38*オオクニヌシはヤンデレ?

文字数 2,897文字

「ワーイ、ワーイ、ツーちゃんんチだ、ツーちゃんんチだ」
 ワカヒコくんが騒いでる。よし、帰ったら(賞味期限間近の)肉じゃがを食べようね。
 歩きながら最終電車の確認。
「ねえ、みんな。チョコは好き?帰ったら作ってあげる」
 作ると言っても湯煎くらいだけど。
「ナニ、ナニ、ツーちゃん、チョコってナーニ?」
「た、正しくはチョコレート。カカオマスに砂糖、コ、ココアバターなどを混ぜた、食べ物だ」
「時々、クエビコさんはつまらないことを言うね。神話や神社のことは楽しいのに」
「ど、どういうことだ。し、心外だ」
「ワタクシはツクヨミ様に作っていただけるものは、例え……」
「例え?なに、オオクニヌシさん、言いたいことがあるなら、はっきりと言って」
「そ、そういうことでなく、その……」
「まずくても、ワタクシは慣れてますと言いたかった?」
「は、はい」
「えー、テキトーに言ったのにホントなの。ツクヨミの作る料理はまずかったの」
「ウン、まずかった。チョー、チョーまずかった。ね、オオクニ様」
「オ、オレ、カカシで、よかった。た、食べられなくて、よ、よかった」
「ふーん」
 やった。ツクヨミに勝てる。肉じゃがなら勝てる。父さん、ありがとう。
「スサノヲさんは知ってる、チョコ?」
「あ、あ、あ、あ……」
 前を歩くスサノヲさんに訊く。スサノヲさんは赤くなった顔を伏せる。
 今日は2月14日水曜。バレンタインデーだ。9日金曜にオオクニヌシさんと会い、11日日曜に島根に行き、和歌山、大阪、そして奈良。やっと東京(の隣の埼玉)に帰る。眠い。
「そうか、徹夜で戦ったんだ」
 香久山駅から畝傍駅まで桜井線で5分、歩いて大和八木駅から京都駅まで近鉄橿原線、近鉄京都線経由の近鉄特急で50分、東京駅まで東海道新幹線で130分、南与野駅まで京浜東北線、埼京線で50分。合計235分。乗換を含め、約5時間。南与野駅着は夜の0時42分。
「みんな、帰ろう。肉じゃがを食べて、フロに入って、寝て、起きて、チョコを買って、作って、トミビコさんの神棚を作って。あとは……」
 頭上でフヨフヨと浮かぶキューピーちゃんをポンポンとする。ワカヒコくんを抱きしめる。クエビコさんを振り回す。

 オオクニヌシさんは、ツクヨミに会いたかった。謝りたかった。会うために、謝るために熊野の神隠しを行った。やはりツクヨミに醒めてほしいんだ。
 前をスサノヲさんと歩くオオクニヌシさんを見たら、思った。


