37*神が天香具山で見る夢

文字数 3,483文字

***
 鬼神となったタカクラジさんを祀り上げるため、タカクラジさんの眠る神社に向かう。徒歩60分くらい。前をスサノヲさんとオオクニヌシさんが歩く。スサノヲさんは、どう私と接したら良いか悩んでる。まあ、兄神が姉神に成ったんだから、心の整理もたいへんだ。
「なぜ、スサノヲ様はワタクシに天ツ神なみの神威を与えたのですか。なぜ、出雲国をまとめ、中ツ国を造りなさいと命じられたのですか」
「そ、それは母神、いや、カミムスヒが命じたからだ」
「やはり……」
「やはり、なんだ?」
「カミムスヒ様は幽世に去られる前に、きっとこうなることがわかってたのです」
「どうなることだ?」
「世界の変化、ツクヨミ様の出現、そして再び戦となること」

 スサノヲさんとオオクニヌシさんの会話を聞きながら、私は担いでるクエビコさんに訊く。
「ナグサヒコは、やはりタカクラジさんの弟神なのかな」
「わ、わからない。ただ、天ツ軍がキノ川で、主軍をクメ水軍からカラス衆へと替えたと、か、考えられる」
「そうか。それで紀伊山地を越えられたんだ」
「ああ。そしてクメ水軍はナグサに、の、残った」
「え?」
「イ、イソ族も、ニウ族も滅んだ後に、ナグサ、いや、キ、キイは事実上天ツ軍に、治められた。ツ、ツクヨミは国ツ軍の軍将のような、そ、存在だからな。クメ水軍が隠した。日前神宮国懸神宮と、か、関係のある紀三所社は、クメ水軍が建てたと考えれば、ナ、ナットクができる」
 和歌山県日高郡にクメ水軍(アヅミ族)の奉じる龍王神社があり、周辺に関わる地名がある。
 天武天皇の仮名は大海人。クメ水軍は九州北部のアヅミ族。天武天皇はアヅミ族に育てられたという。天ツ神を祀らなくても紀伊国は天ツ神に治められてた。だからアヤ一族の条件も気にならなかった。うーん。


「タカクラジ、やっと会えましたね」
 割拝殿でオオクニヌシさんが頭を下げる。本殿にタカクラジさんが眠ってる。

『オオクニ、やっと会えたね』

 タカクラジさん?……タカクラジさんの声が聞こえたような。
 そうかタカクラジさんはツクヨミに仕えてたんだよね。私も縁のある神様なんだよね。
「そ、そうか。タカクラジがニギハヤヒと、と、共に降りる前の名は、アマノカグヤマだ」
 飛鳥の北方にある香具山は天から降り立った山。天香具山。雨乞い、日乞いを行う山、卜占で神意を伺う山。麓に天香山神社があり、櫛眞命(櫛眞知命)を祀る。奇しき真(事実)を知る神、卜占を司る神といわれる。天ツ神と国ツ神を結んだ神。天ツ神の治める中ツ国、改め日本国の国魂の神といわれる。事実は小説よりも奇なり。
「ツクヨミ様、社の後方に月の子が生まれたという巨石もあります。檜隈の姫の社に行く道中です。見ましょう」
 月の誕生石の説明を読む。なんかできすぎた展開。
「オ、オオクニは理想主義者だからな。あと、む、夢想が好きだ」
 できすぎた展開に笑う。畝尾都多本神社は、イザナミ様が火神カガヒコを産んで死んだときに、悲しむイザナギの涙から生まれた泣沢女神を祀る。延命の神、命乞いの神。神話で、高市皇子の死に、檜隈の姫が泣沢女神に延命を祈ったが、甦らなかったという。中国の泣き女の神格化で、檜隈の姫という説もある。
 高市皇子は天武天皇の長子(庶子)で、皇位は嫡子の草壁皇子、大津皇子に次ぐ。天武天皇死後、草壁皇子、大津皇子も早く亡くなった。次代天皇も目されたが、継げず、亡くなった。キトラ古墳は高市皇子の墓所といわれる。神話が現実(史実)を変えたのか、現実が神話となったのかわからないけど、タカクラジさんや檜隈の姫、天武天皇、高市皇子とオオクニヌシさんは同じ時代を生きてた。
「た、高市皇子はヤマトのタカイチで、育った。母はヤマトのアヤ族の女と、いわれる。つ、強き力と、心を持ってたと聞く」
「檜隈の姫の子です。色々としかたがないことがありました。……姫様は、ワタクシと似てたんですね。同族嫌悪です」

