第40話 ウメコとワイナのコンポジション・6 いちゃもんレモン
文字数 2,315文字
6)いちゃもんレモン
喫茶コーナーで奮発したウメコは、今度の定期輸送便で入荷したばかりの豆で煎られたコーヒーに、固形ミルクを溶かして泡立てたものを注文しながら、壁に埋め込まれたスピーカーから漏れてきた音楽に早くも釣られた。
大好きな前世紀のポップミュージックがくぐもった音で流れていた。
階上にあるチャッターボックス社運営のラジオ波配信局<チャットフリー・スカラボウル>のスタジオの観覧席で、音楽を聴きながらコーヒーを飲むのだ。
捕虫ノルマの普段なら、まだいま時分は<小梅>のコクピットの中で、どちらかというとウメコは、<ラジオフリー・アンダーネッツ>の方を好んで聴いている方が多かったが、ちょうど疲れた神経を音楽で癒しながら、捕虫の成果に一喜一憂の帰り道だろう。
スタジオのある2階まで上がったウメコは、ひとっこ一人いない30席ほどある観覧の最後尾のイスに座って、すでに渋い土俗の民謡みたいな音楽に変わってしまったけれど、ダルなメロディがコーヒーの苦さに絶妙にマッチしているとフウムとうなずき、ベークライトのカップから立ち昇る湯気を嗅ぎながら、眠気を転がすように耳をかたむけ、新入荷のコーヒーをゆっくりと味わった。
ウメコの怒声を期待して、じっと壁に耳をあて、こっそり室内の物音にきき耳を立てていたワイナは、依然として文句の一つも聞こえてこないのにしびれを切らすと、ついにドアを開けて中の様子を盗み見ようという、軽はずみに出た。
自由労の居住設計には、認証システムというセキュリティ概念や選別思想はなかった。ノックさえすれば、誰でも出入りできるのだ。
ドアノブを静かに回して、少しだけ隙間を開け、とりあえず様子をうかがってみようとした。ざっくりした目論見で抜き足差し足でドアに近づいたとき、突然、ドアは向こうから開き、ワイナの額と鼻をしたたか打った。「いたっ!」
「おっ失礼!」ドアを開けた男があわてて言った。「あれ、あんたさっきの、憂神紅 か!まだなにか用か?」さっきワイナの台本をメッタメタにダメ出しした、自由労放送のケッタ・シミドフだった。
「い、いた・・・クレーマーや・・・」ワイナは唐突に襲われた痛みに、顔面をおさえながらあたふた言った。
「クレーマー?なんだ文句言いに来たのか!?いくらそっちが連合労民だって、聞けないな。ダメなものはダメなんだよ。大丈夫か、おい」
「いや、ウチとちゃいます、まだ来てはりませんか?」
「誰が来るって?これ以上邪魔しないでもらえるか、まったく。キミが深夜の常連メール労民だから時間とってやったけどね、こっちだって忙しいんだぜ、自由労民をバカにしてもらっちゃ困るよ」
「ムッチャ怒ってはりますよ!」
「はあ!?誰が?なんに怒ってるって!?ウチの放送のクレームかよ!連合労民だからって、こっちは簡単に折れんぞ!どいつだよ!」
「まだ下に・・・」
「まったく、自由労だからって、無軌道じゃないんだ。合法でやってるんだよ、いち連合労民にとやかく言われる覚えはないんだがな・・・なんでもかんでも配給でどうにかできる商売じゃねえんだよ。クレームの権利も配給であるってか?フン、しょうがねえな、さっさと呼んで来いよ」
「はあ、なんやて、そっちこそ連合労民なめとるんか!」
「ほら、これだ、自由労と見るとすぐに上からくる。連合労民だからってえばりくさりやがって。いいから連れて来なよ、聞いてやるから、捕虫労か」
「ここや、ここにおるわ!えばりくさってんのどっちやねん!そっちやろ!そっちやて上からきとるやんけ!ほな自由労は偉いんか!?連合労民の苦労も知らんと好き勝手言いやがってボケ!」
