40*最初の神と神の最期

文字数 2,726文字

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 大和盆地は、昔は盆地湖。今は葦原が広がる。初瀬川が大和盆地に流れる飛鳥川、葛城川、竜田川、富雄川などと合わさって大和川となる。生駒山地と金剛山地の間を通り、河内平野を流れる。河内平野も、昔は河内湖、更に昔は河内湾であった。
 大和盆地の中央にある飛鳥の真神ノ原。
 身丈以上の葦原を分け進む2つの影が会う。たがいに頭を下げる。
『前も会いましたよね。あ、ワタクシはナモチと言います』
『ワタシはクリヒコと言います』
『クリヒコ様はどちらへ行かれるのですか』
 ナモチは周囲の葦を折り、話し合える空間を作る。クリヒコが折られた葦を踏みつける。
『ヨシノを抜け、クマノの山を登ります』
『もしかして修練ですか。ワタクシもクマノです。山は登らず、アリマですが』
 ナモチは頭を掻く。
『登らないというのは?』
『この地面の下に根ノ国があり、アリマに入口があります。スサノヲ様がいられます』
『スサノヲ様というと熊野大神様ですよね。なぜ、熊野大神様が地面の下に居られるのですか。なぜ、ナモチ様は熊野大神に修練を習うのですか』
『あ、あの、ああ、いや……色々とありまして。クリヒコ様はだれに習うのですか?』
『……ワタシは、カラス衆の頭(カシラ)に習います』
『すごいじゃないですか。直々に頭に習うなんて』
 クリヒコは頭を下げる。
『かなり貢いでます。ワタシは族長の長子でありながら、神威を得られてない。病に臥せる父のため、一族のため、早く神威を得なければならないので頼みました』
『クリヒコ様……』
『ワタシも、地面の下に行けませんか。熊野大神様に修練を習えませんか』
『……たぶん難しいと思います』
『なぜ、なぜですか。がんばりますから』
『……ワ、ワタクシがクリヒコ様に教えるというのはどうでしょうか。ワタクシがスサノヲ様に習い、テグリ様に教えます』
『申しわけないです。厳しい修練の後に、ワタシに教えるなど。それに父に知られたら、ワタシは怒られます。一族が許しません』
『どうしてですか?』
『アヤ族をまとめる王の子が、神に成ってない人に習うのは王族の誇りが許しません』
『王族の誇り?』
『恥ずかしいですが、中ツ国に逃げてきたアヤ族は、王族であることを誇りに、がんばってきてます。特に長老達が許しません』
『ワタクシの兄神達もワタクシが国主と決まったら、イヅモは任せられないと言ってきました。確かにワタクシは神威も弱く、領地も小さく、兄弟の中で末座です』
『ナモチ様もたいへんですね』
『しかし国主を務めなければなりません。たがいにしがらみの中で生きてますね』
 ナモチとクリヒコは拳を合わせ、笑い合う。風が葦原を揺らす。
『クリヒコ様は修練を学びたい。神威を得たい。父上に喜ばれたい。一族をまとめたい。ならばやはりワタクシが教えます』
『なぜ、ワタシに教えてくれのですか。ワタシとナモチ様は幾度か会っただけ。そして今日、話しただけです』
『充分です。友達になりましょう。友達ならば教えることも、習うことも問題はないでしょう。クリヒコ様は頭に学び、ワタクシはスサノヲ様に学び、色々と話しながら共に修練を積む。自主修練となります。そのほうが早く神威も得られます』
 クリヒコは俯く。そして仰ぎ、ナモチを強い目で見る。
『どうすれば友達になれるのですか』
『なりたかったら、なれます。たがいに友達になりたいと思えば、なれます』


『最近のオオクニは楽しそうですね』
『そう見えますか?』
『はい。バレバレです。早く修練を終えて帰りたそうです』
『そのようなことはありません。ワタクシはタカクラジと修練を積むのが楽しいですよ』
『ということはワタシと修練を積むより楽しいことなんですね。きっと』
『実は想ってる女神がいまして……』
『……そ、そうなんですか』
『どうしのですか?』
『いえ、なんでもないです』
『タカクラジだから言ったのです。言わないでください』
『言いません。だいたいワタシはオオクニ以外に友達はいませんから』
『アヤ族に同じ年齢の男もいるでしょう』
『オオクニは嫌がるでしょうが、アヤ族は上下関係の厳しい一族です。一族にとって王族は従わなければならない。逆に王族にとって一族は守らなければならない。……父上が亡くなり、早くワタシが長にならなければ……』
『ヤマトのアヤ族となりましたね』
『はい、アヤ族はバラバラになりました』


『大丈夫か、オオクニ。傷だらけだぞ』
『大丈夫です。スサノヲ様の修練が厳しくて……』
『急に、だよね』
『戦が起きるかもしれません』
『戦?』
『はい、天ツ神が降りてきます。天ツ神と国ツ神の大戦になります。早く神威を得なければなりません。……タカクラジ、暫く会えないと思います』
『ワタシのことは構わないでくれ。あんなオオクニに修練を学んでるのに、全く神威を得られないワタシは、オオクニの修練の足を引っぱってるようで、申しわけない』
『なに言ってるのですか、友達でしょう。これまで共に教え、学び、励ましてきました。これからも、友達です。ほんの暫くです』
『……わかった……』


 使い烏を飛ばし、根ノ国から中ツ国へと還った日。共に修練を積んだ地にタカクラジは来なかった。オオクニヌシは会えなかった。
 まもなく天ツ軍が降りてくる。明日、イヅモに戻らなければならない。西の軍をコトシロに継がなければならない。アスカに行く時間はない。オオクニヌシは、再び使い烏を飛ばす。

『タクララジ。ワタクシは国ツ軍の、東の軍の軍将となり、タツタに居ます。もし、この報せが届き、まだ、アスカに居るならば会いたいです』


 オオクニヌシがタカクラジと会ったのは、大戦が終わり、国ツ軍が負け、オオクニヌシがトミビコを眠らせるために来た、三輪の国ツ軍の本陣。天ツ軍が勝鬨を上げた処。オオクニヌシは血を流し、倒れてたタカクラジに近づく。

『……もっと、は、早く、……会いたかった……』

 タカクラジがオオクニヌシと会ったのは、強い力と強い心を得るため、イヅメの鬼術で鬼神として甦った、鳥見山の等彌神社。イヅメが国ツ神の祟りを封じる呪術が行われた処。タカクラジは、オオクニヌシとわからない。ただ、惹き寄せられるように近づく。

『……もっと早く、会えばよかった』

 オオクニヌシとタカクラジがやっと会えたのは、香具山の天香山神社。オオクニヌシがタカクラジを祀った処。

『タカクラジ、やっと会えましたね』

『オオクニ、やっと会えたね』

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「武神彼氏 もうにどと神様と恋に堕ちない」につづく。
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