 香久山駅のホームで電車を待つ。
「ナグサヒコは居なかったということ?」
「タカクラジの弟神は行方不明。ニウヒメをうらぎった一族は滅亡。檜隈の姫に任せたときは、名草宮にナグサヒコは居ませんでした。ワタクシはツクヨミ様の痕跡を隠すのに忙しかったので、弟神を探せませんでした。ただ、伝承は伝わってしまいました」
「名草の姫はナグサヒコの妻で、神と人を繋いだという伝承?」
「そうです。ただ、伝承のため、名草宮だけを守ればよかった」
「でも、ニウヒメの身代わりに討たれた、刻まれた子はいたんだよね」
「冷たいかもしれませんが……」
「わかってる。戦だから」
「ツクヨミはオオクニヌシさんが隠したんだ。そうか。周囲はクメ水軍だらけだ」
「はい。痕跡も残さず、クエビコの記憶も残さず」
「ひ、ひどい」
 私とクエビコさんがハモる。
 オオクニヌシさんはツクヨミを守りたかった。ツクヨミの眠る神社を隠したかった。熊野はカラス衆、名草もクメ水軍が居た。やがて江戸時代になり、本家の社家は檜隈の姫からクメ水軍の後裔へと代わった。
 70年前、世界の変化が起きた。ツクヨミが現世に人として現れた。記憶、神威を失ってた。カラス衆に拾われ、縁のある本家に渡された。慌てたオオクニヌシさんも現世に現れ、ツクヨミを分家に移した。クメ水軍の後裔は人であったけど、天ツ神に知られたら殺される。そして本家の血縁も絶やそうと入婿を迎えた。神威がなければ、いずれツクヨミは死ぬ。オオクニヌシさんはイザナミ様のいう熊野の神隠しを行う。本家も分家も、熊野の神隠しがなにか知らなかった。
「はい。時々、神託を告げ、脅しました」
 私に黙ってたのは、世界の変化は大きくなり、天ツ神が降りてくると考えたから。事実、ニギハヤヒに捕らわれた。
「オオクニヌシさんはツクヨミと会いたかったんだね」
「昔はそうでしたが、今は違います。今のツクヨミ様と会い、ワタクシは変わりました」
「前のツクヨミでなく?」
「今のツクヨミ様です。昔のツクヨミ様もワタクシを変えました。だから守り、会い、謝りたかった。しかし今は違います。今のツクヨミ様のままでいてほしい。今のツクヨミ様を守りたい。今のツクヨミ様の傍に、永遠に居たい……」

『ツクヨミ様の弱いながらも神威に惹き寄せられたのでしょう』
『わかってます。これまでは陰で守ってましたが、これからは傍で守ります。御安心を』

『ツクヨミ様と会ってしまったので、もう、イヅモに戻らないということです』

「えーと。永遠のナンチャラというのはイヅモで、はやってるの?」
「せ、世の変化でなく、オオクニの、へ、変化だな」
「トミビコとばかり話してたので、話す機会がありませんでした。しかしやはり言ったほうが良いと思い、言いました。では」
「え、なに、この展開」
 オオクニヌシさんは、ちょっと離れたスサノヲさんの処に行く。なんか小声で話してる。スサノヲさんが驚いてる。いきなり神様ラブコメ?改名、妻帯ヤンデレ男。ああ、タカヒメに、ナムヂさんに訊いてない。妻帯者、独身者、どっち?
 あ、電話。実家だ。
「も、もしもし、私。……あ、うん、ごめんなさい。……うん、する。ちゃんとする。ごめんなさい。……うん、今、外。……うん、わかった。気をつける。……うん、はい、おやすみ」
「ど、どうした?」
「怒られた。忘れてた」
 ……ま、いっかー。トミビコさん、がんばるよ。ブレスレットを握る。母さん、がんばるよ。
「クエビコさん、オオクニヌシさん、あんなキャラだっけ?」
「と、時々、ああなる。ツクヨミが東京に行くときに、は、反対と叫んだのはオオクニヌシだ」
「え、親戚にいたの、オオクニヌシさん」
「い、行くと決まったら、じぶんも行くと言った。オ、オレも行くと言ったら、じぶんだけでいいと、い、言った。……あれ、オ、オレは訊かれてないことを応えて、しまった」
「え、どういうこと?」
「いや、オ、オオクニに訊かれたこと以外は応えるなと。ああ、ま、まずい。また言ってしまった。な、内緒だぞ、オレも東京に行きたいって、言ったんだ。べ、勉強になるからな。東京に行くことになり、や、約束で、訊かれたこと以外は応えないと……、あ、あ、な、内緒だ。あと、オオクニに、い、いつもどおり接してくれ。ヘンな処で勘が良いから」
「う、う、うん」
「よ、4代目に、な、なりたくないからな、しかたがない」
「やめてー、オオクニヌシさんを思いだす」
 私とクエビコさんが笑う。
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