17*生駒の山神へ願立て

文字数 3,702文字

 東京(の隣の埼玉)に帰りたいけど、もう難しいだろう。今日は和歌山に泊まり、明日始発で帰ろう。ということで。
「ねえ、行きたい神社があるの」
 現世に現れ、マガツヒさんと別れ、熊野市駅で充電器を買い、神社を調べる。行きたい神社は2社。まずは天ツ軍と、トミビコさんと私が戦った大阪の石切劔箭神社。ちょっとでも、記憶が戻せないか試してみる。
「よし。スサノヲさん…」
「ゴホン、ゴホン」
 どうしたの、オオクニヌシさん?……あ。
「スサノヲ、よろしく」ぎこちない。
「兄神、翔ぶぞ」スサノヲさんが私を抱く。
「使い烏を飛ばしておきます。むこうで……」
 オオクニヌシさんの言葉も聞けず、一瞬に私とスサノヲさんは大阪に翔ぶ。

 オオクニヌシさんとクエビコさんは。
 津駅まで紀勢本線で190分、大阪難波駅まで近鉄特急アーバンライナーで80分、南海難波駅まで徒歩で10分、和歌山市駅まで南海特急サザンで60分。合計340分。乗換を含め、約6時間。所造天下大神と天勝国勝奇霊千憑毘古命は溜息をつく。
「シコヲだったら翔べるのですが」
「し、知ってる。数百年のつきあいだ。溜息くらい、つ、つかせろ。オマエは結ぶ神だ。オ、オマエが居るから、オレらは結ばれてる。だから……」
「しかたがない、ですか」
「そ、その卑下の癖はやめろ。オマエも結ばれたいんだろう。しかたがないで、ナットクができるのか、が、我慢ができるのか」

***
 ツクヨミ軍とトミビコ軍は、東の本陣の竜田を離れ、北方の生駒山の東側の大和国登美(鳥見)に移る。トミ族の本貫地。西側は河内国草香。天ツ軍の進軍に備えて仮の陣所を立てる。
『トミビコ、機嫌がいいな』
 ツクヨミとトミビコは夜営を離れ、明日の陣所の設営のため、生駒山を登る。
『な、なんでもございません』
『言いたそうな顔だ。なにかあったか』
『じつは義兄弟の契を交わしました。ニギハヤヒという天ツ神です』
 ニギハヤヒは生駒の山神に仕える神人を従え、河内国を治めた。紀伊国熊野の神人と交わり、熊野国(紀伊国熊野)を治めたという。そして大和国のトミ族の長トミビコと義兄弟となる。ということは大和国も……。
 ツクヨミは、ニギハヤヒの噂を聞いてた。突然と現れた天ツ神。そして紀伊国でイソ族を滅ぼしたナグサヒコと名のる神。天ツ軍の進軍に合わせるように現れた。

『ワタシ達は天ツ神と戦うんだぞ』
『姫、全ての天ツ神が敵と限りません。オオクニヌシ殿もホヒヒコ、ワカヒコと義親子の契を交わしました。姫も天ツ神でございます。天ツ神も悪神と善神がいます』
 じぶんが思ったら、だれになにを言われても頑として聞かないトミビコは、長でありながら一族に疎まれた。ツクヨミが間に立ち、まとまってきたが、また、ツクヨミに話さず、大事なことを決めてしまう。
『ともにヤマト国を守ろうと言ってくれました。ミワの陣はニギハヤヒに任せました』
『軍を分けたのか。……そうか』
 トミビコ軍は東の軍の主軍。ツクヨミは、トミビコが軍に分けた、後陣に置いた理由を考える。本陣後方の三輪に、天ツ神が軍を構える。トミビコが考えたんじゃない。
『戦の後、ニギハヤヒにトミ族の長を継がせようと思います。ワタシは戦しかできません。しかし戦しかできない長に、一族はついてきません』笑う。
『戦しかできない長……』
 意固地であるが、トミビコの努力もツクヨミも知ってた。だからなんとかしたかった。
 しかし。
『わかった。戦の後、その天ツ神と会ってみよう。トミ族を、ヤマトを任せられるか』


『疲れました』
『なにをいう。トミビコは、まだまだ戦える』
 トミビコとツクヨミは生駒山の山腹の巨岩に座り、夜の草香江(河内湖)を眺めてる。暗い湖面を湖畔に並ぶ篝火が照らしてる。トミビコ軍は大和国側、ツクヨミ軍は河内国側の麓で一時の宴を楽しんでる。
『さすがでございました、姫。あの戦いぶり』
『剣術の師に褒められるとは、雨が降るな』ツクヨミは夜空を仰ぐ。月が明るい。
『あんなふざけた剣に負けたらタカヒメに笑われる』
 様々な国ツ神の集まる合従軍の東の軍は、軍師クエビコの苦戦予想に反し、初戦勝利となった。先陣陣頭の役目を果たしたツクヨミの顔が、やっと綻ぶ。トミビコも嬉しい。

