20*出雲国と紀伊国の熊野

文字数 4,291文字

***
 南海難波駅のホームで、オオクニヌシさんと、担がれたクエビコさんが手を振ってる。
「父神、ツクヨミを助けてまいりました。ワタシも父神の下で働かせてください」
 タカヒメさんとワカフツヌシさんがオオクニヌシさんに傅く。
 ワカヒコくんの溜息。タカヒメさんに睨まれ、私の陰に隠れる。
「タカちゃん、オオクニ様とにーちゃんズが好きなんだ。ボクは嫌いみたい。いつも怒る。ひどいよ、ひどいよね、ツーちゃん」
 いや、まちがってるよ、ワカヒコくん。


 オオクニヌシさん、トミビコさん、クエビコさん、キューピーちゃんの1期メンバーに、ワカヒコくん、タカヒメさん、ワカフツヌシさんの2期メンバーを加えた国ツ神一行は和歌山市駅に向かう。私は駅弁を食べながら、スマホを弄りながら、復習と予習。こんな勤勉になるとは。なんせ生きるか死ぬか(殺されるか)だから。必死。
「カミムスヒ様とイザナミ様はイヅモの神の祖神、守り神です。ワタクシはカミムスヒ様の神威で甦りました。神魂伊能知奴志神社に祀られてます」
 ということは私と出雲神は親戚関係?
「熊野といい、島根と和歌山は似てるよね」
 島根と和歌山は同じ地名、神社が多い。なのに島根と違い、和歌山の神様も神社も、あまり神話で書かれてない。あと、どちらもツクヨミに関わる神社や神話はない。
「神人です。全国のイヅモの神を祀る社はイヅモの神人が関わってます。特にキイのクマノは、神人の修練の地となり、多数の神人が移り、カラス衆を名のりました。故にイヅモと同じ社が多いのでしょう」
「イ、イコマの神人もクマノに移ったと、き、聞く」
 生駒山のことかな。
 熊野は神の隠る、神威の秘める処という意。熊野に関わる地名、神社が同じなんだ。
「どちらかというとイヅモとキイはまったく似てません。イヅモはカムド族とホヒ族だけですが、キイは、カラス衆、海人のスサ族、その支族のイソ族、イク族、九州北部からの山人のニウ族などが居ました。スサ族の嫡系イソ族とニウ族が大きかったと聞きます」
 確かに和歌山のオリジナルの神様、神社は多い。
「国ツ神が戦い合ってた、ということね」
「いえ、ツクヨミ様が、昔のツクヨミ様がまとめました」
「姫は、キイ国がおちつき、ワタシのヤマト国に来られました」

「神人は神威を得るために修練を積みます。また、神威を得るために仕える神を代えます。神威が得られないと修練がたりないでなく、仕える神が悪いらしいです」
「チェンジね」
 みんなが笑う。
「い、古の神、国ツ神、天ツ神、さ、更に蕃神(トナリノクニノカミ)に仕える」
「姫は、そのような神人を信じられますか」
「修練か、仕えた神が良かったのかわかりませんが、神威を得て神と成った神人、得られず、蕃神のいう秘術で不老不死のヒダル衆と化した神人もいます。餓鬼衆といわれ、中ツ国と根ノ国の境界付近の餓鬼穴に棲み、昼ノ国に現れ、人を穴に引きずり込みます」
 さっきトミビコさんが言ってた。
 熊野那智大社の周辺に餓鬼穴があるらしい。
「お、己の欲を満たすため、世界の理をかってに変える。の、脳髄が弱い」
 欲望か。人も、神も、神人も、生きてるかぎり欲望はある。
 神人は神と人の間に産まれた子(半神)が多いらしい。親神の血を継いだぶん、神に成りたいんだろう。できる親とできない子。ギリシャ神話のヘラクレス、アキレウスなど。インド神話のアスラ(阿修羅)など。神と成った神人はミサキ神(御先神/御前神)といわれる。高位の主神に仕える低位の従神。がんばって神に成っても、こんな扱い。
 ミサキ神は祟り神になる。幾度と事故事件が続く処はミサキ神が棲むという。たぶん、ミサキ神でなく、ヒダル衆だ。
「姫。そういえば姫に仕えたカラス衆と会いました。クサカの戦の後でございます。たしか名は、えーと……オオクニヌシ殿は会われてませんか?」
「いえ、会ってません」
「そうですか。姫、申しわけございません、名は覚えてません」
 私に仕えたカラス衆か。神に成るの諦めるように言いたかった。

