第45話 グーコちゃんとノンコちゃん・2
文字数 4,044文字
8区の
捕虫労組合のシンボルマークが映っていた画面に、進行係である組合広報の脳トロンマスコットの姿が現われた。「開拓前進旗に敬礼!」
「『開拓憲章』前文、暗唱!」
「われら、偉大なる先人の、開拓精神の申し子たる、スカラボウル開拓事業連合団は、母なる星から受け継ぎし大いなる自然を託すため、その後継と選ばれしこの星の造成、発展のために、ここに降り立った。
開拓精神とは、前途多難であるこの事業に気概と忍耐と前向きな心根で臨み、大いなる事業を担った、その誇りを持ち続けることにある。
開拓はまた、未整地たる自分の精神を広くなだらかに整え、耕さねばならない。いくら土壌豊かな土地といえども、荒れたままでは実りはない。
そのために、いかなる課題にも好奇心を持って挑み、与えられたノルマに感謝し、その成果に決して驕ることがあってはならない。
人類の平和と安寧のみを願い、事業の達成を自らの喜びとし、それらを希望の糧とできる者、その精神の労苦をいとわぬ者だけが、誇り高き開拓労民となる。
そして地球人類の利益のため、あらゆる労役を惜しまず、尽力し、その共通の目的のため、企業を超えて連帯し協力することで、この事業は完成する。
われらは次の覚悟をした。
一、種を蒔くべく来たる、次世代の子供たちのための、われらの両手はツルハシであり熊手である。地に倒れるときがきても、この身は岩を砕き、土となる覚悟をもつ。
一、実りを刈り入れるべく来たる、次世代の子供たちのための、われらの両手は
一、新天地へ旅をする次世代の子供たちであったわれらを送り出すために、その身を犠牲に燃やした先人たちの両手が、われらの両手である。火が絶えるときが来ようとも、この身を燃やし、灰となる覚悟をもつ。
われらは、この開拓精神の火を燃やし続け、いかなる障壁が立ちはだかろうとも、たゆまず前進することを、ここに宣誓し、宣言する」
「続いて『開拓前進歌』1番、斉唱!」
「神もいない荒野に
使命を背負い降り立った
われら誇り高き労民
羅針盤の針を矢と変えて
突き進む宿命を喜べ
フラー!フラー!開拓なくして自由はなし
フラー!フラー!前進なくして平和は来ない
勝利と栄光は絶壁の向こうに
スカラボウルの陽は 切り拓きし大地から昇る」
「続いて『バグモーティヴ賛歌』1番、斉唱!」
「偉大なる力は、プロメテウスの火が燃え尽きたあとに生まれた
神々の拳よりも熱く
神々の心臓よりも厚い
われらに永遠の躍動を約束した
バグモーティヴの轟音こそ、われらが鼓動
バグモーティヴの振動こそ、われらが歓喜
バグモーティヴもて迎えよ、その獲得の日を
道なき道を先導する
バグモーティヴの残した轍こそ、人類の未来に続く進路」
「続いて、捕虫労組合、アンミッツ組合総長からの訓示」
濃紺の捕虫労ツナギに身を包み、敬礼し、もう一方の腕の脇でトラメットを抱えた女史の姿が映った。画面からはわからないが、会ったことのある捕虫労民なら知っている、この像は、かなり若く補正してある姿だった。
「みなさん、おはようございます。今日は速裂度が平均的に高いですが、前線捕虫要員たるもの、破裂など怖れてはなりません。常に前進の姿勢を忘れないよう。スカラボウルの開拓はもちろん、われわれの日々の高度な生活操業の1分1秒でさえ、あなた達、捕虫要員の双肩にかかっているという自負を持ち、心してノルマに向かうように。私からは以上です」
「続いて、8区捕虫労組合、タイノアラーニ組合長からの訓示」
同じく濃紺の捕虫労ツナギの女史の姿に変わった。同じく敬礼し、こちらは書類を手にしていた。画像補正はされていない、捕虫労組合にいれば、よく見る顔であった。
「おはようございます。今日はこのあとトラーネ様からのおはなしがあるそうなので、労務連絡のみで。今週の標語は「虫とりは、下手な手出しは命取り、ただの捕虫じゃ盗みどり、補給してこそ勝ち誇り」になります。各班ごとに唱和お願いします。あとは各班長にも申し渡してありますが、バグモタ用スプレーの使用済み空き缶の放置が多いということ、各所から報告が届いています。捕虫の際中に捨てるなとも、いちいち拾えとも、言っているわけではありません。移動中でも、見つけたらでいいので、できるときは各自回収するよう徹底するように、以上」
「続いて、各区月当番、ウィキッド・ビューグルによるロームルームです」
「7区8区9区の捕虫要員のみなさんへ、月当番トラーネ様のおでましです」
