12*女神の醜い言い争い

文字数 2,761文字

「気がひけるけど」
 隠世に隠れるために野井神社に行く。そして大田市駅まで徒歩で20分、出雲市駅まで山陰本線で45分、岡山駅まで山陰線、伯備線、山陽線経由の特急やくもで190分、新大阪駅まで山陽新幹線で45分、紀伊勝浦駅まで阪和線、紀勢本線経由の特急くろしおで240分、那智駅まで紀勢本線(きのくに線)で5分。合計570分。乗換を含め、約11時間。半日車中のハードスケジュール。神話モノ、神様モノなのに、行った神社は2日で2社。あとはずっと車中。
「昼ごはんは新大阪駅でー。那智駅の到着予定は17時20分。以上でーす」
 ニウヒメさんの調べた旅程に、ニギハヤヒはなにも言わない。黙って親指の爪を噛む。
「天ツ神は時空間を翔べると聞きましたが」
 ニギハヤヒに聞く。
「アタシ達は翔べないからねー」
 ニウヒメさんも空間は翔べるけど、神威が弱いために低空飛行になる。歩いたほうが早い。地上50cmの低空を翔ぶニウヒメさんを想像。
「先に行くぞォ」
「ニギハヤヒ様、こっちでーす」
 ニウヒメさんは逆方向を指す。
「うるさいィ」
 どうもニギハヤヒは昔も今もニウヒメさんに頼りっぱなしみたい。そんな私もニウヒメさんがいるから、捕らわれながらも楽しんでる。


 まずは山陰本線で出雲市駅をめざす。
「よかった、座れた」
 私は跼み、足を摩る。
「どうしたのー?」
「足が、まだちょっと……」
 あと、キューピーちゃんが、ただのキューピーちゃんになったような。唯一の連絡方法なのに。
「そうかー。出雲市駅はダッシュでいきたいんだけど、大丈夫?」
「乗換時間がないんですか?」
「20分はある。でもー、イヅモの神がいるから。近所に万九千神社がある。ちょっと離れてるけどー出雲大社がある。隣で眠ってる男神が、歩いてるイヅモの神にガンをつけたら、ねー。ダッシュでいきたい」
 ガシッと私の手を握る。私は頷く。駅中をうろつく神様に会ってみたいけど。
「あの、隣で眠ってる男神ですが、なんでニウヒメさんとペアルックなんですか?あと、なんで仮面をつけてるんですか?」
「やはり気になる?赤い神衣は、アタシがニウ族だからー。赤色は丹生の色、血の色。ニギハヤヒ様も気に入ったみたい。仮面は火傷を隠すため。アタシの仮面をあげたー。意外ときれいな顔よ。仮面、蒸れるよねー、臭いよねー。ニウ族がなくなったから、アタシは外したけどー」
「もしかしてニウヒメさん、ニギハヤヒのことを?」
「やめてよー、こんな低血圧のツンデレ」
 ……ツンデレ(笑)。
「ニギハヤヒもニウヒメさんの言いなりじゃな……」
「うるさいィ。黙れェ」
 ニギハヤヒが剣を向ける。現世だったら銃刀法違反だ。隠世でよかった。
「起きましたね。じゃー朝ごはんを食べましょー」
「なんかピクニックみたい」コンビニで買ったサンドイッチを食べる。おいしい。
「まずい」
 コンビニ袋に放る。ほんとニギハヤヒは好きじゃない。ワタシが買ったのに。
「眠る」
 永遠に眠れ。