「そういえば、世界の変化のヒントはあったの?」
「イザナミ様に聞きましたが、忙しそうで」
「黄泉は娯楽もないし、みんな眠ってるし、暇そうなのに?」
「……テレビがあります」
 えーーーーーー、あるの?
「電波は届くの?」
 ニウヒメさんを超える世俗まみれな黄泉大神イザナミ様!
「イザナミ様の神威で届きます。ドラマというのが好きで、春の新番組の確認というので忙しく、機嫌を伺いながら聞きましたが、わからない、と」
 わからないのかい!
「ただ、原因は高天原にあり、天ツ神が変化修理のため、降りるだろうと」
「た、高天原の原因の変化で、国ツ神や物ノ怪が、あ、現れた。天ツ神は夜ノ国に、隠れるように頼むのか、な、殴るのか」
 殴って隠れろと言いそう。あいかわらず天ツ神は偉そうね。
「……ねえ、世界の変化は天つ神が怠惰になっちゃったからじゃない?」
 イザナミ様の話を聞いてたら、なんとなく。
「た、確かに、か、考えられる」
 オオクニヌシさんとクエビコさんが見あわせる。
 そんな安易な展開はないでしょう。物語が終わっちゃう。
 1期メンバーの討議を聴きながら前の席を見ると、2期メンバーの説教も続いてる。
 ワカヒコくんがふてくされる。タカヒメさんが切れる。ワカフツヌシさんがオロオロとする。
 ワカヒコくんがふてくされる。タカヒメさんが切れる。ワカフツヌシさんがオロオロとする。
 ワカヒコくんがふてくされる。タカヒメさんが……以下省略。

