第35話 ウメコとワイナのコンポジション・1 ジャンクハーバー

文字数 3,451文字


 1)ジャンクハーバー

 半年ごとの定期輸送船が着港したのが、ちょうど1カ月前。つい一週間前に荷揚げが完了したと聞いて、ウメコはジャンクハーバーへと足をのばした。そろそろ、配給外物品の掘り出し物が出回り始める頃だ。輸送船の荷揚げ後には、スカラボウル中で用のないモノ、役立たずなモノや珍奇なモノは、必ずここに流れ着いてくる。

 ノルマの終わり、ちょうど近くまできていた。

 寄り道などして、またウィキッド・ビューグルに小言を食らう心配もあったけれど、捕虫ノルマで網の中に虫を抱えてるでなし、帰りにちょっと、コーヒーでも飲むくらいは大目にみてくれるはず。ついでに、配給外品でなにか目新しいものがあれば、ボーナスも出たばかりだ、買うこともできるし、なにより他に目的があった。

 いつもの電池探しだ。

 ウメコが失って久しい、幻の音楽を再生させるために。それは、子供の頃買ってもらった小型の音源再生機用の、小さなカセットディスクに入っていた。それを聴くには、その再生機に適合する電池が欠かせないのだ。いまではもう、幼いころの記憶の片隅の中でしか聴くことのできないおぼろげなメロディだった。

 子供の頃には、まだスカラボウルに流れ着いたまま売れ残っていたその電池は、いまや地球でもほぼつくられていないモノらしい。だからその電池が切れてからもう何年も、ウメコはその音楽を聴いていなかった。
  
 ウメコはそのために、輸送船の荷揚げが終わるころ、その電池が流れてくるのを期待し、わざわざ足を運んで探しに、きまってここをほっつき歩くのだった。
 
 そういうわけで、音楽を献上するという名目なら、この寄り道はきっとウィキッドビューグルのお目に(かな)うはずと、ウメコは肩で虫を切って歩いた。


 ジャンクハーバーは、合法自由労民たちが作り上げた区画街である。

 その名の通り、輸送船からの物資で、配給市場で卸されなかったクズのような物品の漂着先だったことから、そう呼ばれ始め、やがて開拓労民用の配給余剰品や連合企業からの放出品が、ここで合法的、ときに非合法的に流されていた。

 元々は、開拓初期に使われていた前線基地の中の一つだった場所で、開拓の前進に伴なう前線の移動後、引き払われた基地の設備を頼りに、のちに自由労を名乗る、行き場のない脱落労民らが集まり、闇市場を形成し始めた。しばらくは黙認された形だったけれど、やがて認可され、暮らしと活動の場所を兼ねた、自由労たちの居住区角となっていく。   

 街は自由労らしく、無計画に、そうして乱雑に広がっていった。
 
 そして配給物資の闇取引の場から、個人での自由取引が許されると、闇物資や配給余剰品だけに留まらず、ときには開拓労民の配給品よりも、贅沢な輸入物資まで卸されるようになった。

 しかしなによりジャンクハーバーといえば、「電気仕掛け(デバイス)」の取り扱いに特化していることだろう。

 技術労くずれの脱落労民が、ここでバグモーティヴエンジン周辺の電動機器を作りはじめたのをきっかけに、電気仕掛けの部品を扱う自由労が自然と集まってきた。

 一部の連合企業によって独占されているバグモーティヴエンジンとは違い、ある程度、自由に取り扱いを許されていた「電気仕掛け」は、自由労たちが独自に開発し、発展させ、市場に流すことができたのだ。

 配給ではまかなわれない、安価で粗末だけれど、自由労たちの手による独自の「電気仕掛け」の数々は、連合労民にも重宝され、スカラボウルのジャンクハーバーのほとんどで、なしくずし的に合法化されていった。
  
 しかし店の裏や奥へまわれば、非捕虫圏居住民には得られない情報収集のための、非合法な仕掛け(デバイス)を、網の目を抜け、巧みに偽装するなどして、それをクズ(ジャンク)という名目で並べていたり、検閲のかかる輸入差し止め品の機械装置を、分解して部品ごとに仕入れていたり、まったくの別用途に組み替えたりして、しれっと売り捌いていたりした。

 そういったところから、ここがアンチネッツの過激主義である反捕虫、脱バグモーティヴ化運動の地下活動組織の巣窟と見られることがあるけれど、真相は虫霧の中。 

 ここ8区に限らず、各セグメントのセンターから15kmあたり、インナー地区の外縁付近にあたる第一次開拓前線基地の跡には、ジャンクハーバーと呼ばれる界隈がたいていあった。


