16*カカシのクエビコ

文字数 3,789文字

「え?」
 抱えられ、驚き、気づいたら別の処にいる。そして眩み、座りこむ。
「兄神、大丈夫か」触ってた手で私を支える。
 オオクニヌシさんが時空間を翔ぶと疲れると言ってた。神威ってHPのようなものか。
「ちょ、ちょっと、クラクラと。大丈夫」触ってた手を離す。
 狭い参道を覆い隠すように両側の木々が迫ってる。ここが花窟神社か。
 スサノヲさんに、手を洗い、神衣を着るように、兄神らしく命じる。
 社務所を抜けると、見あげるような高い岩壁。下に大きなくぼみがあり、くぼみを垣が囲み、中央に幣が供えられてる。くぼみの上に注連縄が渡されてる。
 社殿はなく、くぼみ、または岩壁が神体。無社殿神社だ。……奥に、だれかいる。
「オオクニヌシさん?」
「ツクヨミ様、ケガはありませんか?」ケガはないけど、なんか疲れた。
「うん、うん」オオクニヌシさんに抱きつく。
「ツ、ツクヨミ様……」
 呼ばれて気づく。慌て離れる。妻帯者だった。
 ち、違う。なにを思ったんだ。邪心に満ちた頭を振る。妻帯者でなく、負傷者だった。
「ごめんなさい、オオクニヌシさん、痛いよね」ニギハヤヒに刺され、抉られた。
「そ、そういうことでなく、その……。ま、まあ、ワタクシは慣れてますから」
「慣れても、痛いよね」
 殺され、甦り、殺され、甦り。なんでオオクニヌシさんは耐えられるんだろう。ヘタレのイメージもあったけど、やはりオオクニヌシさんはすごい。
「気を遣わないでください」
 なんでオオクニヌシさんは優しいんだろう。妻帯者じゃなかったら。違う、違う。頭を振る。
「オ、オレも、いる」
「クエビコさん」
 巨石に立てかけられたクエビコさんを抱きしめる。
「き、気をつけろ、また、オレを、こ、壊す気か?」
「また?」カカシを壊したことは……。
「も、もしかして、あのカカシは、自転車で田んぼに落ちてぶつかったのはクエビコさん?」
「そ、そうだ。まあ、3代目だがな。き、気づくのが遅い」気づくのか、ふつー。
「言ってよ」
「き、聞かれなかった」聞くのか、ふつー。
「そうか、ほんと守られてたんだ、私……」
 涙が出る。坐りこむ。オオクニヌシさん、クエビコさんと会い、仲間と会い、涙が出る。
「ぶ、武神が、泣く、な」
「私、武神じゃない」
「ぶ、武神だ。東の軍、く、国ツ軍を率いた武神、ツクヨミだ」
「そんな担ぎあげないでよ。私にそんなこと……」
「クエビコはツクヨミ様をとても慕ってました。ただ、ぶっきらぼうで」
 オオクニヌシさんが屈み、私の涙を拭う。確かにぶっきら棒だ。言ってよ、クエビコさん。


