第39話 ウメコとワイナのコンポジション・5 ワイナのスタンダード

文字数 6,073文字


5 ワイナのスタンダート


 いま予想外に早く店を出てきたウメコと、除虫スペースで鉢合わせしたのにはワイナも面食らって、トラメットの中で小さく声を漏らしてしまった。店へ入ったはいいが、すでにウメコの出て行ったいま、ここに何の用もないワイナは、申しわけ程度に品物を見て、探しモノがなかった態を装い、さっさと退散してきた。

 いったい何の店なのか、あれらの物品が何のためのモノなのか、ワイナには皆目見当がつかなかった。ほとんどガラクタにしか見えないモノばかりなのだ。バグモタの部品でさえないのは、バグモタ乗りの端くれとはいえ、ワイナにもわかる。腕組みしてアゴに手を置き、スクラップを寄せ集めただけの店なんか成り立つんかいな、と(いぶか)しんだ。

 現在ではバグモタチューニングメーカーに所属しているとはいえ、ウメコから専門的な技術の話など、いっぺんだって聞いたことがない。その長い付き合いからワイナは、ウメコがこんなものに興味あるとは思えないし、理解できるとも思えなかった。自分と比べて確かに実技(うで)は格段に上だけれど、学科(アタマ)の成績はほとんど変わらないはずだった。――常識ならウチの方があるくらいや――

――反捕虫圏(アンチネッツ)の革命組織にでも一枚嚙んでるんやないか?――

 ワイナは想像を働かせる。――なんや悪い仕掛けのための部品仕入れてるんちゃうん?――捕虫圏居住民(アンダーネッツ)の身分利用して、配給品横流ししとるんか?――配給ちゃうかて、あないなスクラップ品なら、ちんまいチューニングショップに所属しとんのやから、なんかしらに手に入るはずやな――

――そやなかったら、あのひと自体が電気仕掛けなんとちゃうか?自分の足りないアタマの神経回路の部品でも、探しとんのや――


 ウメコは少し前を歩いている。さっき間近ですれ違ったとき、はっきりウメコに視線を向けられたのを感じたワイナは、さすがに次は気づかれるだろうと、もうさっき以上の接近は、あきらめるほかなかった。

 一旦、距離をおいて道沿いの電磁除虫スペースに待避して、再びジャンパーを着込んだワイナは、思い切ってトラメットでウメコを確認してみたけれど、ウメコの信号は発信されていなかった。ウメコはトランスヴィジョンを切っているか、トランスネットから退出(クロックアウト)しているのだ。――労務中やのに、あかんやろ!――

 ワイナは慎重に距離を保ってゆっくりあとを追うと、ウメコは通りの向こうに不気味に横たわる、ジャンクハーバー名物のあの悪名高いユニット群体、通称<雑居房>の中へ入っていった。――ウソやろ!?――

 はじめて見る、トランスヴィジョンの合成描画による補正さえままならないその外観に、ワイナは怖気(おぞけ)だった。

 それはユニットハウスをゴタゴタ、デコボコくっつけ盛り上げた、巨大な虫の巣のような塊で、そのうちの一つのドアを開け、何食わぬふうに中へ侵入していったウメコの様子は、さながら巣穴に誘導され、飲み込まれたとでも言ったほうが、ワイナの目にはしっくりきた。
 
 ――外労連(げろうれん)の巣窟ちゃうんか!?ほんまに合法なん?――

 ――大体なにしに行くねん?!ほんまに革命の地下活動してるんとちゃうの?――

 トラビの補正などまったく効かない、どころか、むしろおぞましく改悪された景観に近づくたび、ワイナはすくみあがる。これならバイザーのスクリーンをクリアにして、実景を見た方がまだマシかも知れなかった。

 ここであとに引くわけにはいかない。ワイナは覚悟を決めた。――これもネタのためや。ネタ探しの冒険やて思わな!絶対いいネタみっけて、二度と配給笑いなんて言わせへん!――
  
