10*水商売で生活費を稼ぐ神

文字数 2,564文字

 最終電車に駆け込み、大田市駅に着く。世界遺産の石見銀山で有名な処だ。22時。西村京太郎もびっくりな強行スケジュール。駅前広場を通りすぎる。
「どこに行くんですか?」
 眠い。とても眠い。
 朦朧とする頭を振りながら、スマホを弄ってるニウヒメさんに聞く。ニギハヤヒは睨んでる。
「物部神社に泊まるのー」
 オオクニヌシさんが言ってた神社。遠いと言ってなかったけ。
「物部神社はどのくらいですか?」
「徒歩70分ねー」
 スマホを見ながら言う。
「70分も歩くんですか?」
「物部神社に行く車はなーい。隠れてるから車は呼べなーい。呼べても金はなーい。イヅモの神の祀る神社は結界で入れなーい。道端で寝たくなーい、わかったー姫様?」
「神様のバチがあたらないんですか?神殿にふとんもベッドもないんですよね?」
 私が訴えようと振りむくと、剣を翳される。そうだ。捕われた身だ。
「うるさいィ」
 親指の爪を噛む。苛ついてるようだ。しかし3日間の不眠不休で思考回路の狂ってる私も動じない。「はい」と手をあげる。ニギハヤヒとニウヒメさんは見あわせる。
「提案があります。現世に戻り、ホテルに泊まるのはいかがでしょう。宿泊費は私が出します。いえ、出させていただきます。ぜひ、暖かいベッドで寝ませんか」ニウヒメさんの手を握る。
「暖かいシャワーもあります」
 ニウヒメさんの手を揉む。ニウヒメさんはじぶんの髪を触る。
「ニギハヤヒ様。ここはイワミ国です。オオクニヌシの神威も及びませーん」
 やったー。


 隠れたまま、空室に泊まればいいけど、無賃乗車のうえ無賃宿泊は小心者の私にできず。ニウヒメさんの調べた神社、駅の反対側の野井神社へ向かう。徒歩20分。
 このへんは、今は島根県だけど、昔は石見国で、オオクニヌシさんとニギハヤヒの緩衝領地。隣の隣駅は五十猛駅で、スサノヲさんに関係のある神社があるらしい。
「なんの神様が祀られてるんですか?」
 野井神社の鳥居をくぐる。黄泉比良坂と同じ、両脇に石塔が建ち、上部に注連縄を渡す鳥居。那富乃夜神社はふつうの鳥居だった。出雲の神様と、違う神様を祀る神社は違うのか。
「カミムスヒ。別天ツ神ねー」
「別天ツ神?」
 カミムスヒ様は、たしかキューピーちゃんの母神だったような。
「天ツ神の生まれる前に、なーもない世界に生じた神。世界の道理を整えた神」
「よくわかりません」
「アタシもー」
 ニウヒメさんはニコッと笑った。笑顔がすてきだ。
 なんでニギハヤヒと一緒にいるんだろう。なんで赤のペアルックを着てるんだろう。
「なんでカミムスヒ様が祀られてんですか?」
「えーと……」
 スマホを弄る手が止まる。
「どうしたんですか?」
「あー、いや、なんでもない。キイ国を治めた神の親戚がイワミ国を治めてたみたい」
 紀伊国?……あ、今日の定時連絡を忘れてた……。まずい。
「キイといえばァ、ニウもキイを治めてたじゃないか」
「え、ニウヒメさん、和歌山なの?」
 ニウヒメさん、私と同郷なんだ。
「そーよ。えーと、親神カミムスヒを祀った、だってー」
 ニウヒメさん、紀伊国の国ツ神なんだ。


 私達はホテルに泊まる。セミダブルを2室。チェックインしながら、ふと神様の日常生活が気になる。衣食住はどうしてるんだろう。聞きたいけど、長話になりそうなのでやめる。
「よし。明日はァ始発で行く。いいなァ」
 そういうとニギハヤヒは、バタンとドアを閉める。ガチャと鍵をかける。
「ホテルの礼はなし?」
 閉まったドアに言う。開いてるときに言うと剣を向けられるので。まあ、私が頼んだので、しかたがない。
「昔はもーちょっとマシだった」
 ニウヒメさんは笑い、私の足元を見る。
「さっき転んだけど、大丈夫?」
 野井神社の暗い境内で歩き疲れて足が縺れ、躓いた。見事に転んだ。ワカヒコくんを笑えない。……私って夜目がきかないのかな。
「ちょっと捻ったようで」
 私達は隣室に入る。
「ニギハヤヒとどんな関係なんですか?」
 赤衣を脱いでるニウヒメさんに聞く。
「主神と従神の関係。古の戦で殺されそうだったところ助けてもらったー。領地も奪われちゃってー、おちこんでたら『オレサマは国ツ大神に成る。なったらァ領地をやるから、従えェ』と言われて従ったー」
「オオクニヌシさんが国ツ大神じゃないんですか?」
 晒を解くニウヒメさんに聞く。
「さー、天ツ神が与える王座らしいからー」
「天ツ神って偉そうですね」
 裸のニウヒメさんに応える。む、胸がでかい。
「そーそー。でも、ニギハヤヒ様は、ほんとーに凄い偉い天ツ神でー、『オレサマにふさわしい王座だァ』と言ってた。よくわからないけどー」
「え、あれで?」
「あれでー。まー、中ツ国も、家長を継ぐときに長男次男、嫡子庶子で揉めるじゃない。天上も地上も同じねー。そーいえば、他に継げなかった偉い神も降りたと言ってたー」
「まだ、いるんですか?」
「王座はひとつ。天上で座れなかったら、地上で座りたいんでしょー」
「座れなかったんですか?」
「あの性格が災い、座れなかった。いや、座りそこなったー。それで夜ノ国に隠れたー」
「今の国ツ大神ってだれですか?」
 バスルームに入りかけるニウヒメさんに聞く。
「いないんじゃないの。だから世界の変化が起きたんじゃないのかなー。おかげで道理無視で昼ノ国に現れた。ニギハヤヒ様も『オレサマの時代だァ』って喜んでた。アタシは従うだけー。なんか貧乏神に捕まった感じー。水商売で、生活費を稼いでるけどー。シャワー、いいかなー?」
「はい」
 ニウヒメさんもたいへん。水商売で生活費を稼ぐ神様か。ニウヒメさんと話してると楽しい。大学で友達と話すのが億劫だったけど、なんでだろう。
 シャワーの音を聞きながら、ベッドに座る。キューピーちゃんの入ったコンビニ袋を抱える。正体がバレると困るので隠したけど、ニギハヤヒは気づいてる、きっと。刑事モノでいう、泳がしてるのか。ま、いっかー。
「……キューピーちゃんが軽い」
 神社からだ。なんでだろう。
「ねー姫様ー、これ、どーやるのー?」
 ニウヒメさんは、駅前のコンビニで買ったパックを試したいようだ。
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