トラビには、トランペットに乗った魔女、ウィキッドビューグル<トラーネ>が現われた。
「はい、皆さん、きをつけー。礼。7区、8区、9区の虫捕り
虫霧濃度の高い日が続く最近ですが、それは虫が多いということですから、けして不便などと思わず、成果の出やすい好機だと考えて、みなさん前向きに、行きましょうね。
義務労1年のオトモロダチも、そろそろ労務に慣れてきた頃でしょう。だからといって、気をゆるめたらいけませんよ。先輩のオトモロダチの忠告によく耳を傾け、一所懸命、励みましょう。志願労や権利労のオトモロダチも、後輩の、よき手助けをして、なおかつ、自分の成果はおろそかにならないよう、がんばりましょうね。
今日は、おはなしをしましょう。みなさんもだーい好きな「虫さがしの少女」です。
『それは、寒い寒い虫切れの日でした。女の子は虫を捕まえるため、あみを持って毎日探しまわっていました。この土地では、すっかり虫が絶えて、長いあいだ虫切れの日が続いていたので、女の子はいつも苦労して、一匹の虫を捕まえるのが精いっぱいでした。
その日はとくに虫の見当たらない日で、凍りつくような寒さにふるえながら、女の子は、必死に虫を探して歩き続けていました。
そして、ついに一匹の虫をみつけ捕まえることができました。けれど辺りを見まわしますと、そこはいままで来たことも見たこともない所でした。夢中になって虫を探しているうちに、いつしか女の子は、町からも集落からも遠く離れて来てしまったのです。
虫さえ届ければ、それでお腹いっぱい食べられますから、つかれも忘れ、女の子は帰り道を急ぎました。けれどあまりに遠く離れてしまったせいか、どこかで道をまちがえて、迷い子になってしまいました。
女の子は、それでも歩き続けましたが、つかれはて、ついに足は止まってしまいます。なんとか足は休めましたが、今度は空腹と寒さのために、そこを動けなくなってしまいました。
凍え死にそうになった女の子は、仕方なく捕まえた虫を燃やしました。
すると女の子はまるで、あたたかい暖炉の前にでもいるような心地になりました。それから次には目の前にあたたかいご馳走が並べられました。そして、大好きだったおばあさんの姿がみえました。
あたたかい暖炉の火よりも、おいしいご馳走よりも、女の子は大好きだったやさしいおばあさんに会いたい、と願いました。
すると、おばあさんはラッパに乗って、女の子の目の前にあらわれたのです。そして女の子は、おばあさんと一緒にそのラッパに乗って、天国へと旅立っていきました。
枯れ果てた荒野では、風が、倒れた女の子を土に変えていきました。やがて春が来て、そこにきれいな花が咲いたということです。おしまい』
さあ、みなさん、どうですか?いいわねーみなさんの周りには、たーくさん虫がいて。いいですか、虫がいることがどれだけ幸せか、このお話から、よーく考えなければいけませんよ。それから女の子のひたむきな心も忘れてはいけませんよね。今日はそういうおはなし「虫さがしの少女」でした。
では、各区、各班は、仲良く、虫捕りに励み、もめ事の無いよう、虫のことでケンカなんてしないよう、でも競い合って頑張るように!
きょうも一日、グーコでいましょう!Be a good conformer!」
――はあぁ、やっと終わった――ウメコによらず、皆、訓示のあとの「ロームルーム」と呼ばれる、ウィキッドビューグルによるこの時間が大の苦手であった。特にきょうのおはなし「虫さがしの少女」は、労児のころから繰り返し聞かされた、すべての捕虫要員にとって強迫観念のようにのしかかった「おはなし」である。
これなら、怖い組合総長の訓示が長くなる方がまだマシだ。意識せずとも自然に神妙な姿勢になるから。あの「おはなし」で脱力せずに、厳粛な態度で真面目な顔を維持することが、一斉朝礼でもっとも苦痛だった。
さっき小梅の腰殻を見上げて眉をしかめていたトミコに、ノルマ後、テイルボクシングのスパーリング相手を頼んだ。バグモタの技を競い合う大会の区の予選が近づいていた。ここで成績を残せば、昇進への近道なのだ。
「というわけでノルマ、今日もこっちはさっさと終わらすよ。あんたもさ、さっさと頼むよ」
トミコは自身の搭乗機であるエクスクラム!!!のベアベリー<テディⅩ>の捕虫労モデル、<トミー>号に乗り込みながら、「余裕だよ」と言ってハッチを閉めた。
班員のバグモタが出払ってからでないと大掃除ができないウメコは、イーマと共に全員のバグモタが発進していくのを、