熱を保ち、それは靴底を悠々と乗り超えて自身の足へ響く。
「あ、わりぃ火貸して」
「はい」
……煙草を咥えたトラさんの求めるモノは、それをさらに助長させる様な気がした。
とりあえず右手の人差し指にマナを纏わせ、イメージを固めたまま彼の口元へ。
そして、ぼっ……と音を立てながら。
俺の願いは、その姿を成した。
「っかぁー、イカすなあ。マジ便利じゃんね」
「ライター忘れた時くらいですよ」
命を灯した煙草から紫煙を零し彼はそう呟く。
……流煙を数回往復させたところで、俺に向き直り言葉を続けた。
「なんつったっけ……ヤマト? だよな」
「そうです」
「
「ですね」
「言うのは簡単だけどな、そりゃ中々……」
「……そうですね」
トラさんが捻る思考は最もではある。
イメージを具現化するという行為は、そのアウトプットにこそ手練を要する。
……自身の頭の中に多種多様な映像や事象を浮かべる事は、さほど難しくは無いだろう。
だが…………例えば、文章に。……例えば、絵に。
それぞれやり方は違えどその
象る最中に歪みを増し続けるイメージを固着させ、修正し、捻出して。
こうでもないああでもないと苦悩を撒き散らしながら、
…………その全ては、ヤマトにも同じ事が言える。
「……もしかしたら空でも飛べんのかと思ったのになあ」
「それが出来たら、もう仕事で足場を組む必要が無くなりますね」
「それな。……まあそう甘くは無ぇって事かー」
「仕方ないですよ」
……恐らく、その願いを果たす事が不可能というワケでは無いのだろう。
ただ、
…………オドでの行使をするのであれば、尚更。
「つーかまずマナオドがよくわかんね」
「そんな双子みたいな」
「でもそれ扱えないとヤマトれないんだろ?」
「新しい言葉が生まれましたね……そうです」
「じゃーやっぱ俺には無縁かもなあ」
トラさんはそう言いながら、手持ちの携帯灰皿に煙草を擦り付け鎮火させる。
それをポケットに仕舞い込みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「まーいいや。火ぃサンキュな、とりあえず事務所戻ろうぜ。社長に報告しに行こう」
「わかりました」
そのまま歩を進め始める彼に続く。
…………その後ろ姿を臨む俺は、ひとつだけ。
ある感覚に思考を奪われていた。
頭に巻いていたタオルを解きながら、社用トラックの鍵を指で弄ぶトラさん。
彼自身から──
────確かなオドの息吹を感じていたからだ。
────────────
──────
───
「一週間後に決まったよ」
事務所に戻り、請け負っていた現場仕事の進捗をあらかた報告した後。
……社長がぽつりと、その言葉を漏らす。
「なんの日取りっすか?」
「出張開始」
トラさんの返しに、社長は一言で応じた。
「おっ、ついに始まるんすね」
「うん。ついさっき先方と話がまとまってね……少し急だけど、ごめんね」
顔の前で謝罪のジェスチャーを伴った手を掲げ、俺達へそう言う。
「とんでもないです、ご指示とあればもちろん合わせますよ」
「ありがとね龍宮君。さっき教えてくれたとおり、二人が今やってる仕事も目処がつきそうだからちょうど良かったよ」
「ま、まあ
トラさんがぽりぽりと頭を掻きながら呟く。
「ははは、まあそれはそれ。てなわけでさ、ちょっとした
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせてもらいます」
「あざーーっす!!」
社長の計らいに、俺達は深く礼を返す。
ついに現実味を帯び始めた……初めての大仕事。
…………はじまりの島。
そう銘打たれたその舞台は。
────────────
──────
───
「ふいー食った食った」
「すんませんトラさん、ご馳走様です」
「おうっ、出世払いな」
「ぜ、善処します」
先日も赴いた定食屋で腹を満たした俺達は、生温い夜風を浴びながらあぜ道を歩いている。
大股に連なる街頭と煌めく星々に月明かり、そして彼の厚意が……それを心地良さへと変えていた。
「さあーて。さっさと今の現場仕上げて、色々準備しねーとなあ」
「ですね、それなりに長期になりそうなので」
「寝るトコとかは決まってんの?」
「ええ、さっき社長が教えてくれたんですけど現地にある民宿の部屋をふたつ貸してくれるそうで」
「そりゃ助かる、いよいよ観光だなこりゃ」
「トラさんがゆっくり出来る様、自分が気張りますよ」
「冗談だよ、きっちりフォローしてやっから気軽にいけ」
「……ありがとうございます」
彼への敬いは、肩に回された腕の重さ以上に俺を取り巻く。
……新たな環境への少しばかりの不安が、それによっていとも簡単に払拭された。
「あとお前、ちゃんと自分の道具は手入れしてんのか」
「手入れ……ですか?」
