13*神様、助けて。

文字数 2,296文字

「起きてー姫様」
 ニウヒメさんの声に起こされる。紀伊勝浦駅に着く。
 えーと。色々とスマホで調べてたら、バッテリーがなくなり……。眠っちゃったんだ。
「熊野か。小さい頃に父さんに連れられて来た。なんで来たんだっけ……」
 和歌山に住んでても熊野に行く機会はない。観光目的以外で行く必要もない処だ。
 熊野は、木、岩、石、滝などを神体とする自然、精霊崇拝の祭祀の地。海岸、河川の周辺に矢倉神社と呼ばれる無社殿神社がある。原・熊野信仰の祭祀場だ。矢倉は城壁や城門の上部に設けた物見、防戦のための高楼。櫓。いくつかの矢倉神社の神体に高い岩壁や断崖があり、高木、岩石と同じく高い岩壁に神が降りると考え、後に高い岩壁を矢倉と呼んだ。磐座は岩倉だ。

 神話で、天ツ軍は大阪の草香村でトミビコさんと戦い、退き、和歌山の名草村で名草の姫を討ち、熊野村で丹敷の姫を討った後に、荒ぶる山神(または大熊)と戦う。天ツ軍は苦戦を強いられたが、タカクラジの持ってきた神剣で荒ぶる山神を討つ。
 タカクラジは熊野国(のちの紀伊国熊野)にいたのか。あれ、なんでニギハヤヒの従神が神剣を持ってるんだ。天ツ軍進軍に合わせ、河内国から紀伊国へと移ったという。ということはニギハヤヒは、すでにトミビコさんをうらぎってた。
 当然神話に、ツクヨミは出ない。もしかしたら荒ぶる山神がツクヨミなのかな。悪意のある設定だ。

 天ツ軍の再上陸の比定地(熊野村)はいくつかある。和歌山から三重へと続く熊野灘のどこからしい。三重県熊野市二木島町の二木島湾と、和歌山県新宮市の三輪崎と、これから行く和歌山県東牟婁郡の那智湾が有名な比定地。熊野三山は和歌山にあるけど、熊野市は三重県となる。
 二木島は古代遺跡が多い。二木島湾は、昔は二木島浦と呼ばれ、丹敷浦が訛ったという。熊野古道の伊勢路にある逢神坂峠は、伊勢と熊野の神が逢ったり、最後のニホンオオカミが出たり。昔は猪犬(イヌイ)と呼ばれた紀州犬はニホンオオカミの血を継いでるらしい。

 三輪崎は、昔は神の崎と呼ばれたという。ニギハヤヒという説もある熊野速玉大神と、熊野夫須美大神を祀る熊野速玉大社。摂社の神倉神社は、本来は元宮で、熊野速玉大社が新宮と呼ばれる理由。琴引岩が神体で、神話で天ツ軍が登った天磐盾といわれる。やはり神話で高天原から降ろされた神剣を天ツ軍に渡したタカクラジを祀る。ただし熊野速玉大社の元宮ならば祭神は同じ熊野速玉大神と熊野夫須美大神となる。
 近所に流れる熊野川の周辺にある数社の高倉神社も無社殿神社で、祭神は高い岩壁に降りた神という。ということで神倉神社も、元は琴引岩を神体とした磐座信仰の無社殿神社で、祭神は高倉や神倉の守り神でなく、やはり降りた神と考えられる。
 近所に国が比定地と認めた顕彰碑もある。第二次世界大戦(正しくは日中戦争)の戦争中に、建国2600年記念の国家事業として約20所の天ツ軍の伝承地に、約10億円(当時約25万円)を費って顕彰碑を建てた。戦争に勝つために神威に肖ろうとしたとか。

 紀伊半島は、まつらわぬ鬼の伝承も多い。鬼ヶ城の多娥丸、四鬼の窟の四鬼、鈴鹿山の鈴鹿姫、大嶽丸。原因不明の事件事故が鬼の仕業となり、伝承となった。昔は怨霊などの霊威のある、なにかわからない存在を、物と呼んだ。見えない物、現世に隠(オ)ヌ物。正しく隠世に隠れた国ツ神。やがて中国の死霊の意の鬼の字が当てられ、隠ヌ物は鬼と呼ばれた。
 まつらう、まつらわぬは、祭事や政事に加わる、加わらないという意。紀伊半島の中央の大和国にできた王権。周辺に棲んだ、まつろわぬ鬼。京都も東京も宮処の周辺に鬼が
 まだ、鬼と呼ばれなかった、物と呼ばれた昔の、最もまつらわぬ物はオオモノヌシ。

 10時間もあれば、色々と調べられた。
 しかし。
「再上陸地が、なんでこんな大阪と離れた処なのかな?」
 ニウヒメさんに聞く。
「アタシに聞かれてもー」
 そうだよね。
 天ツ軍は大阪上陸の敗因を鑑み、方違え、東方(熊野)からの再上陸といわれる。
 とにかく、ここで天ツ軍と私と戦った。故郷で私は殺された、いや、殺されそうだった。
「ニウヒメさんも天ツ軍に殺されそうだったんですよね」
「違うわー。アタシは天ツ軍に仕え、キイ国を治めたナグサヒコという神よー」
 ナグサヒコ?
 知ってる。父さんに聞いた。本家の祖神だ。

『キイ国。姫様とアタシの故郷よ』

 ニウヒメさんは私がナグサヒコの後裔と知ってる、ということ?
 色々と昔の和歌山、紀伊国のことを聞きたかったけど、聞けなくなった。
「おい、電車が来たぞォ。行くぞォ」
 足が止まる。
「どうしたのー、姫様?」
 汗が滲む。
「そ、それで、那智でなにかするんですか?」
 声が震える。
「キサマの記憶をォ戻すためにィ、連れてきたァ」
 体が固まる。
「姫様も、記憶を戻したいでしょー」
 唾を飲む。
「そしてオレサマはァ神璽をもらう」
 うまく唾を飲めない。喉がひっつく。

『忘れたなら、生きてる価値もないわけで、ほかに利用価値がなければ、殺されるわけ』

「剣璽を以ち国ツ大神と成る。神剣は行方不明だけどー、神璽は姫様が持ってるはず。持ってなければー、そこにあるはず。そーゆーわけ」
 私を捕らえた目的は和歌山に連れていくため。記憶を戻すため。ニギハヤヒが国ツ大神になるために私が必要らしい。
 でも、記憶を戻さないと、どうなるの?
 いや、ニウヒメさんは私のこと、ど、どのくらい知ってるの?
 ああ、神様、助けて。
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