35*甦った鬼神の産声

文字数 2,956文字

***
 等彌神社に着く。参道を歩く。意外とステキな神社ね。あ、意外は失礼か。
「じゃ、本来の祭神にみんなで参拝」
「サンパーイ、サンパーイ」
 ワカヒコくんは楽しそう。スサノヲさんはムスッとしてる。そうか。みんなは祀られる方だからわからないんだ。賽銭は神社本庁の決めたことだし、旅費も足りないことだし、身内だし。トミビコさん、ごめんね。
「私のやるとおり、真似して」
 拝殿に一揖二礼二拍……。
「ツ、ツクヨミ。う、しろ」
「ごめん、クエビコさん。うしろを向いてた?あと、一礼一揖だけだから、ちょっと待って」
「ほ、本来の祭神が、いる」
「え?」
 振り向くと、トミビコさんが立ってる。腹を黒い塊に埋められ、黒い影を纏ったトミビコさんが……。なんで。
「ヒ、ヒダルに冒され、いや、ヒ、ヒダル衆と化してる」
 目は腐り落ち、口は裂け、立ってるというより、立たされてる。
「……グ、ググ、……ワワ、ワゥゥ、ギ、……ギガ、ガィィ」
 トミビコさんが近づいてくる。
「どうすればいいの?」
 戦えない。逃げる。トミビコさんは近づいてくる。
「ツーちゃん、トミさん、どうなっちゃたの?」
 黒い影はない。結界も張られてない。そうか顕彰碑がある。目的は私達を倒すことでなく、イヅメの嫌がらせ。ただ、ただ、私達に近づいてくる。ワカヒコくんが怯える。スサノヲさんが剣を構えるが、どうしようもない。
「ト、トミビコの霊魂は祀った。だれかが、な、なにかが、体を操ってる」
 オオクニヌシさんがゆっくりとトミビコさんに近づく。
「タカクラジ、ワタクシも会いたかった」
 タカクラジ。ニギハヤヒに霊威を与えた神人、カラス衆、ヒダル衆。ニギハヤヒの従神。タカミムスヒに命じられて天ツ軍に神剣を渡したタカクラジ。

***
 鳥見山を仰ぐオオクニヌシ。頂に煙が見える。天ツ神が大和国の国魂の神を鎮めてる。
 トミビコを社に眠らせ、タカクラジを葬ったオオクニヌシは、檜隈の姫と会う。オトナびいた巫衣と化粧に、オオクニヌシは驚く。
『なぜ、アヤ族は天ツ軍を助けなければならない。なぜ、タカクラジは死ななければならない』
 オオクニヌシの激昂に檜隈の姫は動じない。檜隈の姫は口角を上げ、人差指をオオクニヌシの目先に上げる。
『アヤ族の国を造るため、助けた。そして天ツ軍は勝った。タカクラジが望んだため、カラス衆になった。だけどタカクラジは神威を得られず、死んだ。なにか問題があるのかい。オオクニヌシも神威を得るため、別天ツ神の特別な修練を積んだ。中ツ国を造るため、別天ツ神の特別な援助を受けた。アヤ族は蕃国の王族かもしれないけど、タカクラジはオオクニヌシの友達かもしれないけど、特別でない。だから多少の裏技を使っても、ねえ』
『……』
 オオクニヌシの前を歩きながら話す。時々、オオクニヌシの顔を伺う。
『あら、黙っちゃった。特別扱のオオクニヌシに、もうひとつ、言っとくね。カラス衆はアタシの支配下だったけど、もう関係はないよ。兄神は力も心も弱いが、弟神は力も心も、そして欲も強くてね。アタシをうらぎって天ツ軍に転職だ。だからもうアタシの責任はないから』
『ミワにいた神は?』
『さあ、逃げたらしいよ』
『いいのですか。崇めてた神ですよね』
『高天原で王座に座れなかった大神はいっぱいいるから。仮面を付けるくらいだから、ヤバイ神なんだろうね』
『ニギハヤヒでない?』
『さあ?それよりワタシに傅くならアスカ国の一部をあげるよ。考えといて。じゃ、アタシは帰るわ。待ってる男(ヒト)がいるから』
 背を向け、右手を挙げながら去る。オオクニヌシは檜隈の姫を見おくる。
 檜隈の姫が見えなくなると、オオクニヌシは体を崩し、地面に手をつく。叫ぶ。地面に涙が落ちる。泣き叫ぶ。なにもできない、じぶんが情けない。なにもしない、じぶんが許せない。真神ノ原にオオクニヌシの叫び声が響く。老狼の最期の鳴き声のように。
 オオクニヌシは戦うことなく、義親子義兄弟を亡くし、友達を亡くし、国を失う。