「檜隈の姫に日前神宮国懸神宮を任せたんでしょう。やはり日前大神はニギハヤヒなの?」
「檜隈の姫は教えてくれませんでした。あまり話したがらないので。たぶん古き神を捨て、新しき神にアヤ族の未来を託したのでしょう。ニギハヤヒは出自不明の神です。ただ、アヤ族などの蕃国(トナリノクニ)の一族をまとめてたと聞きます。ただ、アヤ族にとって天ツ神は崇める神でないでしょう。そう考えるとニギハヤヒが……」
「どうしたの?」
「いえ、檜隈の姫は神意を聞く力があったか、どうか。……巫なのか、どうか」

『……せめて巫のかっこうしてるから、祀ってやろうかね』
『……注連縄、外して捨てといてくれる。もう祭はやらないから』

「ま、まあ。ニギハヤヒが崇める神でしょう。あと、たぶん国懸大神はニウヒメでなく、タカクラジでしょう。アスカを覆う檜にかける首、アスカを守るために贄となった。アヤ族の過去と未来を守る神」
「濱宮の祭神の天懸大神は?」
「アスラという蕃神(トナリノクニノカミ)です。タカクラジが崇める神と言ってました」
「前に訊いたときは、なんで教えてくれなかったの」
「……なんででしょう」
 オオクニヌシさんは天を見あげる。
「ナグサの神も、クマノの神も、天ツ神、国ツ神、神人、人の欲望で変わりました。混ざってわからなくなりました。なにが正しかわかりません。国懸大神も、クエビコの言うとおり、名草の姫をうらぎった一族が祀り上げた祟り神かもしれません」
 三輪の山神の祟りも、天ツ神の被害妄想。
 アスラはインド神話で元神族。神族の王インドラと戦う。バラモン教、ヒンドゥー教で魔族。神族の敵対者。不老不死の神でないが、厳しい修練で、神威を得た。幾度となく世界の主権を奪った。古来は日神に扱われる。梵語のアスラは、生命(asu)を与える(ra)者、または非(a)天(sura)で、性格の異なる神を表し、時代、宗教によって変わる。
 中国に伝わり、仏教で阿修羅となる。天界で、正義を司る神だったが、娘を、力を司る神・帝釈天に力づくで奪われ、天界を逐われて戦う。鬼神となる。六道のひとつ、阿修羅道(妄執によって苦しむ世界)にいる。後に釈迦の説法を聞き、守り神となる。
 日前神宮国懸神宮の神体の鏡と矛は鬼神除けの祭具という。様々な神様が来る処だからね。鬼神が来ないように。鬼神に成らないように。

 見あげると陽は傾き、空色は橙色に彩られてる。天は高く、広く。高天原がどこにあるかわからないけど、神話(神代)は現実(現代)に続いてる。
「ニウヒメさんは、ちゃんと眠ってるかな」
 ニウヒメさんと熊野の海を、天を見てたのが、遠い昔に感じる。
「そうだ、飛鳥町」
 三重県熊野市飛鳥町に飛鳥神社がある。古伝に、阿須賀神社の祭神を大野御子が当社に分霊と伝える。大野御子?……も、もしかして高野御子となにか関係がある?
「阿須賀神社は、顕彰碑があった」
 熊野速玉大社の摂社。蓬莱山を神体とする自然崇拝の祭祀場。境内に弥生時代の遺跡があり、熊野信仰の発祥地といわれる。矢倉神社と同じだ。現在は事解男命と熊野大神を祀る。
 熊野権現御垂迹縁起で、熊野大神は、豊前国、伊予国、淡路国、紀伊国と渡り、神倉神社に降り、阿須賀の森(阿須賀神社)に遷り、熊野速玉神社に座したという。
「熊野大神も福岡から瀬戸内海を通り和歌山へと来たのか」
 熊野大神はクエビコさん、オオクニヌシさんも言ってたが、様々な神様の合体神になってしまってる。事解男命は絶縁の神。イザナギとイザナミが絶縁の契約時に生まれた速玉男命。後に生まれた事解之男。契約を固める神と、事態を終わらせる神と考えられる。熊野神社など、イザナミと合わせ祀られる神社が多いが、熊野信仰と異なる神と考えられる。
 阿須賀神社は、秦の始皇帝に仕える道教方士・徐福が不老不死の神薬を求めてきたという伝承もあり、徐福の宮がある。ニギハヤヒと似てる。
「クエビコさん、熊野の烏止野神社はアタのウガイ族がニギハヤヒを祀ってる」
 烏止野神社、熊野速玉神社、神倉神社、阿須賀神社のある新宮市は、熊野川の川口にあり、天ツ軍の再上陸比定地のひとつ。熊野大神と天ツ神は同じ処を通った。熊野大神、ニギハヤヒ、そして速玉男命と事解之男。うーん、神様の謎ときはまだ続く。
「ア、アタ族は、しかたがなかった。一族は、い、生き残った。滅びなくて良かった」
 クエビコさんもオトナのカカシになったね。
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