33*祀り上げられるトミビコ
文字数 2,983文字
「ここ?」
「古の戦で、トミビコの神名は継がれなくなりました」
オオクニヌシさんが見あげる。
「どういうこと?」
私とワカヒコくんは見あわせる。
「ト、トミ族は、ほ、滅んだ」
クエビコさんは悔しそう。
「長は本名でなく族名を名のります。トミ族のトミビコ。トミビコは最後のトミ族の、長です」
『ねえ、トミビコさんを祀る神社はあるの?』
『ありません。いや、ありましたが、トミ族はニギハヤヒに仕え、ニギハヤヒを祀ってます。トミ族はワタシだけでございます。だからワタシを祀る社はありません』
「ツクヨミ様。酔ったときにトミビコが言ってました。じぶんはダメな長と。戦場で上は下の命を預かります。預かった命を守るため、厳しい言い方になります。一瞬で命を失うわけですから、下は上に命じられたら迷わないで従わなければなりません。ただ、トミビコも、……タカヒメも戦場以外の言い方がへたなんです。ツクヨミ様、昔のツクヨミ様が叱ってました」
そうか、ワカヒコくんもわかってた。ワカヒコくんも言葉がたりなかった。
「タカヒメも、ワタクシの居ないイヅモをまとめようとがんばってます。親バカですね」
昔のツクヨミは、きっとワカヒコくんを庇うだけじゃなく、タカヒメを責めるだけじゃなく、きっとみんなをまとめてたんだろうな。
すごいプレッシャーじゃない。神威は無いから(私もみんなも)諦めらめられるけど、パーソナリティの問題となると。
*
昔のツクヨミと今の私は違う。もし、私がオオクニヌシさんのように解離性同一性障害なら、主人格(基本人格)は昔のツクヨミで、今の私は別人格(交代人格)。だいたい人格解離で人が神威を得られるなら、みんなが神様になってしまう。厨二ごっこになってしまう。
私が主役と思ったけど、なんか私は居なくていいのでは。私は居ないほうがいいのでは。主人格のツクヨミのほうがいいのでは。早くツクヨミに醒めてほしいのでは。
今の私が無くなりそうで。……考えたら、いじけてしまう。
イメージ。
[昔のツクヨミ様のほうが良かったですね]
ああ、なんで、オオクニヌシさんのイメージになるんだ。
*
「イヅモはカムド族とホヒ族がいました。スサノヲ様に命じられ、ワタクシがイヅモをまとめたとき、血縁、地縁のしがらみをやめ、契による同族意識に変えました。国ツ神をまとめ、中ツ国を造るとき、嫌がると思い、トミビコと契は交わしてません」
「こ、こそっと裏で、う、動いてたがな」
オオクニヌシさんが睨む。クエビコさんが戯ける。
「なので教えてませんが、実はこそっと神名も贈ってました」
「ツーちゃん、カッコいい」
私はトミビコさんに代わり、オオクニヌシさんと契を交わす。私が構えるトミビコさんの剣とオオクニヌシさんの剣を交える。剣道の交剣知愛のようだ。そして剣を握る拳を合わせる。出雲神は契(チギリ)、誓(ウケイ)を立てるとき、剣や拳を合わせる。
「オオクニヌシとトミビコは義兄弟の契を交わし、義兄弟の絆で結ばれる。トミビコの神名を改め、オオモノヌシの神名を贈る」
オオクニヌシさんがトミビコさん贈った神名はオオモノヌシ。三輪の山神。森羅万象、全ての物の主。最高の贈名だ。トミビコさんは喜んでくれるだろうか。
トミビコさんの霊魂は、改めてオオモノヌシとしてイヅモの神々に祀られる。
「トミビコさんの剣はどうするの?」
「ツ、ツクヨミが、佩びるべきだ」
クエビコさんが言う。
「そうですね。剣術の師の剣ですから」
オオクニヌシさんが言う。
「あ、あと、オレの社も作ってもらった。久延彦神社という、ス、ステキな社だ」
「ズルイ。クーさん、ズルイ」
大神神社の摂社。タカヒメの神社に居候中のワカヒコくんがむくれる。
「トミビコは早く醒めました。夜ノ国といえど国ツ神は時間は越えられません。人でいう初老になりました。戦場で戦い、勝ち続けたトミビコにとり、黄泉比良坂でニギハヤヒに負けたのは辛かったと思います。たぶんトミビコはツクヨミ様と話したかった、ニギハヤヒを諭したかった。そのために生き続けたと思います。トミビコは意固地なところがありますから。……ワタクシの思いこみですかね」
*
「ツクヨミ様に見せたい社があります」
オオクニヌシさんに言われ、大神神社を後にする。クエビコさんも知らない神社という。
奈良は京都と違い、なぜか歴史の威圧を感じさせない。なんでだろうか。神社と寺院の違いか。神様と仏様の違いか。なんだろうか。ゆたっり、のんびりと奈良の街を楽しみながら歩く。
ふと振り返るとスサノヲさんが遅れてる。わざと距離をおいてる。新大阪駅からここまで、ずっと黙ってる。オオワタツミのことを聞いたときも、ノリがイマイチ。私を避けてるみたい。ちょっとうまくいってたのに。トミビコさんが死んだとき、責めてしまったからかな。スサノヲさんも辛かったんだろう。じぶんの感情をぶつけてしまい、反省。