「なんだ?このヤロー、捕虫労風情に言われたくねえな。こっちは元技術だよ。オマエなんかより長く権利労やってんだよ」
「クビになったんやろ!」
「辞めたんだ、こっちから!この前線要員が!死ぬまで虫捕りしてろ!」
「なにが自由労の苦労や!連合より楽や思て逃げたんちゃうんか!?」
「楽だと思うなら、来たらいいだろ。自由労になりたいんだろ?来いよ!教えてやるよ、こっちのやりかたをな」
「なんや、やりかたて!?」
「笑いが好きなんだろうが、自由労の笑いだよ!」
「誰が教えんねん!お前なんか笑いのセンスないわ、アホ!」
「だからよ、そっちの配給笑いとこっちの笑いは違うって言っただろ!お前なんかに自由労のセンスはわかんねえだろ。大体な、メールで読まれたくらいで調子乗るな、バカヤロー!」
「自由労のセンスちゃうわ、オマエがセンスないんじゃ、ボケ!ビトーの虫フンのくせに調子に乗っとるのオマエやろ!」
「なんだこのガキ。まあいいよ。じゃあ教えてやるけどな、メール採用にはな、連合枠ってのがあるんだよ。こっちは連合に許可もらってやってるからな、一定数の連合労民の声を紹介してな、連合に対しウチに偏りがないことアピールする必要があるんだ。自由労以外でウチにメール寄こすモノ好きなんか少ないからな、当然あんたのメール採用率はあがるわけだ。特にウチの番組なんかに送ってくる不適合 者はあんたくらいだから、つまんなくても大概読まれることになってんだよ。だからこれも連合からの間接的な配給ってワケだ。わかった?お嬢さん」
――連合枠!?なんやそれ!――。ワイナは言葉を失った。
「いいか、なんでもかんでも独占できると思うなよ!覚えとけよ、虫は平等に破裂するけどな、笑いと拍手は平等には破裂しねえんだよ。ましてや配給じゃ頂けないからな、フツーはな。だからこれだけは独占するんだ、自由労 がな。配給でとれるもんならとってみやがれ!」
ワイナの眼前でドアは無情な音をたてて閉められた。
喫茶コーナーで奮発したウメコは、今度の定期輸送便で入荷したばかりの豆で煎られたコーヒーに、固形ミルクを溶かして泡立てたものを注文しながら、壁に埋め込まれたスピーカーから漏れてきた音楽に早くも釣られた。
大好きな前世紀のポップミュージックがくぐもった音で流れていた。
階上にあるチャッターボックス社運営のラジオ波配信局<チャットフリー・スカラボウル>のスタジオの観覧席で、音楽を聴きながらコーヒーを飲むのだ。
捕虫ノルマの普段なら、まだいま時分は<小梅>のコクピットの中で、どちらかというとウメコは、<ラジオフリー・アンダーネッツ>の方を好んで聴いている方が多かったが、ちょうど疲れた神経を音楽で癒しながら、捕虫の成果に一喜一憂の帰り道だろう。
スタジオのある2階まで上がったウメコは、ひとっこ一人いない30席ほどある観覧の最後尾のイスに座って、すでに渋い土俗の民謡みたいな音楽に変わってしまったけれど、ダルなメロディがコーヒーの苦さに絶妙にマッチしているとフウムとうなずき、ベークライトのカップから立ち昇る湯気を嗅ぎながら、眠気を転がすように耳をかたむけ、新入荷のコーヒーをゆっくりと味わった。
ウメコの怒声を期待して、じっと壁に耳をあて、こっそり室内の物音にきき耳を立てていたワイナは、依然として文句の一つも聞こえてこないのにしびれを切らすと、ついにドアを開けて中の様子を盗み見ようという、軽はずみに出た。
自由労の居住設計には、認証システムというセキュリティ概念や選別思想はなかった。ノックさえすれば、誰でも出入りできるのだ。
