第28話 <レモンドロップスiii>の面々・2

文字数 2,869文字

 
 パセリナ・ガンモドッキはホワイトボードのすぐ手前に置かれたテイルヘッドに姿勢よく腰かけ、手を膝の上に置いて、イーマの書き込む独自予想図を見つめたまま、ウメコの方にはピクリともしなかった。

 ウメコとは、しばらくろくに口をきいていない。ウメコが謹慎期間中に会得した古式捕虫術「二天麩羅(ニテンプラ)流」の話を耳にしてからだ。パセリナは古式捕虫術「雁擬(ガンモド)キ流」の家元である。

 そんなパセリナをみて、当初はみんな、きっと商売がたきになるのをスネているだけだと思って、この仲違いは、じきに修復されると楽観視してたけれど、あまりに長引くパセリナの抗戦に、なにか別に、ウメコが知らずに無礼を働いたのではないかと推測された。 

 パセリナも元レモネッツだった。子供だった当時、「花形」バグラーだったカノエにあこがれ、レモネッツに志願して入った。カノエと同じ生粋の8区育ちのパセリナは、8区の学労(・・)虫捕り大会で好成績をあげ、義務労期間の配置、転属を自由に選択できる権利を得て、カノエにならい8区を出ず、迷わず8班を選んだのだ。
 
 だけど、レモネッツ解体以来の、カノエのどこか気の抜けた佇まいにふれるたび、あの、自分の憧れだったカノエはどこへ行ったのかと、せつなくなった。

 そうして、ウメコに対してわだかまりを抱えた自分を省みては、つくづく嫌になる。変わったのはカノエじゃなくて、私の方、自分自身がいじけているから、憧れの存在が曇って見えるだけなんだと。

 もの思いは尽きず、考えれば考えるほど、パセリナの中で思考も精神もねじくれていった。まるで自分の左右で結わえた髪のように。

 そんなとききまって、流派の3代目家元としての強い自覚と責任感を思い起こし、自らを鼓舞し、身を引き締める。こんなことでは古式捕虫術の精神など、体現できない。心は、常に透明であらねばならない。

 するとどうしても、目の前にウメコが浮かんできた。

 二天麩羅(プラ)流は雁擬(ガンモド)キ流にとって、因縁の宿敵なのだった。

――いずれ決着をつけなくては――

 結局、自分に降りかかるすべての災厄は、自分にあり。それも、この裏鬼門8区に留まったことに尽きる。この区は不適合(ノンコ)者たちの吹き溜まりなのだから!

 連合の採用した陰陽道からいえば、当然の凶事が降りかかったのだ。だからといって、嘆くわけにはいかない。これは自分で選んだ道であり、8区生まれが背負った宿命であって、逃げずに立ち向かうことに、自らの本懐があると信じていた。自分が逃げては、誰が8区を、良適合(グッドコンフォーム)セグメントに変えるのか?

 そうして、そのためにまずは8班をどうにか立て直さなきゃならないという日々の奮闘も虚しく、昨日のウメコがしでかしたらしい騒動が、さらに8班を不適合(ノンコンフォーム)要注意班として、当局からますます睨まれると思うと、パセリナの気持ちをさらにネガティブにさせた。
 
 だけど、ひそかに心の中では「おはようございます」と皆に煙たがられている礼式会話(フォーマル)並に丁寧すぎる挨拶をした。そうしないと、自分まで、この班に染みついた不適合(ノンコ)気質にムシばまれてしまいそうだったから。

 やっと権利労となって、騒動後すぐ謹慎となり、減給のほかは処分もなく、階級はそのまま。ハミングバード丙種である。

 パセリナは、長く伸ばした髪を左右でそれぞれ束ねた<ツインワーム>と呼ばれる、ミミズのようにして下げた、その片方を手でなでた。そうして、この班はバグラーというよりは、むしろバグモタ乗りの集団だ、と半ばあきらめ気味に息を吐き、その最たる(やから)のひとりのウメコに、チラと目線をやって、すぐ向き直ると、後ろのワイナが自分に向けて言い放ったからかいを、思わずムキになって訂正した。「家元でございます!」


