第47話 テイルボクシング・2
文字数 4,501文字
ウメコは序盤、スピードで圧倒した。試合では許されないクラック値の高さで、優勢なうちにポイントを稼いでしまおうという腹積りなのだが、判定を下すトランストロンのシミュレーターは、ちゃんとクラック値の差も計算に入れて判定するよう設定されているから、結局有利といえるかどうかはわからない。けど、やり込めている、という手ごたえは感じる。それで勢いをつけて、あとは押し切ってしまえばいい。
テイルヘッドを吹っ飛ばしてノックアウトできれば最高だけれど、スパーリングでそれをやるのは褒められた行為じゃないし、寸止めでもトミコ相手じゃ難しい。だからポイント差がものを言う。判定はトミコの体力までは考慮しないから、やはりクラック値の優位は大きい。練習といえど、勝ちにこだわるウメコの辞書に、正々堂々という言葉はないのだ。
テイルヘッドの
「ギッコン!ギッコン!打つべし、打つべし!」ウメコは打撃連打のときにきまった掛け声を、快活と発した。
けして軽くないこのレバーを連続で引き続けるのは、それなりの筋力と体力を必要とするし、しかもクラックウォーカーを操縦しながらだから、たった3分3ラウンドだとて、結構しんどい。自動装置はあるけれど、操縦技術を競うのだから、ここは手動にきまっていた。
トミコは防御態勢で、小梅から繰り出される無鉄砲な尻尾を、黙々とかわし続けている。
クラック値の優位をあてにしたフットワークで、パンチならぬ尻尾を繰り出し続けたウメコは、早くも軽い疲れを感じはじめた。
競技の本格的練習は久しぶりだったし、小梅の操縦自体、ノルマ終わりに班ガレージでメンテをちょっとするくらいで、ここまでガッツリ操縦するのも、修理先の<ベロ>から受け取ったとき以来だった。
そんな言いわけがウメコの頭をよぎりそうになると、打ち消すように毒づいた。「ほらほらトミコ!どうしたよ、ただの飾りかよ、その尻尾!」
――どこが軽くだよ!油断させといて速攻かよ!――トミコは、ウメコの見えすいた挑発に乗るつもりはないけれど、あいかわらずの
ゲーム開始直後から、こんなふうに闇雲に打ち続けるウメコの戦法は、素人レベルの無謀なやり方だ。特にトミコのようなバグモタ格闘技の巧者が動じるはずがないと、わかっていながら、あえて仕掛けていった。
何かにつけて正攻法とは相性が悪いウメコにとって、無謀や邪道こそが、おのれの生きる手段なのだから仕方がない。我が道を行くしか前へ進めない女、それがウメコ・ハマーナットであった。
1ラウンドが終わり、両者のセコンドを兼任するケラコの<ケロロク>が
「せっかくのスパーリングなのに逃げ回ってたら練習になんないだろ」ウメコがイヤミを言った。
「は?こっちは付き合ってやってるだけだけど。練習には付き合ってもいいけどね、あんたのタコ戦法にはつきあってられん。こっちの調整の方が優先だからな!」
「そのケツ、タコでボコボコにしてやんよ!」
トラビの仮想リング上では、ラウンドマスコットのウサギが、ネクストラウンドを告げる旗をあげて回った。補給のためのインターバルが終わり、次のラウンド開始のゴングが鳴った。
続く2Rも、ウメコは<小梅>のクラック値の優位を利用したフットワークの速さで<トミー>に迫っていった。
トミコはテイルヘッドで応戦せず、<小梅>の動きに合わせ、立ち位置をほとんど変えず、片足を軸にした旋回運動をクリーパーホイールを使って、左右交互に小刻みに動き、またも防御に徹している。
狙いを定めているのだ。相手の尻尾が伸びた瞬間に、ガツンと腰殻をぶつけ、横から尻尾を撃ち込んで相手のテイルヘッドにぶつける、これはテイルボクシング、必勝パターンの一つだった。もしこれがスパーリングでなければ、
ウメコは当然それを警戒している。そうして自分も狙っていた。ただ闇雲にバコバコと打ち続けても、高得点の有効打とは見なされないし、一発で逆転されたら終わりだから。ただ闇雲にみえて、そこは5位入賞経験の実力者ウメコも、会心の一撃を打ちこむチャンスを、ひそかにうかがっていた。
しかしトミコは隙をみせない。ウメコの打撃を寸前にかわし、しかも攻めに転じるためのフットワークを、つねに用意しているような余裕があった。
