第29話 <レモンドロップスiii>の面々・3

文字数 5,170文字


「でもやっつけたんやろ?やるやないですか、先輩」志願労1年目のタルカ=タタン・コクトーが、3区訛りでウメコを称えた。「これでまたウチらの評判もあがりますね」

 タルカは、ガムを噛みながらポケットに手をつっこんで、労民ツナギのジッパーを自慢の胸元まで開放的に下ろし、テイルヘッドに座っていた。いつも長い髪を肩先から耐虫ジェルで固めて、まとめずに小分けしてバサバサッと、触手のように垂らしている。 

「外労連にウチらの怖さもっと教えな」

 バグモタ乗りの典型的な口の悪さで生意気なタルカは、学労時代も教労のおぼえが悪く、ほぼクラックウォーカーの操縦と整備技術だけで、なんとか捕虫労の資格を得ていたが、肝心の虫捕りの能力が足りずに、捕虫労組合への配置が叶わず、義務労期間を、バグモタ技術労組合で、整備労務と臨時の捕虫要員として送っていた。男子の多い技術労の中で、元来の性格も相まって、自然と気性も荒くなってしまった。

 学労にあがったばかりの頃は、虫捕りの成績はまずまずだった。その記憶がずっとあって、捕虫労への配置を志望したのだ。成長とともに、バグモタへの興味が強くなって、そっち一辺倒になってしまったけれど、勉強ぎらいなタルカに技術は難しすぎたし、保安や治安は柄じゃないし、土建のイメージはゴメンだったから、ほかにバグモタを操縦できて自分にできそうなことといったら、捕虫労しかなかったのだ。

 レモネッツ!!!が起こしたあの騒動で、レモネッツ!!!の賛美者となったタルカは、失いかけていた「虫捕り」への意識が再び高まった。

 そうして一念発起して転属審査を受け、かろうじてパスしたのだ。

 義務労から、志願労への昇級のタイミングが、ちょうど8班再結成と重なった。その噂を聞きつけて提出したタルカの8区への転属願いも、8班への配置志願届も、転属審査とはうって変わって、あっさり認められた。

 技術労預かりならまだしも、吉凶を重んじる捕虫労への配置とするには、タルカは3区では、ややげん(・・)が悪い女子とされ、ウメコのような、鬼門交換という名目すらない、公然かつ自ら志願しての、鬼門送り扱いだった。イーマの推薦のためだけではない。はっきりと、不適合(Nonconform)傾向要注意Aをおされていたタルカは、3区捕虫労組が喜んで8区へ送り出してきた。

 タルカは、ストロベリー・アーマメンツの旗が目に入るたび、自分がストロベリーアーマメンツなのを意外に感じ、ウメコやトミコを見て、胸をなでおろすけれど、たいしたポリシーも持たない自分は、単に8班<レモンドロップスiii>が非武装保守派だから、自分もそうなだけなんや、とフト思う。

「でも保安には嫌われるやろな」

 噛んでいたガムでプーと膨らませたフーセンがパチンと顔の前で割れた。


 ウメコが姿を見せようが、義務労3年のクロミ・クロミッツはそれどころではない。ウメコの代わりに捕虫ノルマを割り当てられたせいで、心ここにあらずだった。昨日までの予定ではアンテナ保全のノルマだったのに。

 この変更を訊いたのは、ついさっきなのだ。いま、急なノルマの変更に内心おののき、ジワジワと重圧に押しつぶされそうだった。ただでさえ慣れない捕虫は、いつもノルマをこなせるかどうかも不安なのに、まして昨日ウメコが非合法のバグモタ集団に襲われたという事件のあとで、この急な捕虫ノルマへの変更は、即座にクロミを憂鬱のどん底へ突き落した。

 そこへ先輩のトミコが、クロミの割り当てられた区画を指して「あの辺りはトランスネットアンテナ過疎区域で、無登録バグモタが侵入しやすい」だとか「磁場が異常で虫の連鎖破裂が起きやすいから、気をつけな」などと、アドバイスなのか、脅かしているのかわからないことを言って、クロミの心をさらに底なしの困惑へと導いた。

 けれど恨めしいのは班長の方だ。どうせなら昨夜のうちに知らせてほしかった。そうすれば、心の準備もきちんと整えることができたものを。

 どうもこのノルマの変更は、すでに昨日のうちに決まっていたようなのだ。さっき昨日のウメコの話題で弾んでいた中、班長のイーマは、今日はウメコは現場直行だと言った。

 ウメコの搭乗機、小梅の惨状を見れば、捕虫ノルマのできないことは誰の目にもあきらかだ。間違いない、昨日のうちにできたはずの自分への通知は忘れられていたか、おざなりにされたのだ。

