第27話 <レモンドロップスiii>の面々・1

文字数 2,892文字

 
 翌朝、ウメコはいつもより少し遅れて、班のガレージへスクーターを乗り入れた。 

 昨日、班長のイーマから、一斉朝礼がない今朝は、班に顔を出さずに現場へ直行してもよいと、言い渡されていたけれど、ウメコはいつもどおり顔を出し、いつもどおりに労務に出るつもりだった。だから帰りに今日のノルマに必要な端末機や、資材を持ち帰ってこなかった。

 家を出る間際、イスに座り、ブーツを履きながら、班ガレージに顔を出して起こるであろう事態を想定して、いまからムシっとした。

――朝からウザったいのも嫌だな――

昨夜の自由労放送のあとでは、班員がイジってくるのは目に見えていた。班長の配慮に耳を傾けていればよかったとも思うけれど、あのときは、そんな心の余裕もなかったのだ。それに班所有のシード級バグモタ<バニービーン>を借りると決めていたから。

 そしてなにより、日頃の習慣は変えたくないのだ。

 すでに受け取ったノルマを確認すれば、昼過ぎには終わりそうな点検数だ。マジメに時間通りに出ていかなくても、充分余裕なのだし、せめて昨日の災難のあとの今日くらいのんびり、と怠け心が起きるものの、やはりムダに時間など潰せぬ、ケチな性分はどうにもならず、一旦あげた腰と早くも働きだした頭は、これ以上の空回りなど許さなかった。

 だいいち、クソ不適合(ノンコ)な自由労の配信の反応などに惑わされるなんて真っ平だし、自分のペースの平常運転の前では、どうでもいいことだった。なんにせよ、開拓の遅滞は許されない!と、結局ウメコはわずかな遅れで出務した。
 
 皆のと並べてスクーターを置くと、トラメットのバイザーをあげてウメコはバッグを荷台から出して、駐輪スペースからガレージへと続くドアを開けた。


 尻もちついた着座姿勢のバグモタ・クラックウォーカーがズラリと陣取る間を抜けて、スタスタと奥のミーティングエリアへと歩いて行った。そうして皆と顔を合わせると、いつもどおりの調子で「おはよ」と言った。

 ガレージ内の奥のミーティングエリアでは、毎朝の朝礼と申し渡しが始まるところだった。

 遅れて現れたウメコに最初に気づいたのは、カノエ・カリントだった。この場に置かれた唯一のイスに座り、トランスヴィジョンのモニターデスクの縁に片肘ついて、イーマが何やら書き込んでいるホワイトボードをけだるそうに、横から見上げていた。毎朝この時間、この場所はカノエのものだった。

 イーマの次にベテランである彼女もまた、上級バグラーである<バグパイパー>だ。カノエは、レモネッツ以前に所属していた班でイーマと出会い、イーマが8班の担当を任されたときに参加して以来の班員だった。謹慎中は、8区から転属することも許され、さんざん悩んだけれど、謹慎明けを見越した、他区他班からの誘いを断って、やはり8班の再結成の起ち上げに協力することを選んだ。

 かつてカノエは、自由労が半分茶化して勝手に企画している、バグラー人気投票でいつも1位だった。そのルックスで、カノエは連合労民だけでなく、自由労からでさえ人気があった。捕虫労マガジンの表紙は5度もある。ウィキッドビューグルを差し置いて、8区だけにとどまらず捕虫圏(アンダーネッツ)のアイドル的存在だった。

 またカノエは学役時代から、教労の覚えもよく、成績も優秀で、連合や組合からも期待された学労だった。ただ、生まれ育った8区を離れることを拒み、指名された鬼門交換を拒否したことで、注意を受けたくらいだ。交換といってもカノエの場合は、問題児が対象となりやすい、通常の鬼門交換とは違う、優秀な鬼門区労児のための、上位交換であり、むしろ優遇配置であって、これには、さまざまな特権が付随していたから、拒否するなど通常は考えられないのだ。しかしこれが許されるのもまた、カノエならではであった。

 そんなカノエを、レモネッツの悪夢は、それまで捕虫圏(アンダーネッツ)で獲得してきた好感のいっさいを反目に変わらせてしまった。直接加担していなかったので、処分は謹慎と配給ポイント減の罰則のみで済んでいたが、それ以上に大きな精神的代償を、彼女にはもたらした。

 カノエは生まれてこのかた、他人から(うと)まれ、石を投げつけられるような境遇に置かれたことも、呪いをかけられたような災厄に()りつかれたことも、ただの一度さえなかったから。

 それによってカノエの人生観は、少し物憂げ(アンニュイ)なものに変わってしまった。

 カノエはイスの背もたれに挟まった髪を肩の前へはらったとき、駐機してあるバグモタの間から、屈託もない様子で姿を現したウメコと目が合うと、どこかよそ事のように、目をキョトンとさせて言った。「あれ、来たよ」

 
「なんだ、圏外に埋められたんじゃなかったのかよ?つまんねえの」次に気づいて、早速イジったのは、ウメコと同期のトミコ・サカッカスだった。トミコはイスの代わりに置かれた、クラックウォーカーの尻尾部分にあたるテイルヘッドの予備のひとつに座って、すぐ隣りに座っていた後輩の義務労のクロミをからかっているところだった。そろそろつまらなくなったころ、折よくウメコが現れた。当然、昨夜の自由労配信を聴いていた。

 すでに、集まった班員の間で今朝、顔を合わせた早々に、損壊したウメコのバグモタ<小梅>を囲んで、話題にした後だった。

「捕虫労の独裁体制の特攻部門らしいからね、8班は!そうとう恨まれてるよ、U子ちゃん」

 これで当分はウメコをおちょくり、ムシムシさせる材料には事欠かない。しかも遠慮のいらない同期同班のウメコのこととなれば、たまらなく愉快な話題だった。

 トミコは、とりわけウメコの腹の虫が騒いでキレた姿をみるのを、なにより面白がった。大人になって多少分別がつき、自制することを覚えたウメコに、もの足りなさを覚えても、どうせ捕虫圏居住民全てがおちょくりの対象なのだから、トミコは退屈することがないのだった。

 復帰後は自重していたけれど、以前は、捕虫労のバグモタ乗りとなると、誰彼構わずおちょくって、相手を怒らしていた。特に「武装化リベラル派」とくれば、もってこいの相手だ。うまくけしかけ、わざと自分にケンカを売らせるのだ。その成果もあってか、捕虫要員(バグラー)女子バグモタ相撲では向かうところ敵なしだった。

 謹慎中に、もっぱら組合のジムに通いつめて、シャープに仕上げた肉体を自慢にしていた。ある朝気づいて、腹筋が割れているのを発見したときには、上着の裾を開けたまま、虫霧も構わず、仲間の捕虫要員に見せて回った。

 トミコは不適合(ノンコ)傾向の強い捕虫要員候補が選ばれると言われている鬼門交換により、10区から裏鬼門である8区配属が決まると、学所で一緒になったウメコ同様、早速イーマにスカウトされた。

 バグモタ操縦技術が抜きん出ていただけでなく、学役成績もそこそこだったから、他班からもスカウトはきたけれど、とりわけバグモタ操縦の腕を買ってくれたイーマの誘いを受け、8班<レモネッツ!!!>で義務労を開始した。先の騒動での処分は、謹慎と大幅配給減で済んでいた。ハミングバード級に留まりはしたものの、甲種から丙種に落とされていた。
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