「オオクニ、クエビコ」
スサノヲさんが呼ぶ。オオクニヌシさんと、私に担がれたクエビコさんが見あわす。
「なんでしょうか」
クエビコさんをオオクニヌシさんに渡し、3柱は電柱に隠れ、私をチラチラと見ながら、私に聞こえないように小声で話す。私とワカヒコくんが見あわす。
「なんか柔らかくなってるんだ」
私は肉まんか。聞こえてるんですが。
「スサノヲ様、なにを言ってるのか、まったくわかりません」
「兄神だ。あと、なんかいい匂いがするんだ」
私は肉まんか。ん、肉まんである必要なないか。
「さ、さすが鼻から生まれた、ス、スサノヲ」
「あとあと、なんかドキドキするんだ」
私は……あ、そうか、そうだ。チャンス。オオクニヌシさん、チャンス。
「……スサノヲ様。ようやく話せます。ツクヨミ様は女神ですよ」
「ええええええええええ」
叫び、固まり、チラリと私を見る。私は手を振る。
「いつから、どこから」
私は性転換したのかい。
「ずっと前から、高天原から、ツクヨミ様は女神です」
「ええええええええええええええええええええ」
風が吹く。街中の人々が周囲を見まわす。
「く、国ツ神は知ってる。知らないのは、た、高天原に居る天ツ神と……」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
突風が吹く。人々が怯える。
「スサノヲ様、おちついてください。昼ノ国の人々が怯えてます」
「スサノヲ様。トミさんがツーちゃんを姫って呼んでたのに、わからなかったのかな?ヘンだよ、ぜったい、ヘン」
ワカヒコくんの言うとおり。私も思った。
「……なんて呼べばいいんだ。女の兄神か」
「ふ、ふつうは……あ、姉神だ」
「えええええええええええ」
叫ぶところか?
「そ、そうか。問題は呼称でなく、な、なぜ、ツクヨミが男神にまちがえられたか、なぜ、スサノヲは女神と、お、思わされたかだ」
クエビコさん言うとおり。私も思った。いまごろ言われても困るけど。
私を見ながら固まったままのスサノヲさん。
「スサノヲさん、姉神のツクヨミです。よろしくね」
スサノヲさんの目が泳いでる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、姉神」
「はい」ハートマーク。
「古の戦で、トミビコの神名は継がれなくなりました」
オオクニヌシさんが見あげる。
「どういうこと?」
私とワカヒコくんは見あわせる。
「ト、トミ族は、ほ、滅んだ」
クエビコさんは悔しそう。
「長は本名でなく族名を名のります。トミ族のトミビコ。トミビコは最後のトミ族の、長です」
『ねえ、トミビコさんを祀る神社はあるの?』
『ありません。いや、ありましたが、トミ族はニギハヤヒに仕え、ニギハヤヒを祀ってます。トミ族はワタシだけでございます。だからワタシを祀る社はありません』
「ツクヨミ様。酔ったときにトミビコが言ってました。じぶんはダメな長と。戦場で上は下の命を預かります。預かった命を守るため、厳しい言い方になります。一瞬で命を失うわけですから、下は上に命じられたら迷わないで従わなければなりません。ただ、トミビコも、……タカヒメも戦場以外の言い方がへたなんです。ツクヨミ様、昔のツクヨミ様が叱ってました」
そうか、ワカヒコくんもわかってた。ワカヒコくんも言葉がたりなかった。
「タカヒメも、ワタクシの居ないイヅモをまとめようとがんばってます。親バカですね」
昔のツクヨミは、きっとワカヒコくんを庇うだけじゃなく、タカヒメを責めるだけじゃなく、きっとみんなをまとめてたんだろうな。
すごいプレッシャーじゃない。神威は無いから(私もみんなも)諦めらめられるけど、パーソナリティの問題となると。
*
昔のツクヨミと今の私は違う。もし、私がオオクニヌシさんのように解離性同一性障害なら、主人格(基本人格)は昔のツクヨミで、今の私は別人格(交代人格)。だいたい人格解離で人が神威を得られるなら、みんなが神様になってしまう。厨二ごっこになってしまう。
私が主役と思ったけど、なんか私は居なくていいのでは。私は居ないほうがいいのでは。主人格のツクヨミのほうがいいのでは。早くツクヨミに醒めてほしいのでは。
今の私が無くなりそうで。……考えたら、いじけてしまう。
イメージ。
[昔のツクヨミ様のほうが良かったですね]
ああ、なんで、オオクニヌシさんのイメージになるんだ。
*
「イヅモはカムド族とホヒ族がいました。スサノヲ様に命じられ、ワタクシがイヅモをまとめたとき、血縁、地縁のしがらみをやめ、契による同族意識に変えました。国ツ神をまとめ、中ツ国を造るとき、嫌がると思い、トミビコと契は交わしてません」