「なんやピンピンしとるやん!全身打撲で 包帯グルグル巻きちゃうねや!おもろないわ!」3区(なま)りで、ガセネタだと知っていながら、いかにも残念そうな素振りで嘆くフリをしてみせたのは、やはり<レモネッツ!!!>時代からいる、ワイナ・アオリィカだ。

「映像は流されてへんかったけど、ホンマはヤバいことしてはったんちゃいますの?」

 義務労2年のとき、3区から、わざわざ志願して裏鬼門の8区へとやってきた、変わり者だった。当局へ志願理由を述べるときこう言った。「ウチ生まれてこのかた、虫に破裂されたことがないんです、ほんまです、それ虫運悪いですやん、ほんなら裏鬼門8区へ配置されたら、逆に虫運よくなるんとちゃうかって、いや、隣の鬼門2区はあきまへん!そら、学区はおんなじやけど、おもて(・・・)鬼門区は堪忍して下さい!ウチそこまで不適合(ノンコ)やおまへん!」けれど、本当の理由は8区に自由労放送の<チャッターボックス>本社があるからだった。

 実は昨夜の自由労放送の「チャットナイトinスカラボウル」に、憂神紅(ユーシンク)蒼来人(ソーライト)のチャッターネームで、ウメコの包帯芋虫(ほうたいいもむし)云々のネタを書いて送ったのはワイナだ。

「外労連もドン引きしたって、なにやらかしたんですか?」

 労務後にクラブをうろついていたとき、自由労報言(ニュース)の取材を受け、ウメコも絡んだらしい外労連(げろうれん)の捕縛騒動をいち早くを聞きつけ、一応、班長へのちょっとした聞き取りで、ウメコが無事らしいのは確認すると、あとは独自のセンスを加えてでっちあげた。

 採用されることは、何度かあったが、いつでも読まれたときは興奮したし最高の気分だった。しかもウケればなおさら、昨夜も大ウケだった。朝、班ガレージに来ると、すでにこの話題は始まっていて、自分への取材映像にもまんまとツッコミを入れられ、我が意を得たりと、ほくそ笑み、「Y子ちゃうで!」と 大げさなジェスチャーで否定した。

 しかし内心では、さすがに「Y子」の仮名で受けた自由労報言の取材はマズかったと、ヒヤヒヤもしていた。班長にはバレてないらしいけれど、それでもなんらかのお(とが)めくらいは覚悟している。――どうってことない――笑いのためならば、自分から、あえてバレバレの仮名で「Y子」と名乗ったくらいだ。

 笑いのためとなると、弱気な自分も強くなれるから。

 昨夜の投稿でも、なんの躊躇(ためらい)もなく、同僚のウメコをネタにデタラメを書き送った。勧笑懲悪(かんしょうちょうあく)。ワイナにとっては笑いこそ正義であり、笑いこそが真実なのだった。

 話を粉飾して盛り上げるのが得意なワイナは、いずれ自由労配信の口述パフォーマーか、口述作家、になることを夢み、そのための修行に、チャッターボックスのラジオ波への投稿や、ウィキッドビューグルを笑わせることへのチャレンジを、日々自分に課していた。

 笑いには、ノルマ以上に貪欲だった。そのせいか、レモネッツ騒動の処分も謹慎のほかは配給減のみで、降格もなかったにもかかわらず、いまだベルリンガー級である。
  
 久しぶりの痛快な話題に、もっとイジりたいワイナだったが、癇性(かんしょう)なウメコを怒らせては()だから、もの足りなさの矛先を、前に置かれたテイルヘッドに端然と座り、仲間のやんや(・・・)に参加して来ないパセリナに向けた。「なあ網元、あんたもウメコさんくらい派手にやらんと、流派広められへんで」
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