とはいえトミコも一方的に打ち込まれるのは嫌なはずだ。このままいけば、シミュレーターの判定ポイントは少しづつでも取られていくのは確かだから、いまに焦って威嚇のパンチのひとつでも繰り出すはずと、ウメコは虎視
ウメコのしつこい挑発にも乗らず、<トミー>の尻尾は
――ならいいさ――こっちは会心の一撃なんて狙わずともいい。トミコに一発を狙う
お互いの腰殻が、ガチガチとぶつかった。これはスパーリングならではだ。むしろ公式試合では、ここまでぶつかり合わない。そんなのは
相手がトミコでなければ、いまごろ大量にポイントを加算しているところだろうが、たくみな操縦で尻尾をかわし続けるトミコの<トミー>の前に、ウメコはたいした手応えをまだ得られない。
一方的にやりこめ翻弄するつもりが、ウメコはさすがに疲れてきた。しかしここで動きを止めるわけにはいかない。ウメコが尻尾を繰り出し続けるあいだ、依然<トミー>の尻尾は沈黙し、力を温存し、虎視眈々と
ハンパな攻撃をするくらいなら動かない方がいい。そのためには少なくとも、このラウンドの半分以上は手数で圧倒しておく必要がある。でないと、トミコにならってダンマリ作戦するにも、今度は向こうが連打してくるはずだから、そしたらクラック値ハンデの調整で、結果、判定で負けるだろう。
「ギッコン!ギッコン!打つべし、打つべし、打つべし!」ウメコは腕が
小梅の失速に、なんの策もない、ただのスタミナ切れだと判断したトミコは、早速動きを加速させ、尻尾パンチの攻勢に入った。
「ほらほら、さっきの減らず口はどうしたと!?」さんざん耐えて
捕虫労バグモタ女子相撲チャンプのトミコの繰る<トミー>の攻撃は、搭乗者が後ろ向きで操縦してるとは思えない、狂いのない正確なものだった。
ウメコはこのラウンドを凌ぎ、あとは体力の回復を待って3Rで勝負を決するつもりでいたが、経験から、このままこのトミコのこんな適格なパンチが続けば、前半のポイントはすぐに追いつかれ逆転される怖れを抱きはじめた。
――やべえ――焦ったウメコの、防御態勢にある<小梅>のフットワークが乱れた。
そこでトミコは巧みなフェイントを使って、<小梅>の正面に回り込むことに成功した。
テイルボクシングでクラックウォーカーが相手の正面に回り込んだときに、そこはちょうど屈んだバグモタの頭部にあたるが、そこを打つのは反則である。しかし相手の正面をつけば、それだけでポイントは加算されるのだ。
テイルボクシングにおいて、頭部に相手の腰殻の尻を向けられる。これはポイント的には少ないが、屈辱的な失点だった。
「小梅旋回!」しまった!と面食らって、焦ったウメコは思わず声にした。
『うめこサン、ずるハ、イケマセン!』小梅が反応した。
バグモタ競技では、脳トロンマスコットにいっさい操作をまかせず全て手動でする。それがバグモタ士道というものだった。
<小梅>が旋回し続けても、<トミー>は先回りして、<小梅>の頭に尻を向け続けた。トミコは操縦しながら笑いが止まらない。あたふたするウメコをからかうような動きで翻弄してやるのも愉快だったが、ただそこに留まらず今度は側面をついて、尻尾を打ち続けた。
ウメコが、やっと<トミー>の尻尾に向き合ったときには、すでにだいぶ側面をくらったあとだった。それから幾秒もたたぬうちに、2ラウンド終了のゴングが鳴った。
3R終了のゴングが鳴ると、<テイルBOXカウンター>のジャッジによる判定結果がリング上のレフリーにもたらされた。
『ジャッジ、グスケン、112対118、青<トミー>。ジャッジ、マッツ、114対117、青<トミー>。ジャッジ、ワジム、110対117、青<トミー>!勝者、エクスクラム!!!ベアベリー、青<トミー号>!!!』
3人は、セグ8区捕虫労組合付近にある、自由労経営の
結果、ウメコのおごりになった。トミコには「切れ間」の件の口止め分もあって、計5食、トミコに賭けたケラコにも、2食分おごらなくてはならなかった。
帰りの支度をしながら、気分がよくなったトミコが言った。「お腹空いたし、先に食べてから稽古にしようよ」
「そうですね」ケラコが能天気に応えた。
ケラコはシード級だから、班ガレージに戻ってから、8班所有のシード級クラックウォーカー<バニー>に乗り換え、トミコは相手してやるつもりだった。
「食後のバグモタの激しい操縦はダメって教わったろ!」ウメコが忌々しく言った。「美味しいもん食っても、吐くよ!」