第1話 プロローグ 玲
文字数 1,143文字
「いつか貴女も大きくなったら素敵な恋をしてね。心から大切に思える人と出会ったら、真正面から向き合って、大切だと思っていることを伝えてね。そうすれば人生はもっと素晴らしいものになるはずだよ」
目覚まし時計の音が遠くから聞こえる。朝だ。
葵は飛び跳ねるように勢い良く起き上がった。
時刻は朝7時。余裕だ。初出勤にふさわしい暖かい光がカーテン越しに入ってくる。
自室を出て、一階に降りると、キッチンで母親の優がすでに忙しそうに働いていた。
「早いね。初出勤だもんね」
「何だか目が覚めちゃったんだよね」
葵がダイニングに腰掛ける。リビングの出窓に置かれた遺影を何となく見やった。
「今日叔母さんの夢を見たよ」
「玲の?」
優が驚いた声をあげた。
「うん。何だったのかなぁ。何か大事なこと言ってたんだけど…」
「初出勤だから応援してくれてるんじゃないの? 貴女可愛がってもらってたし」
「うーん。でもあんまり覚えてないんだよね…」
「しょうがないわよ。貴女が小学校に上がる前に亡くなったしね」
「心臓病だっけ」
「そう。子供の頃から病気はあったんだけどね」
「お墓参りにでも行こうかな」
「そうね。早くご飯食べちゃいなさい。今日から仕事でしょ」
「はーい」
葵はそのあと、慌ただしく朝ごはんを食べ、支度をして出かけて行った。
葵は今年の春に東京の大学を卒業し、実家に戻って市内の図書館に臨時職員として勤めることになった。市役所の試験を受けていたが二時試験で落ちてしまい、結局臨時職員をすることになったのだ。
今年また受験するかはわからなかったが、葵の人生の選択肢は希望に溢れていた。東京やその近郊の図書館に勤めるのも、別の市役所や区役所を受験するでもいい。本屋に勤めるのも悪くないと思っていた。いずれにしても葵の人生はまだ始まったばかりで、将来は希望にあふれていた。
優は、出窓に置かれた、若くして亡くなった自分の妹の遺影を手に取った。優の妹の玲が亡くなったのは、今の葵と同じくらいの歳だった。まだあんなにも子供だったのかと思うと、若くして亡くなった妹のことが、優には哀れに思えてしかたなかった。好きな人はいたのだろうか、身を焦がすような恋をしたのだろうか。
葵が自身の若さにちっとも気づかない様子で日常を送るのを見るたび、あの子にもこんな日常をもっと送らせてやりたかった、と悲しくなる。
それは、葵が実の母親の自分よりも、どことなく亡くなった玲に顔立ちが似ているからかも知れない。華奢で色白な雰囲気や、大きな目でこちらの様子を興味津々に覗き込む仕草が、歳の離れた自分を慕ってまとわりついていた玲に似ているのだ。
「ひとりで勝手に遠くに行っちゃって…」
優はしずかなキッチンでひとりごちた。
葵と墓参りに行こう、と思った。
目覚まし時計の音が遠くから聞こえる。朝だ。
葵は飛び跳ねるように勢い良く起き上がった。
時刻は朝7時。余裕だ。初出勤にふさわしい暖かい光がカーテン越しに入ってくる。
自室を出て、一階に降りると、キッチンで母親の優がすでに忙しそうに働いていた。
「早いね。初出勤だもんね」
「何だか目が覚めちゃったんだよね」
葵がダイニングに腰掛ける。リビングの出窓に置かれた遺影を何となく見やった。
「今日叔母さんの夢を見たよ」
「玲の?」
優が驚いた声をあげた。
「うん。何だったのかなぁ。何か大事なこと言ってたんだけど…」
「初出勤だから応援してくれてるんじゃないの? 貴女可愛がってもらってたし」
「うーん。でもあんまり覚えてないんだよね…」
「しょうがないわよ。貴女が小学校に上がる前に亡くなったしね」
「心臓病だっけ」
「そう。子供の頃から病気はあったんだけどね」
「お墓参りにでも行こうかな」
「そうね。早くご飯食べちゃいなさい。今日から仕事でしょ」
「はーい」
葵はそのあと、慌ただしく朝ごはんを食べ、支度をして出かけて行った。
葵は今年の春に東京の大学を卒業し、実家に戻って市内の図書館に臨時職員として勤めることになった。市役所の試験を受けていたが二時試験で落ちてしまい、結局臨時職員をすることになったのだ。
今年また受験するかはわからなかったが、葵の人生の選択肢は希望に溢れていた。東京やその近郊の図書館に勤めるのも、別の市役所や区役所を受験するでもいい。本屋に勤めるのも悪くないと思っていた。いずれにしても葵の人生はまだ始まったばかりで、将来は希望にあふれていた。
優は、出窓に置かれた、若くして亡くなった自分の妹の遺影を手に取った。優の妹の玲が亡くなったのは、今の葵と同じくらいの歳だった。まだあんなにも子供だったのかと思うと、若くして亡くなった妹のことが、優には哀れに思えてしかたなかった。好きな人はいたのだろうか、身を焦がすような恋をしたのだろうか。
葵が自身の若さにちっとも気づかない様子で日常を送るのを見るたび、あの子にもこんな日常をもっと送らせてやりたかった、と悲しくなる。
それは、葵が実の母親の自分よりも、どことなく亡くなった玲に顔立ちが似ているからかも知れない。華奢で色白な雰囲気や、大きな目でこちらの様子を興味津々に覗き込む仕草が、歳の離れた自分を慕ってまとわりついていた玲に似ているのだ。
「ひとりで勝手に遠くに行っちゃって…」
優はしずかなキッチンでひとりごちた。
葵と墓参りに行こう、と思った。