「ニギハヤヒ様、駅に着いたらダッシュです」
 ドアに貼りつくとホームが見えてくる。まもなく出雲市駅だ。
「なんかドキドキします」
 高揚感で足も痛くない。
「姫様、人形を落とさないよーに。ニギハヤヒ様、アタシから離れないよーに」
 ニウヒメさんの指示に1人と1柱は頷く。ドアが開く。
「待ってたぞ、ツクヨミ」
 えーと。迎えてくれたのは2柱の男神。私達が見えるということは、隠世の存在。
「ワタシはタカヒメ、亦名はカヤヒメ。戦傷を負った父神オオクニヌシに代わり、大穴持御子玉江神社より、ツクヨミを助けるべく参った」
 いや、1柱は男装の女神。黒色の迷彩服に短髪。背に蛇のように曲がった剣、腰に短剣を佩びる。もう1柱は神様というより僧侶というイメージ。同じく黒色の迷彩服にスキンヘッド。太剣を佩びる。インパクトありすぎ。現世だったら職質決定だ。
「赤の女神、ツクヨミを渡せ」
 短剣を翳し、脅す。
 ニウヒメさんは固まってる。
 しばし沈黙。
 発車ベルが鳴り、ニウヒメさんが大きく息を吸う。
「断るー」
 ドアが閉まる。手を振るニウヒメさん。
「走れェ。階段が見えたら外に跳べェ」
 ニギハヤヒがニウヒメさんと私の手を握り、車内を走る。動き始める電車の車内を走る。見えた、階段。私達は電車の車体を抜け、ホームに転がる。すぐに立ち上がったニギハヤヒは剣を構える。
「ニウ、先に行けェ」
 ニウヒメさんが私の手を引く。
「ちょ、ちょっと待って」
 私は捕らわれた身。助けてもらい、スサノヲさんに会わなければならない。私の目的地は島根であり、和歌山でない。

「ワカフツ、男神は任せるッ。ワタシは赤の女神を討つッ」
 ニギハヤヒの振りおろす剣を躱し、タカヒメさんが迫ってくる。短剣がニウヒメさんを狙う。間に私がいるのに。
「ツクヨミ、邪魔だッ」
 ニウヒメさんは足の痛い私を庇うような体勢で短剣を受けとめる。
「やるな、赤の女神、いや、ニウヒメ」
 口角をあげる。
「アタシも有名になったなー。つぎは赤の名だけでなく、タカヒメを討ったという武名で有名になろー」
 目つきが変わる。ニウヒメさんも武神、女武神なんだ。
「口数が多いニウヒメという武名を授けようッ」
 先にタカヒメさんの短剣が舞う。
「悪趣味な男装癖のタカヒメを討ったニウヒメという武名を貰う」
 ニウヒメさんの細剣も舞う。
「ダサい赤衣があう田舎神のニウヒメがッ」
「親の七光でやっと一人前のタカヒメがー」
「雨女に成り下がった貧乏神のニウヒメッ」
「幼女体型のエセ不良娘のタカヒメー」
「乳がでかいからっていい気になるなッ」
 えーと。女武神の剣技というより、ただの醜い言い争い。
 ニギハヤヒが気になり、ホームを見る。ワカフツと呼ばれたスキンヘッド武神、たぶんオオクニヌシさんの子神ワカフツヌシさんの剣技は凄まじい。逃げるニギハヤヒを追い、ホームのあっちこっちを飛び跳ねる。私が見てもわかる。ワカフツヌシさんが優勢。というよりニギハヤヒが弱いと思いながら、ふとホームの時計を見る。
「ああ、やくもの発車時刻ッ」
 私の叫ぶ声で、一瞬、女武神達も、男武神達も剣を止める。
 次の瞬間。ニウヒメさんはタカヒメさんの腹を蹴りあげ、ニギハヤヒは持ってたサンドイッチの入ったコンビニ袋を投げつける。タカヒメさんは蹲り、ワカフツヌシさんは顔にサンドイッチが撒かれる。
「姫様、こっちー」
 階段下の私は思わず、走ってくるニウヒメさんの手を握る。
「ツクヨミッ、助けにきてやったんだぞ。めんどうをかけるな」
 ニウヒメさんと階段を昇る。
 目的地は和歌山になる。思わぬ帰省。いや、なにより、私は捕らわれた身でなく、追われる身になる。スサノヲさん、オオクニヌシさん、トミビコさん、クエビコさん、ワカヒコくんに会えなくなる。どんどんと予定外展開になる。
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