 私はスマホで勉強。ハイジになった気分。
 まずはニューキャラのプロフィール。マガツヒさんは禍いや穢れの神。イザナギが黄泉の帰り、禊を行ったときに生まれる。オオクニヌシさんを根ノ国に導く。神宮内宮の荒祭宮の祭神と同神といわれる。また、会いそうなプロフィール。
 つぎは疑問の解決。和歌山県御坊市熊野にある熊野(イヤ)神社の社伝に、出雲国熊野より紀伊国熊野へと祭神スサノヲを分霊と伝えてる。揖夜神社と熊野(イヤ)神社。イザナミ様の墓所のある神社。スサノヲさんを崇めるスサ族の須佐神社。なるほど。イザナミ様も、スサノヲさんも島根の熊野大社、和歌山の熊野大宮大社に関わってる。熊野三山というけど、まるで別の神社だ。
 キューピーちゃんの加多神社と加太淡嶋神社。オオクニヌシさんと中ツ国を造ったのに、出雲国の神話に出ない。島根に神社もあまりない。隣の伯耆国、今の鳥取県の粟島神社のほうが有名なんだ。
 熊野三山の烏は熊野大神のミサキ神といわれる。また、烏は朝日や夕日に向かって飛ぶので日神の、鳥葬で霊魂を死後の世界に導くので死神のミサキ神。つまり烏は様々な神のミサキ神。烏は高知能、屍肉食、黒い羽毛のために善悪二面性を持つ。カラス衆の設定にぴったり。
 ミサキ神は主神の現れる前に吹く風に乗ってくる。風邪は疫病神のミサキ神。たしかスサノヲさんを調べたときに……あった。素盞嗚神社、廣峯神社の社伝で、疫病神は武塔神といわれ、スサノヲさんと同神。蘇民将来に出てくる神様。なるほど。スサノヲさんを崇める須賀神社は福岡に多い。島根、和歌山だけじゃないんだ。あれ、須佐神社も和歌山と島根は違う。神紋が違う。和歌山の須佐神社は九州南部のオオヤマツミに仕える一族といわれる。うーん、よくわからん、まあ、様々な一族が紀伊国にきたんだ。
 大國主神社はオオクニヌシさんが黄泉に堕ちたときに泊まった神社。なんでオオクニヌシさんは、島根でなく、和歌山の熊野を通じて黄泉に堕ちたんだろう。黄泉でスサノヲさんと会い、修練を積み、天ツ神なみの神威を得た。出雲国をまとめ、中ツ国を造りなさいと命じられた。スサノヲさんは出雲国の神話にあまり出ないんだよね。ヤマタノオロチ退治の神話もない。従神は出るんだけど。そう考えると、スサノヲさんとイザナミ様は和歌山の神様っぽい。そうだ。イザナギイザナミは淡路島の神話ってあったよな。
 つぎは意外と知らない和歌山の神社。和歌山にいたときは興味もなかった。えーと。有名な神社は、本家の祖神ナグサヒコが奉じた日前神宮国懸神宮。祭神は日前大神と国懸大神。出自不明の神様。和歌山市は、昔は名草郡といい、天武天皇が決めた八神郡のひとつ。郡領は神社の社領となり、神社を祀る一族のものとなる。ということは本家は名草郡、今の和歌山市を治めてたわけだ。偉かったんだ。もうちょっと早く知ってれば、自慢……もなかっただろう。本家なんて行かないし、行ってもうるさいし。行きたいけど……なんか敷居が高いし。だいたい、天武天皇って、だれ。
 うーん。神宮が大和国の東の要所、日前神宮国懸神宮が西の要所。神宮と同格といわれる。すごい。別名を日前宮。または名草宮。名草郡にあるから名草宮、名草郡を治めるからナグサヒコ。祖神と祭神は、なんか関係があるのかな。
 同じ一宮の伊太祁曽神社。イソ族が奉じる、あれ、祭神は聞いたような。社伝で、日前神宮國懸神宮の現社地は、伊太祁曽神社の元社地。奪ったのか、譲ったのか。紀伊国はツクヨミがまとめたんじゃなかったの。
 そして次の目的の神社。ニウヒメさんに仕えるニウ族の丹生都比売神社。一宮が3社もあるんだ。……あれ、和歌山市じゃない。しかも和歌山線。南海本線じゃない。

「え、行けないんですか」
 いつも笑顔のオオクニヌシさんがなんともいえない顔で驚く。
「だって行ったことないし。だいたいの神社は市内だし」
「な、なんのため、し、調べてたんだ」
 冷静なクエビコさんが怒る。
「だってちゃんと充電を始めたの、電車に乗ってからだし」
「ツーちゃん、ボク達は無駄足だったの、ねえ、そうなの」
 ワカヒコくんも怒る。
「旅費は、私が出してるし」
「ツーちゃん、ボク達、夜ノ国に隠れてるよね」
「聞かれたから答えただけだし」
「こういうの屁理屈という」
 タカヒメさんが呆れる。
「タカヒメさんはかってに付いて来ただけだし」
「助けてやったワタシに、その横柄な態度はなんだ。ワカヒコの、ワタシの望まぬ言動、行動の原因は、やはりツクヨミか。まずは原因を叩き潰す」
 短剣を構える。
「タカヒメ様、無駄な殺生は避けてください」
 無益じゃなくて無駄……。
「キューピーちゃん、助けて」
 ふよふよと浮かぶポンポンを捕まえ……逃げられた。キューピーちゃんも怒ってる。なんで。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み