34*ニウヒメの復讐

文字数 2,680文字

「鳥見山?」
「そうです。トミ族の領地です。等彌神社があります。行きましょう」
 トミ族はニギハヤヒに仕え、トミビコさんが死んだ(と一族は思ってた)後も、その名を残してた。
 河内国草香の戦に備え、大和国登美(鳥見)にトミビコ軍が構えた仮の陣所の近所に登彌神社がある。最終戦に備え、大和国三輪の本陣前の忍坂にトミビコ軍が構えた陣所の近所に等彌神社がある。つまり最初の戦と最後の戦の地にトミ神社がある。大和国にトミという地名が、添下郡(奈良市)と城上郡(桜井市)にある。トミビコさんの本拠地は添下郡。領地を広げ、城上郡に及んだという。
「祭神は変えられましたが、トミ族がトミビコを祀った社です」
 鳥見山で天ツ軍はタカミムスヒに勝戦の感謝祭(?)を行なったという。顕彰碑もある。
「なんでトミビコさんに教えてあげなかったの?」
「逆です。ワタクシがトミビコに教えてもらいました。トミビコが醒めたとき、ここに来たら祭神が変わってたと嘆いてました。トミ族は忍坂で滅んでました。三輪のニギハヤヒ軍にトミ族はいませんでした。それにクエビコが言ってたように、ヤマトでトミビコは封じられました。鳥見山で天ツ軍はトミビコを封じる呪術を行いました」
 生き残った少数のトミ族が建てたんだろう。
 もうひとつの登彌神社の周辺も似たような伝承がある。登美という地名は、ここで天ツ軍とトミビコ軍の戦があり、鵄が天ツ軍の処に舞い降り、輝き、その威光にトミビコ軍の戦意が失われ、天ツ軍が勝った。故に鵄と地名をつけ、訛って登美と伝える。強引な設定。隣の生駒市に顕彰碑、トミビコさんの碑、ニギハヤヒの墓がある。
「大人弥五郎の巨人伝承みたい」
 トミビコさんも負けてない。古の戦の後、天ツ神の治める大和国に疫病がはやり、三輪の山神オオモノヌシの祟りと言われた。慌てた天ツ神は狭井神社を建て、鎮めたという。顕彰碑もある。トミビコさんの痕跡が残ってる。
「クエビコさん、やはり顕彰碑は祟り神を封じるためなんじゃない?」
「け、結果として、そうなるだけだ」
 クエビコさんは私のムー的な妄想を封じる。あれ、そのときはトミビコさんは生きてた。なんで祟り?……天ツ神の被害妄想か。後ろめたさかな。
 登彌神社のちょっと離れた処に添御県坐神社がある。
「添御県坐神社の別称は、三碓(ミツガラス)神社だって。ここもカラスが居る。嫌なかんじ」

***
 三輪のニギハヤヒ軍の陣所は天ツ軍を受け入れる用意で慌ただしく、忍びこんでるオオクニヌシに気づかない。ニギハヤヒの命じる声が遠くで聞こえる。早く、トミビコを助けだし、夜ノ国に隠したい。オオクニヌシは陣所奥の喪屋に急ぐ。
 倒れてるトミビコを抱える。胸を刺されてるが、血は止まってる。刺傷のため傷口が小さい。息も、脈もある。半昏睡のトミビコを外に引きずり出す。高草が茂げり、死角になる処の四方に榊を立て、注連縄を張って神籬(カムロギ)を作る。中央にトミビコの神名を書いた幣を立て、祓詞を唱える。オオクニヌシとトミビコは夜ノ国に隠れる。昼ノ国からは見えないが、神籬は見えるのでいつまでも居られない。
 喪屋で足音が聞こえる。トミビコを神籬に残し、オオクニヌシは喪屋の中を伺う。
『タカクラジが、なぜ、ここに?』
 喪屋にカラス衆の神衣を着たタカクラジが入ってくる。トミビコを引きずり出した痕を見る。血痕を撫でる。ゆっくり息を吸う。
『お、大神ッ』
 やはりタカクラジはカラス衆に。そしてカラス衆は天ツ軍に通じてる。アヤ族が裏で動いてる。檜隈の姫が裏で命じてる。
 ニギハヤヒとニウヒメが入ってくる。喪屋を見わたす。ニウヒメが屈み、血痕を辿る。振り向き、タカクラジの手に着いた血痕を見つめる。
『だれか運んだようですね』
『キサマかァ』
 タカクラジを睨む。
『ワ、ワタシがニギハヤヒ様に……』
 後ずさるタカクラジの右手が動いたとき。
『物覚が悪いなァァ』
 ニギハヤヒの剣がタカクラジの胸を貫く。血反吐。凭れかかるタカクラジを払い、顔についた血を拭う。剣をニウヒメに渡す。
『……わかってる。この性格をォ直さないとな』
 足元に倒れたタカクラジを見おろし、親指の爪を噛みながら、喪屋を歩き回る。
『せめて急所を外し、どこに運んだか聞いていただかないと』
 ニウヒメが窘める。
『うるさいィィ。わかってるとォ言ってるだろォォ』
『トミビコの骸は無くなり、代わりにタカクラジは骸となりました』
『こんな展開はァ思ってなかった』
『天ツ軍に説明は難しそうですね。……いかがしますか?』
 血を拭った剣をニギハヤヒに渡す。
『ニウ、後はァ頼む。先に逃げる』
『では、国ツ神に祟られ、死んだということに』
 ニギハヤヒが出ていく。

 ニウヒメはタカクラジに近づき、顔を蹴る。タカクラジは血を吐き、口元に手を動かす。ニウヒメがタカクラジの手を踏む。
『気を失ってただけ。かんたんに殺さないよ』
 ニウヒメは細剣を構える。
『カラス衆はイソ族を滅ぼした』
『……ワタシは、か、頭(カシラ)に従っただけだ』
『ニウ族もめちゃくちゃにした。しかし天ツ軍に加わり、今のアタシは手を出せない』
 仮面を外し、捨てる。涙を拭う。
『……な、なぐさの……?』
 細剣をタカクラジの胸に突き刺す。タカクラジの声にならない悲鳴。
『だから頭の、弟神を祟ってね』
『……そ、そうか。そ、ういう、ことか……』
 剣を抜いて血糊を払い、出ていく。

 タカクラジは斬られようとした。死のうとした。
 オオクニヌシは喪屋に入り、タカクラジに近づく。小声で呼びかける。
『……オ、オオクニ。なぜ、ここに、オオクニがいる……』
『トミビコを連れだしました』
『……そうか。御蔭でワタシは贄に、な、なれた。ありがとう』
『なぜ、話してくれなかったのですか』
『……オオクニも、た、たいへんだからね……』
『タカクラジ、なぜ……』
『……もっと、は、早く、……会いたかった……』
『タカクラジ……』
『……ああ、オオクニの好いてた、……女神を殺した。……め、命じられた、唯一の友達のオオクニ、の好いた、……を……』
『……』
『……ワ、ワタシが強き、力と、こ、心を得、たとき、……また……』

***
『待たせてめんご、タカタカ。イヅメが勇気と神威をあげる。いくよ。……饑に冒されよ。されば……おっと祓詞をまちがえた。ごめんご。もっかいいくね。せーの、我が贄となり去りし饑よ。鬼神となり甦り我に従え』
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