 数日前の本陣出立。トミビコは不安を感じてた。
 国ツ神と国ツ神の戦と違い、10倍以上の軍力を有する天ツ軍と戦う。天ツ軍主軍のクメ水軍は筑紫国の海人族で、最強の水軍といわれる。東の軍の伊勢国の水軍は半漁半兵の軍。軍力は正しく天と地の差。難波江に広がった多数の軍船を前に、トミビコ軍は浮足、逃腰の状態で待ち構えた。
 しかし。
 ツクヨミに発する鬨で変わった。紫色の武具を纏い、金色の大剣を構え、陣頭に立った姿は、勝戦に導く女武神。
『岡に上がった河童に負けるか。数で攻め入ったところで船虫以下だ』
『船虫以下でございますか』笑いあう。

『トミビコもたいへんだな。せっかく故郷に帰ったのに』
『ワタシは武神でございます。命令に従い、天ツ軍と戦うだけです。姫も傷の癒えないまま、キイ国に行かれます。また、姫を先陣に立たせるなんてオオクニヌシ殿も酷いです』
『キイはワタシの国。トミビコのヤマトと同じ。最も地の利を知ってる』
『肩の傷が黒くなってます。黒い傷は瘴気の始まり。イコマの山神に清めていただきましょう』
 東の軍一の武神といわれるトミビコがうろたえる。ツクヨミが笑う。
『大丈夫だ。トミビコは心配性だな。このくらいの傷は舐めておけば治る』
『な、舐める。姫神が、そのような……』
『男神と思ってたくせに』
 ツクヨミはジッと見つめる。顔を背けるトミビコ。
『戯言だ』
『姫はいじわるでございます』笑いあう。
 笑いながらツクヨミは、ふと巨岩下を見やる。
『ツクヨミ様。出立が整いました』
 暗闇に隠れた影がツクヨミに声をかける。
『わかった。多少は休めたか。宴は、……酒は呑めなかったな』
『充分に休ませていただきました』
『そうか。ワタシに仕えたばかりに、すまない。先に立て。ワタシは翔んでいく』
 影は暗闇に消える。トミビコは暗闇を睨む。
『カラス衆でございますか。戦場で見ませんでした』
『タカクラジという。見られたときは葬るとき、というのがカラス衆の掟らしい』
『神人は信じられません』
『ワタシの言うことはよく聞くぞ。スサノヲが頼りないワタシに、キイで優れたカラス衆を集めてくれた。弟神のほうがワタシを信じてくれない』
『もっと姫は剣の修練を積んでいただかないと、ワタシも不安でございます』
『トミビコも言うのか』笑う。
『……そうだな。トミビコがいなければ弱い女神だった』
『姫。まだ、大殿に言っておられないのですか』
『なんかワタシが言ったら負けのような気がしてな。この戦に勝ったら言う。願立てだ』
 巨岩の上に立ち上がる。
『鈍感な弟神は疲れる』
 髪どめを外し、結髪を解く。髪が風で靡く。トミビコはツクヨミの憂う横顔を見つめる。
『その髪どめ、勾玉でしょうか、きれいでございますな』
『ああ、いつから持ってたか、生まれたときから持ってたか。だれから貰ったか、天ツ神からか、国ツ神から貰ったか。まったく、さっぱりと思いだせない。腕輪だったが、戦に邪魔と思い、イセのイチメヒコに作り変えてもらった』
 髪は神に、長い髪は女の霊威を現わす。髪に差す櫛は、奇しで霊威を宿す。トミビコは、なにかわからない不安を感じる。願を立てるツクヨミに。髪どめを作るツクヨミに。
『あ、あの偏屈の元・天ツ神でございますか?』
『快く受けてくれたぞ』
 トミビコは、ツクヨミに初めて会ったときを思いだす。
 女神、元・天ツ神、しかも三貴神という最高位神のツクヨミを受けいれられなかった。冷たく接した。ツクヨミは怯えず、逆に、笑いながら慕ってきた。渋りながら剣術を教えた。親兄弟のいないトミビコは、いつかツクヨミといると楽しくなってた。
 恋愛感情。
 ツクヨミと神威も神位も違ったトミビコは、感じることはなかった。ただ、いつもツクヨミの傍にいるスサノヲやオオクニヌシが羨ましく感じることはあった。

 そのツクヨミの傍で戦ってる。
 トミビコは立ち上がり、直立姿勢でツクヨミに言う。
『ひ、姫。願立てに、そ、その髪どめと、ワ、ワタシの、ミ、ミ、ミヅラの、留具をこ、こ、こ、こ、交換……』舌を噛む。
『どうした、トミビコ。東の軍一の武神が願立てか』
 ツクヨミは頭を下げるトミビコの手を取る。赤い顔を隠すためにトミビコは顔を更に下げる。
『このような大戦は初めてでございます』
『ワタシも初めてだ』
 そういうことを言いたいわけでない。トミビコは意を決する。
『この大戦を終え、また、姫の傍にいられるように、イコマの山神に願立てでございます。また、姫と話したい、笑いたいです』
『そんな畏るな。まあ、よいか。大した神威はないが、役にたってくれるなら』
 髪どめを渡す。
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