ドアノブを静かに回して、少しだけ隙間を開け、とりあえず様子をうかがってみようとした。ざっくりした目論見で抜き足差し足でドアに近づいたとき、突然、ドアは向こうから開き、ワイナの額と鼻をしたたか打った。「いたっ!」
「おっ失礼!」ドアを開けた男があわてて言った。「あれ、あんたさっきの、
「い、いた・・・クレーマーや・・・」ワイナは唐突に襲われた痛みに、顔面をおさえながらあたふた言った。
「クレーマー?なんだ文句言いに来たのか!?いくらそっちが連合労民だって、聞けないな。ダメなものはダメなんだよ。大丈夫か、おい」
「いや、ウチとちゃいます、まだ来てはりませんか?」
「誰が来るって?これ以上邪魔しないでもらえるか、まったく。キミが深夜の常連メール労民だから時間とってやったけどね、こっちだって忙しいんだぜ、自由労民をバカにしてもらっちゃ困るよ」
「ムッチャ怒ってはりますよ!」
「はあ!?誰が?なんに怒ってるって!?ウチの放送のクレームかよ!連合労民だからって、こっちは簡単に折れんぞ!どいつだよ!」
「まだ下に・・・」
「まったく、自由労だからって、無軌道じゃないんだ。合法でやってるんだよ、いち連合労民にとやかく言われる覚えはないんだがな・・・なんでもかんでも配給でどうにかできる商売じゃねえんだよ。クレームの権利も配給であるってか?フン、しょうがねえな、さっさと呼んで来いよ」
「はあ、なんやて、そっちこそ連合労民なめとるんか!」
「ほら、これだ、自由労と見るとすぐに上からくる。連合労民だからってえばりくさりやがって。いいから連れて来なよ、聞いてやるから、捕虫労か」
「ここや、ここにおるわ!えばりくさってんのどっちやねん!そっちやろ!そっちやて上からきとるやんけ!ほな自由労は偉いんか!?連合労民の苦労も知らんと好き勝手言いやがってボケ!」
「なんだ?このヤロー、捕虫労風情に言われたくねえな。こっちは元技術だよ。オマエなんかより長く権利労やってんだよ」
「クビになったんやろ!」
「辞めたんだ、こっちから!この前線要員が!死ぬまで虫捕りしてろ!」
「なにが自由労の苦労や!連合より楽や思て逃げたんちゃうんか!?」
「楽だと思うなら、来たらいいだろ。自由労になりたいんだろ?来いよ!教えてやるよ、こっちのやりかたをな」
「なんや、やりかたて!?」
「笑いが好きなんだろうが、自由労の笑いだよ!」
「誰が教えんねん!お前なんか笑いのセンスないわ、アホ!」
「だからよ、そっちの配給笑いとこっちの笑いは違うって言っただろ!お前なんかに自由労のセンスはわかんねえだろ。大体な、メールで読まれたくらいで調子乗るな、バカヤロー!」
「自由労のセンスちゃうわ、オマエがセンスないんじゃ、ボケ!ビトーの虫フンのくせに調子に乗っとるのオマエやろ!」
「なんだこのガキ。まあいいよ。じゃあ教えてやるけどな、メール採用にはな、連合枠ってのがあるんだよ。こっちは連合に許可もらってやってるからな、一定数の連合労民の声を紹介してな、連合に対しウチに偏りがないことアピールする必要があるんだ。自由労以外でウチにメール寄こすモノ好きなんか少ないからな、当然あんたのメール採用率はあがるわけだ。特にウチの番組なんかに送ってくる
――連合枠!?なんやそれ!――。ワイナは言葉を失った。
「いいか、なんでもかんでも独占できると思うなよ!覚えとけよ、虫は平等に破裂するけどな、笑いと拍手は平等には破裂しねえんだよ。ましてや配給じゃ頂けないからな、フツーはな。だからこれだけは独占するんだ、
ワイナの眼前でドアは無情な音をたてて閉められた。