 いくつもあるドアのうち、ウメコの通ったドア、というより後付けされた丸いハッチを、ワイナは意を決してくぐった。入ると、除虫エリアの跡形があるだけで、内ドアは取っ払われ、ほとんど機能せず、うっかり虫を数匹引き入れてしまった。――ウチの知ったこっちゃないわ、どこでも勝手に破裂せえや!――

 虫の侵入など、すぐにどうでもよくなった。自由労の掃きだめのような光景に、ワイナはおののいた。たったいま心の中で吐いたと思ったセリフは、この巣窟からの歓迎の言葉となって、そのままワイナの身に呪いのように振りかかる。『ウチの知ったこっちゃないわ、どこでも勝手に破裂せえや!』

 ほとんど先が見えない。雑居ユニット繋ぎの狭いアーケード通りは不気味さと、いかがわしさを絵にかいたようだ。

 早速、トラビの規制などいっさい無効な怪しげな看板(ヘッダー)が、容赦なく迫って来た。その破廉恥さは意味を知らずとも、ワイナにも伝わる。さっきの店の汚らしさの比ではない。(うごめ)く人並と、自分の吐く息でゆらめく視界と、トラビの不安定さで、通路が流動しているかに見える。ここだけ重力がねじれているのではないかと疑った。天井や側壁に看板(ヘッダー)を掲げ、品物を広げている店まであるのだ。

 ワイナはトラビの合成景色を諦めて、バイザーをクリアにした。破廉恥な看板(ヘッダー)に加え、不気味な様相は、トランスネットがわざとおぞましく補正しているとしか思えなかったから。

 視界はなんとか耐えられるものとなったけれど、トラビを切って(だま)しが効かなくなったぶん、今度は全感覚がアレルギー反応を引き起こしそうだった。虫の速烈度のどんなに高い中よりも、身体は身構えてしまう。眩暈を起こしかけ、一瞬足許がグラついた。

『誰も知ったこっちゃないわ!どこでも勝手に野垂れ死んだれ!』さっきのひそかな毒づきが、アタマのどこかで木霊(こだま)のように返ってきた。まるでその声までトラビで補正された罵りのように聴こえた。

――ユニットハウスで野垂れ死にて!?どんな室内やねん!怖わないで!こんなん虫の()破裂に比べたらたいしたことないわ!――負けたらあかん、と強がり、ワイナは踏んばる。

 そしてさっきの気構えを思い起こし、ノルマの最中、苦しいときいつもそうするように、ワイナ自身が学労時代に作り、コンクールで受賞し表彰された、連合の標語(スローガン)を、お題目のようにひそかに唱えながら、おのれを鼓舞して進んだ。

『成せば慣れる、慣れねば成らぬ開拓労!』『バグモーティヴ、乗れる!慣れる!動く!歩く!』『捕虫労、見つけ!捕まえ!クラック虫!』・・・・・。

 前を歩くウメコの足どりは、店頭だけ見たり、素通りするだけで、奥まで入る様子はない。ガラクタの類いを興味ありげに眺めながら、2、3歩踏み込むに留め、すぐに歩きだす、といった具合だった。

 ウメコが手に取って眺めていたものを、ワイナもあとから見た。それは色褪せ汚れた、地球製のジュースの空き缶だった。――なんやこれ!ただのゴミちゃうの?――

 ここは開拓連合のゴミで築いた城なのだ。それを落ちぶれた自由労たちが迷宮に作り替え、出口があるとしたら、その行きつく先はきまって外労連(げろうれん)の入り口に通じているのだ!――もうイヤや、こんなとこ!――

 深入りせず、そぞろに練り歩いているだけのウメコの様子に、ワイナはホッとする。通路だけでもケッタイやのに、奥の方まで踏み込むなんてありえへん。

 ここでウメコの姿を見失ったら、とワイナに怖ろしい予感がよぎる。それは予感でさえ、あまりにも残酷だ。アーケードの中だというのにワイナはバイザーを上げたくても上げられなかった。ウメコからは距離があったから、見つかるのを怖れてではない。のらくらと目的もなく、ここを行き交う自由労たちの目線が怖いのだ。

