第15話 脱兎の如く

文字数 2,323文字


『非常時こんとろーる作動シマス!』

 バグモーティヴ・クラックウォーカーの機体がなんらかのアクシデントに見舞われ、操縦者による制御が不可能と判断されたときに、トランストロン・コンピューターが優先的に機体を制御させるシステムが発動した。

 小梅は腹ばいに倒れた機体を仰向けにもっていって、敵対的行為を繰り返し当機を破壊に導こうと迫りくる機体に備えるべく、起き上がる動作に移ろうとした。が、その途端に倒されたら今度は致命的な損害だと判断したウメコは、咄嗟にそれを遮って非常時システムを解除し、小梅のコントロールを操縦主たる自分に戻すと、仰向けのままで、左腕のスピッターを頭の先の虫霧の方へ向けて射出するボタンを押した。

「しまった!」ウメコはモニターに示されたマークに気づいた。スピッターの第一ソケットに差し込まれていたはずのバグラブのスプレー缶は、倒れた拍子に外れていた!すぐに第二ソケットからの射出に切り替え放つが、バグラブに釣られた虫を敵に向けるより先に、間近にきた敵バグモタの足でスピッターを腕ごと蹴飛ばされてしまった。

 バグラブの誘引に釣られ一目散にやって来た虫どもは、切れ間の中、急に途切れた誘いの手を探してあわてふためき、消えたとわかって、やがてバラけていった。

「さっさと出て来い!」スピーカーから、外労バグモタ乗りの男の声が小梅の胴体をガシンガシン蹴りつけながら脅迫してきた。「こっちはバグモタさえ手に入ればそれでいいんだ!」

「ふざけんな!」ウメコは外労バグモタが足で踏みつけにかかってきた左腕を跳ね返そうと、掌握(マニピュレート)(グラブ)を握る手に力をこめ抵抗を試みるが虚しく、ギィギィ関節を(きし)らせ、やり込められていることよりも、クラック力最大値のはずの小梅の力を充分発揮できないことにもどかしく、歯噛みした。

「小梅!もっと力出せるだろ!」

『最大値出テルヨ!』

 外労バグモタは小梅の左腕のスピッターを蹴りあげ、腕から引き剝がすと、再びコクピットを震わすほどの胴体への小刻みな蹴飛ばしにかかった。

「小梅!」切羽詰まった中で、ウメコは何かが閃いた。「こっからテイルヘッドの勢いでパンチできないかな?!右腕はダメか?」

小梅に内臓されたトランストロン・コンピューターがその可能性をあらゆる角度から計算し、瞬時に解答を出した。『右腕・・コノ動キニ支障ハナシ。タダ、アタッテモだめーじはアタエラレマセンシ、コノママノ向キデハ空振リシマス』

「じゃあオナラを同時に出したら?」

『虫ヲ使イ果タシマスガ、うめこノ腕次第デ倒セルカモ』

 クラック弾によって破壊されたバグパックから、背中の網の虫はとうに逃げ出していた。

「よし、その一発に賭けるか!」

 ウメコの言うオナラとは、主にクリーパーホイールでの走行時に、クラックウォーカーの腰殻のお尻の部分に開いたパンダ目状のバーニアから出す噴射のことだった。

「おい!」外労バグモタが再度脅迫してきた。「おとなしく出てこないなら、頭吹っ飛ばすぞ!どうせこっちは脳トロンなんか外すんだ!」

『うめこサン!無茶シナイデ、バグモタナラマタ配給サレマス!』

「バカ言うんじゃないよ!減点と降格で配給ポイント減給されたままだってのに!」

 頭部に内臓されたトランストロンを破壊されたら小梅は終わりだから必死なのだ。

 ウメコは敵の機体の動きを、視界に頼るより身体に伝わってくる振動から読みとって計り、バーニアの噴射とテイルヘッドを撃ち込むタイミングを待った。バーニアの噴射角度は小梅に調整を任せられる。あとはこちらの腕の見せ所。テイルヘッドを繰り出すタイミングを間違えたら、思わぬ角度にのけ反り空振りしてしまうだろうし、肝心なのは、起き上がったと同時に小梅のボディを旋回させ右フックを喰らわせること。さらに上腕に備えられた、やはりクラックウォーカーを立ち上がらせる際の補助システムであるロケットパンチ機構も発動させれば、より強力になるはずだ。それしかこの窮地を脱するほどのダメージを与えることはできない、そしてこの動きはウメコの操縦技術にかかっているのだ。さっき高クラック虫を補給したことでバッテリーに貯めこんだエネルギーは、今度こそ最大値で残らず放出されるだろう。
  
 ウメコはフーッと息を吐き、敵の打撃による振動と雑音の中で、じっと精神を集中させた・・・。

「いまだ、ウサギの最後っ屁!!

 小梅のお尻の通称パンダ目バーニアから、爆発的な噴射が地面に投げつけられ、さらに尻尾のようなテイルヘッドが硬い土を叩き、その勢いで小梅の上体が起き上がろうとしたその瞬間、保安労のバグモタの接近を告げる通知が小梅のモニターに表示されるが、ウメコの集中する耳目には届かない。同時に外労バグモタは、独自のレーダー網により、その接近を察知したために、機体を後ろ向きに動かした。それによって、バーニアの噴射の勢いで起き上がり、旋回させた胴体から繰り出された小梅の右腕の強烈なフックは、敵にかすりもせずに虚しく空をきってすり抜けてしまった。

 小梅は繰り出したパンチの空振りで、自ら機体を激しく地面に叩き落とした。コクピットのウメコは、これ以上ない衝撃に、目の中に沢山の星が瞬いた。「・・・かわされた・・・?」

 クラクラする頭で、ウメコはまだ敵が機体を動かした原因に気づいてない。直後に、大きな振動と音がすぐそばで起こったが、小梅自身の落下の衝撃のあとでは、露と塵が落ちたようなものだった。ウメコは目の中の星を追い出し、いそいで頭をはっきりさせた。

 そばで起きた振動のみなもとは、駆けつけた保安労のバグモタが放った、強力なクラック弾の直撃を受け、あっけなく倒された外労バグモタだった。

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