 この辺りでは、そろそろ虫が青みを帯び、羽音が低く(うな)り始めていた。だいぶおとなしい虫たちだ。クラック値は、7(ヴァリュー)。前線からしたら、ぬるま湯に浸かっている気分だった。


 踏みならされてできただけの、屋根も壁もない駐機場で、各種シード級バグモタや、バグモタ車が散らばる間を縫って、ウメコは乗ってきたスクーターを止めた。荷台の中の、アンテナ保全で積んできた資材で余ったモノは念のためバッグに詰め込んでおいた。

 街中に踏み出す間際、中央整地路をゆるやかに進む治安労のバグモタ車と、 クラックウォーカー草冠(クサカンムリ)製の蜂型ベリー級の新型機<スーヒロー>が通り過ぎるのを見送った。

 トラビを通して映るこの区画の外観は、バイザー内で色彩がチカチカするほどの看板(ヘッダー)が上下左右と雑然と重なり、向こうまで連なっていた。 

 ウメコは一度、虫霧濃度(チュームノード)の薄い日に見た、ただ雑多なユニットハウスを寄せ集め、積み上げ、密集させただけの、みすぼらしい、この街の裸の姿が強く印象に残っていた。

 うっかりトラビに制限をかけるのを忘れ、しつこく迫ってくる自由労の宣伝や、お下劣なポップアップ勧誘に辟易(ヘキエキ)して、連合労民規制をレベルⅭくらいまでにして、さらにガールズフッド規制もかけた。

 駐機場からすぐの通りに、自由労ラジオ波の送信と受信機販売の、チャッターボックスの本社ビルがある。このビルの1階フロアに目当てのコーヒーショップがあった。

 いったん足を止め、ふと見上げると、いつもならスクランブルがかかるはずのトラビに、あのビトー・ゴマドフが現れ、例のごとくベラベラとしゃべり始めた。合法自由労への勧誘だ。以前なら規制をレベルⅮまで下げないと、スクランブルがはずされなかった、このビルの勧誘広告が、いまやレベルⅭでも映るようになっている!

『捕虫圏、みんなで越えれば怖くない!』

 ビトーは合成景色だけに留まらず、ビルの広告スペースを離れ、ウメコのバイザー内トランスヴィジョンに、じわりと侵入してくる。

『ついにオイラも拡散しちゃうよ!おまえらが自由労になったらよ、オイラが現われちゃうよ。いまならチャッターボックスがついてくる!』 

 それはトラビに慣れた目には、解像度の粗いお粗末(チープ)なモノだったけれど。やはり自由労のヴィジュアルストラクチャーには制限かけられているのか、はたまた、この程度の未熟な技術なのかは、わからない。

『自由労はみんなの味方!開拓労民も応援するよ!それが自由だっての!チャッターボックスは、一緒に見る夢をクリエイトします!』

 なんだかんだで、自由労の情報媒体が嫌いではないウメコでさえ、ここ最近、自由労区画に近づくたびに現れる、合成ビトーのポップアップ宣伝は、ややムシが好かなかった。

『マスコットと呼ぶんじゃない!マスゴッドと呼びなさい!なんてな』

 まっとうな開拓労民なら、耳を貸す人間はまずいないはずだ。チャッターボックスで好き放題しゃべっているぶんには、連合労民にも許容されるものを、自由見解とやらもいいけれど、最近は、ビトーの発言の真意さえもわからなくなってきた。冗談とはいえ、これでは、ウィキッドビューグルへのあからさまな対抗である。
 
『これからはチャッターヴィジョンで、なお安心!自由のフィールドが広がっていくのを目撃しろ!鋭意開発中!』

 結局、自由労のヴィジュアルストラクチャーにしたって、トランスネットなしに成り立たないのに、ウメコが義務労の頃から、いまだに開発中と言い続けている。連合労民を勧誘しているようで、実はあれは不安におちいっている自由労のための、安心を与えるスピーチじゃないかとさえ思う。

 近頃は、捕虫労の独裁説をやたら繰り返しているのも、ウメコの気に食わない。自由労はかつて、特にチャッターボックス社などは、あの大破裂事件直後のレモネッツ!!!をかなり賛美してたのに、いつからか方針が変わったらしい。

 そんなことはともかく、見上げたウメコの舌の上で、ここの一階で飲むコーヒーの苦みが、じんわり滲んだ。
 
 ここへ寄る前に、いつも覗く店をざっと見て来ようと、いまは通り過ぎる。

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