「ねーちゃん、アルコール欲しいんだろ?あるよ」「高い虫、さっき届いたばかりだよ、いらない?」「その恰好、おねーちゃんバグモタ乗りだろ、仕事あるよ」「バグモタ乗りじゃなくても、もっといい仕事紹介するよ」

 虫で焦げ、破れ、ツギハギだらけのツナギ服の自由労たちが、次々と気安く声をかけてくる。ワイナは結構ですと、精いっぱいの手のジェスチャーだけで応えた。

――なんでなん、ウメコさんには誰も声かけてへんのに!?ウチばっかり――やっぱ怖がられとるんや、自由労の間でも!――

 むさ苦しい熱さと緊張感で、耐虫服に包んだ身体は、この数分の間に、すっかり汗でダクダクだった。――早よ出たい!――

 天井が少しずつ迫って来るみたいだった。狭まる洞窟の中をくぐり抜けるように、ワイナは背中が折れてきた。

『慣れれば成れる自由労!』すがるように歩きながら唱えるワイナの標語(スローガン)は、いつしかアドリブとなって、心細い心境に合わせて変化していく。

『雑居房、()れる!慣れる!よける!歩く!』

 労民服を着ているわけでもないのに、なぜか見透かされて、開拓労民の身分をなじられているような気がする。――ウチも自由労やと思いこむんや――

『・・・歩く!耐える!慣れる!歩く!・・・』

『・・・耐える!慣れる!慣れる!耐える!』

 このリズムはいまのワイナにしっくりきた。ふるえるような自意識を埋没させ、シートの下のバグモタのエンジン音を聴くように、全身に響くよう唱え続けた。

 ダークピンクのウメコの頭を視界の中で捉えているうちは、一人ではないと安心できた。いまや命綱にでもしがみつくように、ワイナは大きく目を見開いて、視線をウメコに釘づけていた。見失ったらあかん。

障泥烏賊(アオリィカ)、見つけ 追いかけ 浜納豆(ハマーナット)!』

 ここではトラメットを被っているだけで、自分が異星人になった気がする。当然、ここでは誰しも無帽(ノーヘル)なのだ。それで余計にジロジロと怪訝な目線をうけるのだ。なによりワイナ自身、息苦しさで倒れそうで、せめてバイザーだけでも上げたいけれど、ここの酸素を吸うやいなや、たちまち窒息してしまいそうだった。

『・・・耐える!慣れる!慣れる!耐える!・・・』

――ウチら連合労民に反感を持ってる自由労も、よおけおるちゅうのに、ウメコさんは平気なんや。トラメットまで脱いで捕虫労のツナギ着て堂々と歩いとんのやから、尋常やないメンタルやで!――

――あの大破裂で英雄視されとるんちゃうか?自作自演説なんてデマ報言(ニュース)が、ここでは賛美の対象なんやから――

『・・・耐える!慣れる!なえる!耐える!・・・』

――そやかて、ウチやて<レモネッツ!!!>の元班員なんや、あの直後は、自由労の人気投票で3位にまでなったんやし。謹慎中やったから全然目立たんかったけど、胸を張ってええんや、堂々としとったらええんや。いつか1位獲ったら、捕虫労のままラジオ波でしゃべるのも夢やない!――

『・・・なれる!獲れる!獲れる!なれる!・・・』

 そうこうしているうち、人混みの中で、ワイナはウメコを見失った――ウメコさん、どこや!

 行き交う自由労たちが、肉に飢えたゾンビに見えてきた。切ったはずのトラビの合成画像によるありえない補正なのか、自分の目の錯覚なのかもわからない。ワイナは、ひとり置いてきぼりにされた子供のように、泣きそうになりながら、小走りにウメコを追いかけた。もう限界だった。

『・・・走る!逃げる!早く!帰る!・・・』
 
『・・・なれず!なえる!帰る!帰る!・・・』

『・・・かえる!カエル!ゲロロ!ゲーロ!!』

 トラメットの中でハァハァと息もたえだえに、無我夢中で道なりに進むと、除虫エリアの跡形が見えた。ウメコはそこを抜けたのだろうと、即断してドアをあけ、急いで外へ出た。

