第17話 初夏

文字数 1,970文字

 葵は、浩行の友人の父親が所有しているという別荘で行われているBBQに来ていた。
 海に面した高台にある別荘の広い庭で、10人ほどの30代中盤くらいの大人たちと、小学生に上がる前くらいの子供たちがいる。みんな適当にかたまって、肉や野菜を食べたり、楽しそうに談笑している。
 場違いな空間に、葵は早くもここから逃げ出したかった。
 ひと通り浩行は葵をそこにいる人たちに紹介してくれたが、同じような年代の同じような人ばかりがいるので、誰が誰の妻やパートナーなのか、一体誰が何の会社をしているのか、葵はすっかり混乱してしまっていた。
 隣にいる浩行はとても楽しそうだった。大学時代の友人の経営者や、同じ大学じゃなくても社会に出てから知り合った若手の企業家や経営者同士の気心しれた仲間と、先ほどから楽しそうに話している。
 シンプルなジーンズと白いTシャツ姿で、無精髭を生やしていた。缶ビールを片手に、率先して肉を焼いていた。
 ほとんどスーツ姿の浩行しか知らないので、今日の浩行は全く知らない人のようだった。別荘に着くまでの車でも、浩行は今日来る友人たちやその妻や子供の話をずっとしていて、普段忙しく働く中で、このBBQをとても楽しみにしていたのだろう。子供っぽい一面が意外だった。
 しかし、浩行は楽しいのかも知れないが、知り合いが浩行しか居ない空間で葵はずっと居心地が悪かった。
 浩行の友人やそのパートナーたちは、葵の若さや可愛らしさを褒めそやしたが、話せる話題もなく、お酒も強いわけではない葵は浩行の側にいてもさっぱり話についていけなかった。
 みな葵に気を遣って話を振ってくれるのが分かるので余計に、自分のありきたりな日常を話すのは気が引けてしまう。とりあえず礼儀正しくして、話を聞いているだけで、自分に話題が振られないことを願うのみだった。
「葵さん、浩行くんたちの話を聞いてても暇でしょ。こっち来ない?」
 化粧を上手にした、綺麗な女の人が声をかけてくれた。長い髪をポニーテールにして、エプロンをつけている。確か、ここの持ち主の奥さんで、涼子さんと言ったはずだ。
 ちょっと気にかけた表情をした浩行に頭を下げて、ビールを飲んで別の女性と話していた涼子の方に向かう。
「今日はお招きありがとうございます」
 葵が頭を下げると、涼子は
「こんなとこに連れて来られて緊張してるでしょ。気にしないでどんどん食べてね」と料理を勧めた。
「葵さん、つい最近まで大学生だったんでしょう。浩行さん、いつの間にこんな可愛い子見つけたんだろうって、涼子さんと話してたのよ」
 涼子の隣に座っていた、ハキハキした感じのショートカットの女性が話かけた。
「妹さんと同級生なんです。お家にも高校生の頃お茶を習いに行っていたので…」
「じゃあ、高校生の頃から、浩行さんと知り合いだったの?」
「いえ…、高校生の頃は浩行さん、東京にいたみたいです。たまたま妹さんのお家に遊びに行ったときにお会いして…」
「ああ、そういうこと。あるのねぇ、そんなこと」
 涼子とショートカットの女性は、向かい合って納得したように笑い合った。
「ほんと。見初められたのね」
 二人とも口々に言う。葵は意味が分からなかった。
「あの、別に見初められた訳じゃないですよ。付き合ってないですし」
 今度は涼子と隣にいた女性が驚いて顔を合わせる番だった。
「まさか。そんなはずないでしょう」
「ねぇ、何でもない子をここには連れてこないわよ。それに葵さんって、大平酒造の娘さんなんでしょう?」
「…そうですけど…」
 イマイチ要件を得ない葵を見て、
「まぁ、今はともかく、具体的なのはこれからなのかもね」
 と、笑って涼子はその話を打ち切った。
 葵は今更ながら何も考えずにここに来てしまったことを後悔していた。確かに言わられ見ればみんな夫婦かカップルでここに来ている。自分たちもそう見えていたとしても不思議ではないのだ。浩行がどんなつもりで葵を連れてきたかは分からないが、あまりにも何も考えずにした自分の行動に愕然とした。
「葵ちゃん、ちゃんと食べてる?」
 ぼうっとしていた葵に、浩行が缶ビール片手に声をかけた。
「浩行くん、もうちょっと葵さんに気を遣いなさいよ。こんな若い子がいきなりこんなとこ連れて来られて困ってるわ」
 涼子は笑いながら浩行に注意をした。
「涼子がいるから大丈夫だろう。俺と涼子とその旦那の正平はみんな大学時代からの友達なんだ。涼子って独身の頃、化粧品メーカーにいたんだっけ」
「そうだけど、どうかしたの?」
「じゃあ女同士、共通の話題もあるだろ。いろいろ教わったら?」
 浩行は葵を覗きんで笑っていた。
「はいはい。男の人はこれだから。葵さん、日差しも強いし、ちょっと家の中に入らない? 二人でお茶でもしましょ」
 涼子と葵は一緒に、家の中に入った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み