07*黄泉比良坂でこんにちは

文字数 3,110文字

 浦和駅から東京駅まで京浜東北線で40分、岡山駅まで東海道新幹線で200分、安来駅まで山陽本線、伯備線、山陰本線経由の特急やくもで140分、揖屋駅まで山陰本線10分。合計390分。乗換を含め、約7時間。さらに徒歩20分。目的地は黄泉大神イザナミ様を祀る揖夜神社でなく、揖屋駅の反対側にある伊賦夜坂。別名は黄泉比良坂。地下の黄泉に通じる坂があるらしい。観光目的でないため、神社は行かない。
 揖屋駅に着いたときはすっかりと黄昏時となってた。黄昏時は、昼ノ時と夜ノ時の境界で、夜ノ国の穢れや禍いを被ったり、夜ノ国に隠れてる神様が見えたりする大禍時という。トミビコさんに担がれたクエビコさんが楽しそうに教えてくれた。

「姫、同じく坂も境界でございます」
「そ、そう。崖だ。神の居る海や山の地と、人の居る、ひ、平の地の境界にある崖だ」
「根ノ国に通じるクマノはキイもあるのですが、トミビコが厭がるので」
「申しわけございません」
「あと、イヅモはワタクシの領地なので」
「こ、このへんは、元はホヒ族の、り、領地だがな」
「ホヒ族?」
「国ツ神は領地や国を奪い、守り、戦い合ってました。イヅモもカムド族とホヒ族がいました。天ツ軍進軍を前に、イヅモを守るために共に戦いましたが、まあ、うまくいきませんでした」
「ホヒ族に、う、うらぎられた。コ、コトシロも、元はホヒ族」
「クエビコ殿、なにを仰いますか。コトシロヌシ殿がうらぎったと言われますか」
「ト、トミビコも、責めた」
「違います。ワタシは、なんで智略を尽くさず、すぐに降伏を申しでたと責めただけでございます。コトシロヌシ殿は忠義を立てる国ツ御神。うらぎるなんて……」
「さ、更に、コトシロは天ツ神となり、高天原にいる。せ、戦況がわからないまま、戦は終わった。なにがいけなかったのか。オ、オレは軍師として西の負戦の原因を知りたい」
 いつも戯けてるクエビコさんが悔しそうに独り言つ。
「しかたがないです」
「しかたがないというのですか、オオクニヌシ殿。イヅモをまとめきれなかった原因で……」
「ト、トミビコも、東の負戦の原因を、し、知ったほうがいい」
「ワ、ワタシは……」
「古の戦の話はやめましょう。まずは現状を考えましょう」
 ちょっと気まずい雰囲気。
「ね、ねえ。オオクニヌシさんは、ずっと和歌山にいたんでしょう。出雲大社は祭神不在なんじゃない?」
「フツが留守神を務めてます」
 お。ニューキャラか。
「杵築は幽宮です。ワタクシを祀る社じゃありません。今のイヅモは、ワタクシの治める国であり、国でないんです」
「どういうこと?」
「ツクヨミ様と会ってしまったので、もう、イヅモに戻らないということです」
 複雑な理由がありそう。聞いてもわからないので、きっと。パスいち。
「あと、ツクヨミ様。スサノヲ様に会う前に言っておくことがあります」
「なに?」
「詳しくわかりませんが、高天原で、ツクヨミ様は男神となってます」
「ちょっ、ちょっと」
「イザナギ様に夜ノ国を治めるように言われ、すぐに中ツ国に降りたので、天ツ神は女神と気づいてません」
「ふ、ふつう気づく。ど、どうみても、女神と」
「ちょっと待って。聞きたくなかったけど、そんな展開なら、聞くけど。とても大きな疑問がある。私が、もしもツクヨミならば天ツ神だよね。なんで天ツ神と戦うわけ?死んじゃうんでしょ。それにツクヨミは神話で男神だよ。設定に多少の矛盾はしょうがないけど、基本設定はちゃんとしなきゃ」
「せ、設定はちゃんとしてる。ツクヨミは、イザナギに夜ノ国を治めるように、め、命じられてる。だから天ツ神に奪われるならば、守るのは、あ、あたりまえ」
 治めるように命じられ、奪われる。確かに。
 なるほど、ツクヨミは夜ノ国を守りたかったんだろう。オオクニヌシさん、トミビコさんが、中ツ国を守りたかったように。
「じゃ、男神なのは?」
 私は、実は男神という設定?男の娘?あ、いや、あれ?
「姫、人代に、神話に男神として語り継がれてるだけでございます」
「ト、トミビコも、男神と信じてた」
「こんなナヨナヨとした男神は見たことないって言ってました」
「オオクニヌシ殿はイザナミ殿に聞かれてたのでしょう」
「ス、スサノヲも、トミビコも脳髄が弱い」
「声を聞いて、ワタシはすぐにわかりました。姫は女神とわかりました」
 クエビコさんの「も」が気に障ったらしい。
「ツ、ツクヨミのことになると、スサノヲの脳髄は物事を、か、考えなくなる」
 頷くオオクニヌシさんとトミビコさん。
「ツ、ツクヨミ、神話を、よく読んだほうがいい。ツクヨミは男神と、か、書いてない」
「え?」そうなの?トミビコさんと見あわす(笑)。
「し、神話は、書いた人の書きたいこと、書かなければならないことを書いてるだけ。あとは書きたくないか、か、書かなくてよいか。神話で書いてないことは重要で、ない。ただ、た、高天原で男神と扱われてるのは別だが」