 まず無事に抜け出したことにホッとした。――ネタどころやなかったわ!――

やっと息を整え次に辺りを見回す。ウメコの姿は見当たらない。――どこや!?おらんわ!まだあん中かいな!?――

 すぐに、通りを歩きかけた先に、それらしいシルエットが歩いているのをあっさり見つけた。駐機場の方向へ続く、もと来た道だった。

――なんや、もう帰るんかいな、つまらんな・・・ネタにならんやん――

 すっかりケロリとして、ワイナは後を追いながらブツクサ言うが、さっき自分が出てきたばかりの<チャッターボックス>のビルにウメコが入って行ったのを見て、失いかけた面白ネタへの期待が、再びふくらみ始めた。

――そや!こないだの、ビトーのチャナスカのガセネタの件でイチャモンつけに乗り込むんちゃうか!?ウメコさんならやりかねんで、きっとそや!これは見ものや!――それでや!そんために怪しげな店、物色してなにか仕込んだんや!――

 ワイナはウメコを追ってチャッターボックスビルへと入っていった。用心深く、今度は除虫スペースで鉢合わせなどしないよう、充分に見計らった。内ドアが開くと勝手知ったる動きで、すぐに階段まで近づき壁に身を寄せて、バイザーを上げ、トラメットを脱いで、中にたくし込んだ防虫ジェルでドロドロの髪を下ろした。

 もはやウメコに見つかろうが、お構いなしだった。堂々と間近で現場に接近できる。これは尾行などという後ろめたい行為ではない。これには、はっきりアリバイがあるのだ。自分はここへ台本を見せに訪れたところ、たまたま、イチャモンつけに現れたウメコが暴れている現場に遭遇しただけなのだと。

 ワイナは慎重に階段を上がった。ウメコが暴れるより先に、自分と遭遇してしまったら、なにもかも台無しにしてしまうから。

 2階のスタジオ観覧席にウメコはいない。狭苦しい放送スタジオ内も、ウメコが乗り込んでひと悶着起こしている気配はない。アクリル窓の向こうでは、淡々と音楽をかける、昼間の当たり障りのないおしゃべりの、変わらぬ退屈な放送風景だった。席にはウメコどころか、人っ子ひとりいなかった。

――まさか、上階の運営フロアまで行ったんやろか!?――

 ワイナは、さすがにそこまで出向くのには躊躇(ためら)いがあった。もしウメコがそこにいて、騒動を起こしているとして、自分がウメコの同僚であるということが、ここの運営にわかってしまったら、自分までとばっちりを喰らうかも知れないからだ。スタジオでなら、まだ言い逃れはできる。事実さっきまで居たのだし、あのあと下で苦いコーヒーを飲んだあと、スタジオ見学してたのだと言えばいい。

 いつか開拓労民をやめ、自由労役のチャッターボックスで労務をしたいワイナは、ここで騒動に巻き込まれるのは避けたかった。しかもあのガセネタを書いたのは自分なのだ。もしこのことまで表沙汰になったら、いくらガセとはいえ、捕虫労の内幕をバラしたとして、連合や組合から目をつけられ、捕虫労の身分も危うくなる。――そないなったらどないしよ!?――

 けれどワイナにとって、人生で最も優先されるべきは、開拓前進でも捕虫補給でもなく、オモロいことだった。

 同僚のウメコがチャッターボックス社に、あのビトーにクレームをつけに怒鳴りこみに行った。こんな最高に面白い光景を見逃すなんて手があるだろうか。絶対に見るべきだ。この先コメディを作るうえで間違いなくいい素材(ネタ)として残るはずだ。どんなリスクをとったって、これは見るべき喜劇なのだ。ワイナは覚悟を決め、おそるおそる3階への階段を上がっていった。

勧笑懲悪(かんしょうちょうあく)

 これがワイナの、口先だけの標語(スローガン)以上に大切な行動基準(スタンダード)なのだ。

――笑いのためやったら、スカラボウル中の虫やて殺したるねん!――

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