***
 刺田比古神社の境内にある神馬社。イヅメは奉じられた木彫の神馬像の頭を撫でる。隣でイワドノヲが見てる。どう見ても木彫の神馬像で、説明も有徳公(徳川吉宗)御愛馬と書かれてる。紀州和歌山城主・徳川吉宗の愛馬で、当社に奉じた。愛馬が死んだ後に、神馬像を作り、神馬社を建てたと書かれてる。
『この馬の名はタカタカというのでしょうか』
『イワイワって、ばかなの?』
 イワドノヲは、いまだイヅメの性格がわからなかった。
『馬にタカタカの霊魂を憑らせて、話してるの。だって、ほら、イヅメって恥ずかしだから。……ほら、チャチャいれられたから、なに話してたか忘れたじゃない』
 イワドノヲは、ほんとイヅメの性格がわからなかった。
『あー。そうだ。タカタカ、クマノで負けちゃったんだから、ラストチャンスね。ちゃんとニギニギに霊威を与えてあげてよ。なんのため死んだかわかってる?私の贄になって、強い力と、強い心が欲しかったんでしょう」
 木彫の神馬像の耳に囁くイヅメ。
『もうすぐイコマにツクヨミが来るの。イコマはタカタカが修練でがんばった処でしょう。強いところ見せてよね。ニギニギを助けてあげてよね』
 神馬社の前に置かれた祭壇に向かう。イヅメが首飾りを外し、振りながら祓詞を紡ぐ。
『我が贄となり去りし饑よ。鬼神となり甦り我に従え』
 祭壇の四方に唾を吐く。唾は黒い煙となり、神馬像に憑く。
 イワドノヲが周囲を見わたす。叫び声が聞こえたような。その声は恐ろしく、忌まわしく、悲しく。甦った鬼神の産声か。

***
 オオクニヌシさんがトミビコさんの手を優しく握る。そして目を見る。
「タカクラジはアヤ族を、弟神を憂いてたんですよね」
 トミビコさんは動かない。
「……もっと早く、会えばよかった。謝りたかった。色々なことを話したかった。しかしイヅメの贄となったら、甦っても話せないのです。鬼神になっても強い力、強い心は得られないのです。……ごめんなさい、タカクラジ。ごめんなさい」
「……オオクニヌシさん?」
「ヒダル衆でなく、イヅメの贄となり、鬼神となり、トミビコを憑代に甦ったタカクラジです」
「……酷い」
「そうか。イワドノヲも鬼神となったのか」スサノヲさんが独り言ちる。
 トミビコさんはオオクニヌシさんを見つめる。
「ツクヨミ様、スクナヒコに祓ってもらえませんか」
「キューピーちゃん、おねがい」
 首にかけてる品物比礼を握る。頭上のふよふよと浮かぶキューピーちゃんを見あげる。
 品物比礼が、キューピーちゃんに絡まり、高く舞い上がる。品物比礼と、黄色に染まったキューピーちゃんが私の周囲に、輪を作り、ふよふよと漂う。
「……トミビコさん、タカクラジ、さん。ゆっくりと眠って」
「トミさん、さよなら」
 トミビコさんを指すと、品物比礼がトミビコさんの周囲に、輪を作る。
 少しずつ輪は小さくなり、トミビコさんを包みこむ。もっと小さくなり、品物比礼が地面に落ちる。トミビコさんの体とタカクラジさんの心は消える。
 オオクニヌシさんは地面に落ちた品物比礼を見つめる。
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