23*名草の姫の欲望

文字数 2,492文字

 紀三井寺駅の駅名となる紀三井寺までは徒歩10分くらい。
 湧水の三井水が寺号の由来。救世観音宗というよくわからない宗教の総本山。本尊は金ピカの十一面観音菩薩。名草山の山腹に建ち、日前神宮国縣神宮と関係があるらしい。興味がないのでパス。紀三井寺からは和歌浦が見える。以前、父さんと来たような。
 和歌山にいたときは神社や寺院、当然神話に興味はなかった。父さんに連れられて来たけど、社殿も見ないし、社伝も読まないし、目的はどこでなにを食べるかだ。
「こんな処にあるのか」
 目的地の内原神社に行く。徒歩30分くらい。
 名草山を、紀三井寺、名草の姫を祀る名草神社、中言神社、内原神社が囲み、その外を日前神宮国懸神宮、伊太祁曽神社、水門吹上神社、矢宮神社などが囲む。つまり名草山が名草村、名草郡の中心。名草の姫を祀る神社はナグサヒコも祀ってる。外の神社は名草の姫に関わる神様を祀ってる。日前神宮国縣神宮の境内も中言神社がある。
「ここも顕彰碑がある」
 神話で、名草の姫は天ツ軍に討たれた。死後、一族に頭と体と足を刻まれ、祀られたという。
 地元は、名草の姫は討たれなかったという。一族がまだいるなら、もっといえばいいのに。
 私は、ナグサヒコの妻という知識以上は、なんとなく見たく、聞きたく、知りたくなかった。祖神ナグサヒコと後裔の私は関係はないけど、神話(神代)は現実(現代)に続いてる。私は関わってしまってる。
 内原神社の社伝で、名草の姫はナグサヒコの妻で、中言大明神といい、神と人を繋いだと伝える。天ツ軍は討った名草の姫の領地を、なんで夫に治めるように命じたのか。なんで名草の姫の一族は、頭、体、足を刻み、祀ったのか。甦らないように祟り神を祀り上げるのと同じだよね。
「ツ、ツクヨミは知ってたのだろう。ナグサヒコが名草の姫を討ち、り、領地を奪った。姻戚関係は、ナグサヒコと、な、名草の姫をうらぎった一族の言いわけ。ト、トミビコと同じ。ツクヨミは知ってた、脳髄が拒んでた」
 そう、私は聞いてた、見てた、知ってた。ナグサヒコは天ツ軍進軍に合わせ、本拠を名草に移し、名草の姫を討った。
「く、国懸大神の懸は遠く隔てる、もっと言えば、ち、地を覆う木々、木にかける首。木ノ国の木に、く、首をかける。そして心にかけるという意だ。ナグサヒコは怖ろしかった。な、名草の姫の祟りが。小心者だ。わ、笑える」
 小心者。なんとなく祖父や親戚のみんなを思いだす。
 確かに御霊信仰は実名、本名を憚る。国懸大神は忌名か。
「神話で、一文だけの名草の姫の征討に、顕彰碑を建てたのは祟りが恐ろしかったのかな」
「ち、違う。顕彰碑を建てたのは現代。し、神話を用い、外国侵攻の正当と、国威発揚の、きょ、教育を国民に行った。天武天皇は中華思想の影響を受けてた。の、後の時の権力者も同じ思想に、基づく。尊王攘夷、お、王を尊び、夷を攘う(はらう)」

『ニウヒメさんも天ツ軍に殺されそうだったんですよね』
『違うわー。アタシは天ツ軍に仕え、キイ国を治めたナグサヒコという神よー』

「たしかニウヒメさんもナグサヒコに……」
 スマホで調べる。あった。田殿丹生神社。ニウヒメさんと……。丹生都比売神社にニウヒメさんと祀られてた祭神は、ナグサヒコ。さらに丹生都比売神社を調べる。ニウヒメさんは、紀ノ川を遡り、元摂社の丹生酒殿神社の地を、そして後に当社を本拠地とする。紀ノ川の一帯が領地。名草の姫の領地と同じ。今の伊太祁曽神社は丹生神社があった処。
 ニウ族はナグサヒコの一族となり、後に滅びる。ナグサヒコはニウヒメさんを祀り、後に祀られる神と成る。蕃神(トナリノクニノカミ)に社領を譲る。ニギハヤヒに一族を滅ぼされたトミビコさんと同じ。

 トミビコさんがスマホを覗きこむ。
「でも、名草の姫は、ニウヒメさんは生きてる」
 領地は蕃神に奪われたけど。
「姫、ニギハヤヒが助けなければ、ニウヒメ殿はナグサヒコに殺されました。ワタシも、姫も殺されました。助けられると考えながら戦う武神はいません」
「そ、それにニウヒメの身代わりで、討たれた、き、刻まれた女子がいた」
 ニウヒメさんを知ってる知らないで感傷に耽るのはよくない。
 タカヒメがニウヒメさんを斬ろうとしたとき、知らなかったら止めてなかった。
「……ナグサヒコはニギハヤヒに仕えてた。なんでニギハヤヒはニウヒメさんを助けたの?」
 危ない性格だけど、ニギハヤヒはニウヒメさんを助けた。
「わ、わからない。ただ、ニギハヤヒは、よ、欲望、目的のため、動く」
 欲望、目的は国ツ大神。ニウヒメさんも必要なのか。
「姫。日前大神はニギハヤヒでしょうか。キイは日神信仰がございます。天ツ日神以前の、日神」
 確かに。畿内に天ツ日神以前の日神を祀る神社がある。調べると、鏡作坐天照御魂神社、他田坐天照御魂神社、木嶋坐天照御魂神社などが有名。祭神はニギハヤヒといわれる。
「ああ、神社ヲタクになってくる」
「ヒ、ヒノクマ……。聞いたことが、あ、ある」
「クエビコさん、いつ、どこで聞いたの?」
「わ、わからない。オレは千年以上も生きてる」
「神宮と同格なのに出自不明の祭神か」

『欲望を満たすまで死なないというより、死ねないと聞きます』
『お、己の欲を満たすため、世界の理をかってに変える。の、脳髄が弱い』

 そういえば。
 ヒダルに冒され、ニウヒメさんも変わってしまった。ニウヒメさんの欲望はなんだろうか。
 神も人も欲望はあるけど、自我が抑えてる。抑えられなかったほどの欲望はなんだろうか。

『キイ国。姫様とアタシの故郷よ』

 故郷をナグサヒコに奪われた。だから奪い返したい。私を倒しても領地を奪い返せるわけじゃない。私が謝っても領地を返せるわけじゃない。それに私だけがナグサヒコの後裔じゃない。
「私はどう答えればいいと思う、トミビコさん」
「ワタシはどう答えればよろしいでございますか、姫」
「ま、いっか。無い袖は振れないよね」
 まだ、振袖を着たことないけど。
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