「その様子じゃ手ェ抜いてやがんなお前この」
「うぐお……っっ」
回された腕の先は拳を象り、そのまま俺の頭をぐりぐりと擦り付けた。
「……あのな、道具は俺達の命だ」
そしてその手を放し、俺の正面へと位置取った。
「これは精神論じゃねえからな。……もし高所でなんかやってる時、お前が機械油にまみれた手持ち工具を使ってたとしてよ。手ぇ滑らせて、道具が落下して通行人に接触したらどうすんだ? ……お前が錆び付いた刃物使ってなんか切ってたとして、もし途中で刃ぁ吹っ飛んで仲間の誰かを怪我でもさせたらどうすんだ?」
……その瞳は一直線にこちらを見据え。
俺には、その視線を逸らす事など出来なかった。
「
そしてトラさんはこちらに背中を向け、ポケットから煙草を取り出し咥えた。
……俺は、指先にヤマトを携えながらそこに火を灯す。
「……わり、ちょっと説教臭くなっちまった」
「とんでもないです、ご指導ありがとうございました。……勉強不足で申し訳ありません、今後気を付けます」
ならいいよ、と。
そう続けたトラさんはもう一本の煙草を取り出し、俺に勧める。
……甘え、自分の口元へ携えた。
その先端に、トラさんはジッポライターを用い熱を施してくれた。
「ライター、あったんですね」
「や、なんか
そして互いに笑みが零れた。
…………俺は、彼の
来る
「……まっ、俺くらいになるともはや
「はは、さすがです」
そんな俺を見て、トラさんは腰に手を当て少しだけ砕けた主張をしてみせた。
……この人には敵わないな、と。
心底そう思う。
「しっかり俺の仕事を盗めよ」
「そうさせてもらいます」
そのやり取りを皮切りに、互いに再び歩みを始めようとしたところで────
────広がる景色に、確かな
「んな……っっ」
「…………あれは……!!」
トラさんも、俺と同じくしてその黒を察知。
景観は無音を掻き鳴らしながら無様に崩れ去り、僅かばかりの
……やがて、歪を核に携えた異物は。
まるで
「────ッッ」
自身が予想し得る全てを脳内に羅列し、そこから算出される
……そんな事はすぐにわかる、
「トラさ────」
離れて下さい、と続けようとしたところで。
──猿は、早々に俺の
「────!?」
咄嗟に前方へ駆けた俺を無視……或いは嘲る様に猿は大きく跳躍し、俺の頭上を越え後方のトラさんの
…………速すぎる…………!!!!
「トラさんッッ!!」
思わず漏れた叫びをそのままに、脳内をフル回転させこの状況を鎮める為のヤマトを構築────しようとするが、あまりにも時間が足りない…………っっ!!
「やっ……やめろおおーーッッ!!!!」
届くはずの無い言葉だけが先行してしまう。
俺の眼前に届く光景は、今まさに目の前の
「…………龍宮ぁ」
────
「えっっ……!?」
「
その体勢のまま、あまりにも静かに。
トラさんは、俺へそう投げ掛けた。
「
「そ……そう、だと思います」
鈍い灯りに照らされたその姿に。
俺は、示された疑問への解答しか口に出来なかった。
「……わかった」
そして俺の言葉に、それだけを返した後。
──トラさんは、掴んだ猿をそのまま地面へ放り叩き付けた。
……その時生じた音は、物体が落ちた際のそれでは無い。
これは……そう、言い換えるなら…………
…………交通事故?
「こんばんはあーーーーエテ公くん!!ちょっとだけ俺とお話しようよ?ちょっとだけだからさ」
恐らく、
自身を襲った衝撃にまだ理解が追い付いていないのか、叩き付けられた地面の上で体をビクビクと痙攣させるだけだった。
そこへ思い切り顔を近付けながらしゃがみ込み、トラさんが言葉を掛けていた。
「君のお仲間がさあ、俺にイジワルしてくれたんだよこの前さあ」
「マジで俺ちょー傷付いちゃってさあ」
「なんつーの、ナイーブ?あんな感じでさあ」
「パねぇくらい
「しかもソレをマジで吐き出せるトコも無くてさあ」
「どーしよっかなーーって思っててさあ」
…………
トラさんの拳が、猿の顔面へと振るわれる。
「でもまさかそっちから来てくれるなんてさあ」
「俺嬉しくてさあ」
そして。
言いながら、咥えていた煙草を
「──聞いてンのかこのクソ猿がゴラアアァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
響き渡る彼の怒号──
──同時に、猿は再度大きく跳躍し手足を振り乱しながらトラさんへ襲い掛かる。
「聞こえてんなら返事しろや」
それに対しトラさんは、悠々と右腕を振りかぶり。
…………降り掛かる厄災に、その
そして大きく後方へ吹き飛んだ猿は地面を擦りながら、やがて留まり。
……ぴくりとも動かず、そのまま景色へと溶けていくのだった。
────俺の見たものが、幻で無ければ。
トラさんが拳を振るった時に確かに握られていたモノは。
間違い無く、光を帯びる