第14話 逆虫運のツケ

文字数 2,369文字


 いいことばかりは続かない。ウメコはタメ息をついた。やはり捕虫圏居住民(アンダーネッツ)には、とりわけバグモタ乗りには、滅多にない晴れ間なんか命取りの不吉な前兆でしかないんだ。いくら逆虫運を得たって、当の虫運を失っちゃ生きていけない。そうして無闇に蝶ちょなんか追っかけて、虫はきの魔女(ウィキッド・ブルーム)の領域に長居しすぎたから、虫まきの魔女(ウィキッド・ビューグル)のご機嫌を損ねたんだ。

 レーダー上の二つの赤い点滅はウメコを挟撃するつもりだろう、大きく二手に分かれていた。そのうちの一つは小梅に先回りするなかなかの速度で、虫霧の向こうを進み、こいつのせいで小梅はせっかく近づいた虫霧のベールを抜けられず、並走せざるえなくなった。バイザーを降ろすのも忘れているけれど、ウメコにはむしろこっちの方が慣れていた。そのバグモタの、小梅のモニター上で描画処理された姿を見ると、エクスクラム製ラビット・ベリーらしい。ウサ耳の変わりに頭頂に一つ(ツノ)みたいなのがおどろおどろしく突き出ていた。ボディはすでに原型を留めていない、いかにも外労連らしい悪趣味な改造機だ。その反対側には、もう一機が迫っている。どうやら、おとなしく撤退などさせてもらえそうもない。

『コノ改造ばぐもたノくらっく値、80vハ出テイマス。急イデ』

「ムシっ!間に合わない」ウメコは敵のクラック弾は覚悟して速度を緩め、上半身を旋回させ、虫霧の中のバグモタめがけてバグラブを射出した。しかし敵の同時に放ってきたクラック弾が虫煙をあげて、小梅の右肩に炸裂した。強烈な一発だった。小梅の放ったバグラブは大きくそれ、虫どものみが喰らいつき、むなしく切れ間に跡を引いた。

「チッキショー!!!」

『右肩関節、損傷・・・可動域30度上、不可』

 もはや態勢を整えるだけで精一杯だった。反撃どころじゃない。これ以上、強烈なクラック弾をたて続けに喰らうわけにはいかない。ウメコは再び逃げの姿勢をとった。この間、別の一機が向こう側から虫霧と切れ間との境に姿を見せ、小梅に迫ろうとしていた。バッタ型だった。ウメコは身構えたが、クラック銃は撃ってこない。――バグモタ狙いか!小癪な!――奴らはなるべく無傷で小梅を手に入れたいのだ。道理でこの状況なら、倒そうと思えばクラック銃を連射して挟みこめばわけもないのだから。ウメコは見くびられたものだと、ムシっとするが、そこに勝機を見出し、同時に二機を仕留めるプロセスを組み立てるが、それには小梅が二機必要だった。要するにもう見込みナシってことだ。

 ならまず小梅が切れ間から脱するのを阻む、一角ウサギ型を虫霧の中にいるうちに始末する、手酷いダメージを追っても虫霧の中に逃げ込めれば上出来だ。後ろのやつと対峙してしまっては、まったくこっちには勝機はない。逃げ切れば一勝二分け。さらに、もうこいつら一機でも倒せば万々歳、そのあとこっちが倒れても二勝一敗、負けじゃない。ウメコは虫霧の中で小梅の先を並走する一角ウサギ型の方へ向きを変え走り、特攻も辞さない覚悟でスピッターを構えバグラブを射出した。

 シューーーーッ、と一直線に放たれたバグラブが外労連の一角バグモタの硬い機体を捉えた手ごたえは、コクピットの中で掌握桿を握るウメコの手に確実に伝わってきたが、長くは続かなかった。≪ボンッ!≫と背後から撃ち込まれ、小梅の背中へことごとく命中し、被弾の振動で小梅のスピッタ―の照準も狙いを失い、姿勢を崩しかけた。

 まったく弾が虫なのだからやりきれない。これも自分の虫運の強さの故なのか?!とウメコは己の宿命を呪った。「こっちはスプレー缶だけだってのに!」

 いくらスピッター(さば)きに自身があるといったって、クラック銃を使う二機のバグモタ相手では、開拓労民生え抜きのバグモタ乗りといえど、さすがに分が悪い。クラック値が低いならまだしも、最大値のクラック虫を補給している小梅より、向こうは多少クラック力で上回っているようなのだ。しかも中クラック程度の虫を仕込んだクラック弾まで撃ち込まれては、たまったものじゃない。

―バグラーにもクラック弾を!!

 ウメコの頭をよぎったのは、捕虫労組合、武装化リベラル派のスローガンだった。無益なクラック虫の使用は、ここ捕虫圏(アンダーネット)では許されない。まして虫による非建設的な、ただ、ものの破壊だけを目的とした使用など、こと開拓労民の間では最も忌み嫌われる行為だ。特にバグラーにとっては、虫運を落とす最悪のジンクスを呼び込む。ウメコは捕虫要員の縁起でもないクラック弾の使用など、これまで想像すらしたことはなかったし、支持するつもりも毛頭ないけれど、いま頭をよぎったスローガンに、ウメコは自分の弱さをみつけてしまった。こんな状況で使用するクラック弾はけして無益ではない、バグラーの自衛のためなら、やむない。保安労の手もわずらわさずにすむではないか、と。

 虫霧の中のバグモタの動きが落ちていた。充分ではなかったものの、小梅のスピッタ―からのバグラブは、腰殻の辺りを捉えたはずだから、その効果で虫どもの破裂が始まったらしい。ウメコはこのバグモタを出し抜き、虫霧の中へ戻るチャンスを逃すまいと、アクセルを踏む足に力を込める。

――すでに一機倒したんだ、やれないことはない――この窮地はクラック銃の有る無しじゃない。これは敵の数のせいだ。後から現れた二機のうち一機にもダメージを与えた。バグラブで充分だ。虫をただ破壊の為だけに使うなんてまっぴら。そんなのは捕虫労の沽券にかかわる。ウメコはめげずに虫霧への突破を目指し、必死の中で捕虫要員のスピリットを全身にみなぎらせた。そのとき、背後から手酷い一発を食らって小梅はぶざまにぶっ倒れた。

 虫霧の中の仲間の一機の運動性能の弱まったのを契機に、無傷での捕獲はあきらめた後ろの敵が放った、効果的な一撃だった。


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