「ということで説明が終わるまで、男神のフリを願いたいのです」
「それでこれね」
 ジーンズに大きめのカットソー、ロングジャケットに、髪を結わえ、キャップ。
「姫、可憐でございます」

 駅前から住宅が続き、10分も歩くと森や畑へと風景が変わる。私道のような狭い細い道の先に黄泉に通じる黄泉比良坂がある。暗くなり、神様と肝試しと思ったら楽しくなる。
「姫、足元に気をつけてください」
 トミビコさんが手を差しだす。その手を取ろうと……。
「ダメッッ!!」
 いきなりの叫び声に驚く。来た道を振り返る。
「その手を離せッ!」
 白衣、いや、白色の上衣を被ったメジェドのような、オバQのような物が立ってる。身なりに合わない大きな剣を構えてる。そして叫びながら走ってくる。
「勝負だッッ!!」なんのッッ!?
 トミビコさんが私の前に立ち、担いでるクエビコさんを構える。
「な、なにする、トミビコ」
「危ない、トミビコさん!」
 トミビコさんは軽やかに、オバQを避ける。オバQは大剣を振りおろす勢い、前によろける。トミビコさんがオバQの背をクエビコさんで軽く叩くと、そのまま、転んでしまう。
「だ、大丈夫?」
「姫、ワタシは大丈夫でございます」
「あ、いや、その、オバQが……」
 斬りかかられたトミビコさんより、斬りかかり、無様に転んだオバQに言ってしまった。傷ついたトミビコさんは、動かず、いや、動けず茫然。
「ま、まままま、トミビコ。そ、そういう、役目だから」
 オオクニヌシさんがオバQの上衣を剥がすと、高校生くらいの少年。クロップドパンツにプルパーカー。顔は幼く、中学生かもしれない。
「わあッッ!!」泣きながら私の胸に飛びこみ、顔を擦りつける。
「いいかげんにしなさい、ワカヒコ」オオクニヌシさんが叱る。
「だって、だって仲間はずれなんて、ヒドイよ。ヒドイよね、ツーちゃん。ミンナを怒ってやってよ。ほら、ツーちゃんもヒドイって怒ってるじゃないか」なんなんだ。
「タカヒメと一緒に待ってなさいと言いましたよね」
「だってタカちゃん、ボクをこきつかうんだよ。ボクもがんばったんだよ。なのに『もういい、ワカフツに頼むから』って、ヒドイでしょう。ヒドイよね、ツーちゃん」
 ワカヒコくんは顔を上げ、ウルウルとした目で訴えかける。
「ワカヒコ。ツクヨミ様が困ってます。いまだ記憶が戻らないのです。困らせてよいのですか」
 オオクニヌシさんの一言に、ワカヒコくんはとまどい、離れる。
「オオクニ様、ごめんなさい」
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