「この神社は?」
「スサノヲ様の母神であり、黄泉大神であるイザナミ様を祀る神社です。イヅモの揖夜神社から、根ノ国を通り、ここへと来ました。この岩壁、千引岩の向こうが根ノ国に通じてます。根ノ国は生きた神、人は居られません。ワタクシは、トミビコの言うとおり特別扱です」
 島根と和歌山が熊野を通じ、黄泉で結ばれてる。すごい。
「火神カガヒコを産み、死んだ処です。近所にカガヒコを産んだ産田神社もあります」
「知ってる。カガヒコを産み、火傷で死んじゃう。カガヒコもイザナギに殺されちゃうんでしょう。母神を殺し、父神に殺される、哀しい神様。それでカガヒコさんは?」
「根ノ国の特別室で眠っています」
 花窟神社は天上から降りる磐座じゃなく、地下へと降りる磐座。いや、地下から登ってくるイザナミ様をイザナギが塞いだ磐座だ。イザナミ様が見るなと言うのに見ちゃったイザナギ。怒って追ってくるイザナミ様を千引岩で塞いだ。カガヒコも、イザナミ様も悪くない。どう考えてもイザナギが悪い。
 イザナミ様は、広島の比婆山熊野神社、島根の比婆山久米神社と、和歌山と島根に墓所の神社がある。和歌山と島根は似てる。
「オ、オレも、スクナヒコも特別扱だ。ま、まあ、神霊に、世界の理は通じない」
「あ、ああああ。キューピーちゃん、私のキューピーちゃんは?」
「これか?」
 黒衣を着たスサノヲさんがコンビニ袋を掲げ、持ってくる。まったく同じ神衣。神衣は決まってるのか。ああ、クローゼットを見たい。衣食住を知りたい。
「そ、そう。……だれ?」
 スサノヲさんの後にだれかいる。また、ニューキャラが。
「マガツヒと言います。ワタクシが兄神達に殺されたとき、根ノ国に導いてくれた黄泉神です」
 なるほど、生物を育む木ノ国の地下に死霊の眠る根ノ国があるのか。
「はじめまして」
 マガツヒさんは答えず、スサノヲさんに隠れてる。長い髪に隠れ、顔は見えない。黄泉神というと、失礼だけど怖い、醜いイメージなのに、なんか切ない、哀しいイメージがある。なんか存在感をなくそうとしてるような。恥ずかしやなのかな。
「……これ」
 マガツヒさんがコンビニ袋を指す。私はコンビニ袋を受け取り、キューピーちゃんを取り出す。
「ボク、キューピーちゃん、その正体はスクナヒコだよ」喋れないので腹話術。ウケたかな。
「……スクナヒコは居ない」
「え?」
 マガツヒさんに言われ、改めてキューピーちゃんが軽いと知る。
「そうです。スクナヒコは憑ってません。なのでツクヨミ様を探せませんでした。比礼の霊威が発され、探せました」
 それでさっきオオクニヌシさんは言いためらっていたんだ。私が黒い影に襲われなければ、比礼が霊威を発さなければ探せなかった。
 オオクニヌシさん、スサノヲさんは一瞬を待ってた。遅かったら私は殺されてた。
「イザナミ様に聞き、わかったのですが……」
「え、あ、ブレスレットがない。なーい。キューピーちゃんにかけてたブレスレットがない」
 オオクニヌシさんの言葉を遮る。
「……これ」マガツヒさんの手にブレスレット。
「実は、スクナヒコは腕輪に憑ってました」
 そうか。だから私が家にいるときにキューピーちゃんは動くんだ。
「マガツヒさんが見つけたということ?」
「野井神社でイザナミ様が外しました」
「野井神社で転んで落としたんじゃなくて?」わざと転ばした?
「……大事な物」マガツヒさんが答える。
 なんで大事な物を外し、また戻す。イザナミ様は私が野井神社に行くとわかってた?
 わからない。ブレスレットを受け取ろうと手を伸ばす。マガツヒさんが手を引っこめる。
「……ボクに触らない」
「え?」
「……ボクは穢れてる」
「マガツヒは、イザナギ様が禊を行ったときに生まれた神で、黄泉の禍いや穢れを身に纏った神です。触れば、禍いや穢れが障ります。触れられるのは黄泉大神だけで、先代カミムスヒ様、当代イザナミ様、そして次代スサノヲ様だけです」
 死霊の持ち込む禍いや穢れで、黄泉は怖い、醜い世界になる。マガツヒさんは禍いや穢れを外界に出ないように纏ってる。隠世の物ノ怪も現世の禍いや穢れが精霊と合わさった。うーん。なんか切ない、哀しい。
「なんでそんな……」
「……ボクの犯した罪」
「犯した罪って、どんな罪を犯したら、そんな酷い罰になるの?」
「……わからない」
「マガツヒは記憶が無いのです」私と同じ?
「ツクヨミ様は記憶が戻らないだけ。マガツヒは記憶が無いのです。戻す記憶が有るのと無いのは違います」
「どういうこと?」
「ワタクシもわかりません。イザナミ様に聞きました」
「ねえ、なんかわからないことだらけじゃない。なにもわからなくて、世界に変化が起き、私はツクヨミになり、ニギハヤヒに捕らわれ、マガツヒさんは記憶がなくなるの?」
「オ、オオクニを責め、わかればいい。かたずけばいい。だが、なにも、わ、わからない。かたずかない。ただ、オオクニが、苦しむだけ」
「ご、ごめんなさい」
 私は俯く。確かにオオクニヌシさんを責めてるだけだ。
「いえ、慣れてますから……あ、そ、そういうことを言いたいのでなく、その……」
 オオクニヌシさんも俯く。せっかく、再会を喜びあってたのに、ごめん。
「すみません、ツクヨミ様」
「私こそ……これまで、オオクニヌシさんはなんでも知ってたから」
「兄神、こういうときは『しかたがないな』と笑ってやれ」スサノヲさんの言うとおり。
「こ、これから、皆で、し、知っていけばいい」クエビコさんの言うとおり。

 マガツヒさんに触らず、ブレスレットを受け取る。
「イザナミ様が、腕輪はスクナヒコの憑代ですが、本来はツクヨミ様の心と命の憑代と仰ってました。大事に、決して離さないように、と」
 ブレスレットを握る。

 ……そうだ、思いだした。
 母さんに貰った、大事な物。このブレスレットは御守だ。忘れてた。
 なんで母さんのことを思いださなかったんだろう。なんで母さんのことを忘れてたんだろう。
 なんで。ブレスレットをぎゅっと握りしめる。
 ポン。
 目前に白色の毛糸のポンポンが現れる。物ノ怪か。思わず仰け反る。
「スクナヒコの分霊でしょうか。本霊は腕輪に憑いてます」
 オオクニヌシさんはポンポンを攫み、私の掌にのせる。善い霊は白色、悪い霊は黒色、わかりやすい。
「ケ、ケサランパサランと呼ばれてる。スクナヒコはカガミグサの実の船で来た。だ、だからカガミグサの種の綿毛の姿を写したんだろう」
 キューピーちゃんの第2形態?
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