 やはり戦力不足の自分のことなど、班長はあまり念頭にないのだ、とクロミは悲しげに悟った。

 班長のイーマのことをクロミは信頼しているし、尊敬もしていたけれど、たまにある、イーマのこういう、つれない仕打ちに心は翳り、こういう行き届かない配慮によってできたわだかまりが、いずれ積りにつもって虫のように破裂し、自分自身を、いつか虫霧よりも濃く深い闇でいっぱいに支配してしまうのではないかと想像して、勝手に作り上げた恐怖に目は虚ろになって、泣きたくなってくるのだった。

 クロミは隣の9区からやってきた。義務労役の2年間を学術要員として送り、残りの2年を捕虫要員で送る、これは捕虫労「採虫要員」の規定配置だった。だから、捕虫要員としてはまだ1年目である。


 最年少の義務労1年のケラコ・キャラメルは、まだ真新しい義務労ジャージ姿でテイルヘッドのひとつに座り、トミコとクロミのやりとりを面白おかしく眺めていたところへ、来ないはずのウメコが現れ、無邪気に口を開けた。
 
「U子さんだ。U子さんおはようございまーす!包帯芋虫つかまえたんですか?今度見せて下さい!」

 11区からやってきた。無論、鬼門交換である。

 オカッパ髪が、ただでさえ子供っぽい印象に輪をかけていた。

 いまだ学労気分が抜けないらしく、労務も、どこか学務の延長のようにしか捉えていない。 最年少だから、大抵のしくじりは許され、多少の無遠慮も大目にみられていた。

 手助けや見守りをあてにしたい義務労1年目なのに、なぜかウィキッドビューグルの出現率が低く、それをいいことに、ノルマ中の居眠りが多く、特に昼休みの寝過ごしなどは日常的だった。

 ケラコの、ウィキッドビューグル出現率のあまりの少なさに、文句よりも、イーマは、もしや怒らせたのでは?と、むしろ心配になって、その月当番のウィキッドビューグルに直接掛け合ってみたところ、「あのコ、私のことお母さんと呼ぶときがあるの、だから避けてるの。なんとかして頂戴よ」と、向こうからお願いされた。

 学労時代の教労による調書には「常に心は上の空、目は捕虫圏を通り越して、捕虫圏上を見ている」と記されてあった。

 捕虫圏上といえば、捕虫圏開拓労員の多くの家族が住んでいる。ケラコはいつもケロリとしていて、表面上はホームシックには見えなかったけれど、つらいことは心の奥にしまいこんでいるのかも、とイーマは優しく子供扱いすると、大人びたことを平然と言って、かえってイラっとさせられるし、いち開拓労民として接すると、子供特有の無防備な頼りなさをみせられ困らされた。

 ノルマも出来不出来の差が大きく、捕虫ノルマを課されたときに一度、班でトップの成果を出したことがあっても、それ以降は、まったく振るわなかったりするし、期待すれば、ことごとく裏切られ、あてにしなければ、かえって成果をあげる。

 すべてにおいて、マジメなのかフザけているのかわからないところがあって、まだ半分子供のような悪気のなさから、誰も厳しくあたれなかった。

 バグモタ操縦技術と虫運の良さのみで捕虫労に配置されたことだけみれば、前線捕虫要員の典型だけれど、まだシード級のバグモタしか支給されていないなかで、操縦技術にはそれなりのセンスをみせたものの、同時に故障やエンジントラブルも多く、バグモタ自体の取り扱い、という意味での技術はまだまだ未熟だった。

 実際ケラコは、いつも寝起きのような感覚でいた。たぶん開拓労民への覚醒をむずかって、学労気分の(ぬく)い寝床の中で、まだ夢の続きへ戻れるかもしれないと、淡い期待にまどろむ、自分こそ眠りの芋虫に違いないと、どこかで思う。寝坊スケの自覚だけはボンヤリ持っていたから。

「でもあれってホントはミイラなんですか?芋虫なんですか?」


「そうやで」ワイナが後ろから、パセリナのツインワームに下ろした髪を両手で上げた。「ほら、ここにもおるで」

「やめてちょうだい!」

 
 班長のイーマは、朝いちで組合から取って来た虫予報と、班員たちの為の配給弁当の入ったボックスを肩にかけ、いつもの朝のけだるい空気感をまとって現れると、ややあってから、いつも通りにホワイトボードに向かい、虫予報データを参考に、捕虫ノルマの割り当てに照らし合わせた独自予測を立て始めた。