「こ、こそっと裏で、う、動いてたがな」
オオクニヌシさんが睨む。クエビコさんが戯ける。
「なので教えてませんが、実はこそっと神名も贈ってました」
「ツーちゃん、カッコいい」
私はトミビコさんに代わり、オオクニヌシさんと契を交わす。私が構えるトミビコさんの剣とオオクニヌシさんの剣を交える。剣道の交剣知愛のようだ。そして剣を握る拳を合わせる。出雲神は契(チギリ)、誓(ウケイ)を立てるとき、剣や拳を合わせる。
「オオクニヌシとトミビコは義兄弟の契を交わし、義兄弟の絆で結ばれる。トミビコの神名を改め、オオモノヌシの神名を贈る」
オオクニヌシさんがトミビコさん贈った神名はオオモノヌシ。三輪の山神。森羅万象、全ての物の主。最高の贈名だ。トミビコさんは喜んでくれるだろうか。
トミビコさんの霊魂は、改めてオオモノヌシとしてイヅモの神々に祀られる。
「トミビコさんの剣はどうするの?」
「ツ、ツクヨミが、佩びるべきだ」
クエビコさんが言う。
「そうですね。剣術の師の剣ですから」
オオクニヌシさんが言う。
「あ、あと、オレの社も作ってもらった。久延彦神社という、ス、ステキな社だ」
「ズルイ。クーさん、ズルイ」
大神神社の摂社。タカヒメの神社に居候中のワカヒコくんがむくれる。
「トミビコは早く醒めました。夜ノ国といえど国ツ神は時間は越えられません。人でいう初老になりました。戦場で戦い、勝ち続けたトミビコにとり、黄泉比良坂でニギハヤヒに負けたのは辛かったと思います。たぶんトミビコはツクヨミ様と話したかった、ニギハヤヒを諭したかった。そのために生き続けたと思います。トミビコは意固地なところがありますから。……ワタクシの思いこみですかね」
*
「ツクヨミ様に見せたい社があります」
オオクニヌシさんに言われ、大神神社を後にする。クエビコさんも知らない神社という。
奈良は京都と違い、なぜか歴史の威圧を感じさせない。なんでだろうか。神社と寺院の違いか。神様と仏様の違いか。なんだろうか。ゆたっり、のんびりと奈良の街を楽しみながら歩く。
ふと振り返るとスサノヲさんが遅れてる。わざと距離をおいてる。新大阪駅からここまで、ずっと黙ってる。オオワタツミのことを聞いたときも、ノリがイマイチ。私を避けてるみたい。ちょっとうまくいってたのに。トミビコさんが死んだとき、責めてしまったからかな。スサノヲさんも辛かったんだろう。じぶんの感情をぶつけてしまい、反省。
「オオクニ、クエビコ」
スサノヲさんが呼ぶ。オオクニヌシさんと、私に担がれたクエビコさんが見あわす。
「なんでしょうか」
クエビコさんをオオクニヌシさんに渡し、3柱は電柱に隠れ、私をチラチラと見ながら、私に聞こえないように小声で話す。私とワカヒコくんが見あわす。
「なんか柔らかくなってるんだ」
私は肉まんか。聞こえてるんですが。
「スサノヲ様、なにを言ってるのか、まったくわかりません」
「兄神だ。あと、なんかいい匂いがするんだ」
私は肉まんか。ん、肉まんである必要なないか。
「さ、さすが鼻から生まれた、ス、スサノヲ」
「あとあと、なんかドキドキするんだ」
私は……あ、そうか、そうだ。チャンス。オオクニヌシさん、チャンス。
「……スサノヲ様。ようやく話せます。ツクヨミ様は女神ですよ」
「ええええええええええ」
叫び、固まり、チラリと私を見る。私は手を振る。
「いつから、どこから」
私は性転換したのかい。
「ずっと前から、高天原から、ツクヨミ様は女神です」
「ええええええええええええええええええええ」
風が吹く。街中の人々が周囲を見まわす。
「く、国ツ神は知ってる。知らないのは、た、高天原に居る天ツ神と……」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
突風が吹く。人々が怯える。
「スサノヲ様、おちついてください。昼ノ国の人々が怯えてます」
「スサノヲ様。トミさんがツーちゃんを姫って呼んでたのに、わからなかったのかな?ヘンだよ、ぜったい、ヘン」
ワカヒコくんの言うとおり。私も思った。
「……なんて呼べばいいんだ。女の兄神か」
「ふ、ふつうは……あ、姉神だ」
「えええええええええええ」
叫ぶところか?
「そ、そうか。問題は呼称でなく、な、なぜ、ツクヨミが男神にまちがえられたか、なぜ、スサノヲは女神と、お、思わされたかだ」
クエビコさん言うとおり。私も思った。いまごろ言われても困るけど。
私を見ながら固まったままのスサノヲさん。
「スサノヲさん、姉神のツクヨミです。よろしくね」
スサノヲさんの目が泳いでる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、姉神」
「はい」ハートマーク。