 昨日のウメコと外労連の事の真相を聞きたがる班員たちの期待には、真相は言わず「そうらしいな」だの、包帯グルグル巻きというワイナの捏造ネタによるウメコの様子を半ばマジメに訊かれても「心配はいらないよ。現場直行させた。包帯してても保全労務ならできそうだったから」などと、トボけた返事でデタラメを受け入れる形で適当に応えた。

「その分クロミに捕虫ノルマ回すから」イーマは声のトーンを変えた。「あのね、実際は保安労がちゃんと対処したんだよ。自由労のデマ配信ばかり見てるなよ」

 ホワイトボードに向かう前に、イーマはガレージの中へと少し足をのばして<小梅>の状態を、うかがった。「だけど自業自得だな。自分から首突っ込んで外労連(げろうれん)片づけようとしたんだ。見るかぎり、当分捕虫は無理だろ」

 昨日組んだ割り当てを繰り上げ、ウメコに割り当てるはずだった区画は、クロミには難度が高いとみて、そこはパセリナにあてた。それからイーマは長い経験から閃く虫予想をホワイトボードに書きながら、傾向を立てていった。

 そこへウメコが姿を見せた。やんやのイジリのあったあと、ちょうど予測を書き終えたイーマは、マジックのキャップを閉めながら振り返った。「あれ、直行するんじゃなかったのか?」

「・・・うるせえ!ミイラじゃねえよ。はい?直行もなにも足がなきゃ労務にならないでしょうよ!<バニー>借りてくって昨日言ったよ」

「スクーターの方が早く終わるだろ。まだ先月分のノルマも残ってんだから、そんな悠長にノルマこなしてらんないんだよ」

 班に割り当てられた、アンテナ保全のノルマのことだった。イーマとしては、借金のようにたまっていくこのノルマを、少しでも早く片づけたいのだ。

「別に急がなくったって、ちゃんと終わるよ。これでも8年やってるんですからね」

「配弁取りに来たんだろ」トミコが口を挟んだ。

「そーだよ。悪いのかよ」

「あ、待った、それクロミのノルマだった」急に思い立ってイーマは背を向け、トランスビジョン端末をいじくり始めた。「増やすから、ちょっと待ってて」

「はぁ!?」しまった!とウメコは固まった。「それはないでしょ!こんな直前に!こっちはしっかりプラン立ててきてんだよ!」口を尖らせて訴えた。デタラメだけど。

「おめえ何年やってるって?。義務労と同じ数のわけないだろが。ほら出せよメモリー」

「クラスは同じ、ベルリン級だけどな!」はあ、しまった来なきゃよかった、とつくづく後悔して、メモリーを取り出した。

「ほら」デスクにひじをのせていたカノエが腕を伸ばして、ウメコが手に持った保全ノルマの入ったメモリーを受け取り、トラビ端末のスロットに差し入れた。「もう少しでバグパイパーだったんでしょ」

「昨日のお手柄が本当なら、復級できるんじゃねえ?」ハミングバード級に留まったままのトミコが言った。「なんだかんだで外労連捕まえたんだろ?それくらいのご褒美もらえるでしょよ」

「包帯芋虫発見の分もやろ?」とタルカ。

「そんなんボーナスどころやないで、勲章もんや!」嬉々としてワイナがかぶせた。

「よかったじゃん、新しい機体買えるよ」カノエがからかい気味に言った。

 イーマは新しいデータをプラスして入力し終えたメモリーをウメコに手渡した。トランスネットのアンテナデータのやりとりは、手渡しが鉄則なのだ。

「よろしく」

 ウメコは鼻で抗議の息をもらし、受け取ると、お返しとばかりに脇に抱えたトラメットから、データを転送した。「はい始末書」

「始末書・・・?」

 イーマ以外の班員の全員の目にビックリマークが走った。やはり昨日の出来事は、単なるお手柄というわけではないらしい。

 だけど、皆がどこかで薄々感じていた。こんなことの大なり小なりは、開拓労務をしていれば、誰にでも起きえることだったが、それが<レモネッツ!!!>以来のトラブルメーカー、ウメコのことなら、驚いたのも、つかの間のこと。すぐに真相(ワケ)など知らずとも、「だろうな」とみな納得してしまった。

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