第50話 カスリの新たな境遇

文字数 4,585文字

 ウメコが古式捕虫術<ニ天麩羅(にてんぷら)流>の存在を知ったのは、ひょんな切っかけだった。

 話は<レモンドロップスiii>結成前。<レモネッツ!!!>解体後の謹慎期間中まで遡る。

 レモネッツ!!!の班員だったカスリ・モナカが、8班集落の居住ユニットを引き払って、しばらくたち、労民宿所を転々としたのち、やっと新たな定住先に落ち着いた。その連絡をもらったウメコは、謹慎中の暇つぶしと興味本位で、自由労ショップで買った飴玉缶を手土産に、カスリを尋ねに行った。

 イーマが班を再編させるのに動いているらしいという極秘情報も、こっそり知らせてやるつもりだった。それで、捕虫労をやめると言って集落から立ち去ったカスリが心変わりするとは、ウメコも思わなかったけれど、一応耳に入れておいてやりたかった。

 カスリの新たな宿所は、第4円周道路に近い、旧式ユニットルームをいくつも集めた最前線居住区の中の一画にあった。ここは、いくつものユニットルームが、一つのバグモーティヴエンジンを共有して囲むように置かれている、よくある形式の労民集落で、捕虫圏に残留したままの退役連合労民とか、公認自由労などが多く住んでいるところだった。ウメコは久々に<小梅>の足を延ばして1時間近くかけて走ってきた。   

 周辺まで来るとカスリの家のシグナルが見つからなくて、着いたことを告げて、どこだか詳しい在所を訊いた。トラビはつながった。

『外観は前と変わらんから、見たらすぐわかるわ』トランスヴィジョン上の合成景色のカスリの家の姿は、レトロポップ調のサイコロを並べたような形をしていた。(さい)の目のひとつが#になっている。これはカスリのマークである。この外観は8班集落にいたときのままだった。『いま開ける』

 2(ユニット)(バグロック)(キッチン)のこじんまりとした宿所だった。トラビ上の外観は以前と同じでも、実際の規模は小さくなっていた。

 8班集落だって、みんな最低3つのユニットをつなげていたし、ウメコのウチだって除虫(バグロック)スペースのユニットは、スクーターを置けるくらいの広さがある。でもここは最小のタイプ。スペースというよりボックス型。いま入ったこの部屋と、もうひとつは、開拓労民なじみのカプセルベッドユニットが、それも懐かしい旧式のものが繋げてあったけれど、これは、元々のカスリの持ちユニットだった。でもトラビはキレイに取り外されている。もうトラビの端末はトラメットしか無いという。

 カスリは、まだ捕虫労組合のTシャツを着て、労民ツナギではない対虫スーツの上を脱いで腰でくくっていた。ミディアム長さのボブの髪は、少し伸ばした感じに見えた。

 きっと古い防音システムのためと、この辺りの速烈度の高さもあってか、部屋は、虫の破裂音と外壁に直にぶつかって爆ぜる虫音が、小さく、くぐもってはいるものの、パチパチと始終静けさを突いてきた。ノルマ中の休憩に使う、スポット小屋よりはマシといった感じだった。

「実はさ・・・」ウメコは手土産を渡して、カスリの部屋の印象を率直に述べたあと、早速、8班再編の話を切り出した。「・・・といっても、まだまだ先になるらしいけど」

「ウチはええわ。もう連合労民もやめよ思うてんねん」カスリはいつもの屈託ない様子で応えた。「ウィキッドビューグルにも止められへんかった。話とちゃうな」

 連合労民をやめようとすると、ウィキッドビューグルが優しく慰留を持ちかけるとか、鷲鼻(わしばな)の婆さん魔女に顔を変えて、恫喝気味に残留をせまるとかいう噂が、捕虫労女子の間でも、しばしば口にのぼった。

「元気でね、やって。いけずやろ」

 カスリはあらゆることに頓着しない性格(たち)だったから、こんな応えを聞いても、ウメコはあまり意外な感じがしなかった。フーンと妙に納得してしまった。

「ミッド地区からも遠いし、ここじゃいろいろ不便じゃないの」

「しゃあないわ。個別ユニット希望やし。あっちの方で安いの、くっついて寄り集まった合同ユニット部屋しかないねん」

 中心部に近いほど、虫も、虫の破裂も少なくなるのだから、居住ポイントは高くつく。まして捕虫労をやめてしまえば、尚更だった。

「それで、どうすんのさ。自由労も甘かないぞ」

「これや。知らんやろウメコはん。結構あるんやで」カスリは、配給品を返し、所持品をほとんど売り払って買った、ガラクタの寄せ集めのようなトランストロンコンピューター端末の、机の上に置いたディスプレイを、ウメコに見せに向けた。

 画面は、捕虫依頼、高クラック虫買取の掲示板だった。

『セグメント1区/要至急!/速裂度問わず/クラック値75v以上/L型網ポッド/3時間以内で3000ポイント進呈/1時間以内に納虫、又は80v以上の虫ならさらに2000ポイント進呈!/届先Seg1/16℃/20Km地点にて』

『セグメント4区/要至急!/速裂度問わず/クラック値65v以上/網指定無し但し大網/報酬3000ポイント/2時間以内納虫なら+2割/届け先Seg4/93℃/18Km付近にて/移動あり』等々。

「モチロン圏外でやで」カスリは、ウメコの怪訝にくぐもった表情を読みとって、不審の言葉を向けられるより先に言った。

 原則として、捕虫圏内において捕虫労以外、手持ちの捕虫喇叭(ビューグル)を使った、能動的捕虫行為、及び、補給行為は違法だ。圏内では、開拓労民捕虫労以外による虫捕りは、固定捕虫喇叭(ビューグル)による受動捕虫しか認められていないのだ。

「なるほど」いい労務だな、これがノルマなら随分と割がいい、とウメコは一瞬思ったけど、捕虫圏外のトランスネットも整備されてないエリアでの捕虫は、そんなに簡単なものではない。圏内でさえ、トランスネットから捕虫労組合にもたらされる虫発生予側と、自由労報言で流される予報とでは、その精度には雲泥の差があって、ジャンクハーバー辺りで手に入る、違法スレスレのレーダーを使ったところで、発見するのでさえ難しい。それでも運よく見つけ、なんとか追いつき、それでいざ捕虫となっても、マッピングはおろか、整地もままならない土地での捕虫となれば、たとえバグモタ操縦技術や捕虫技術がいくら優れていたって、かなり困難なはずだ。

 おまけに圏外の、速烈度の高い、すぐに破裂する虫ばかりの地域、そしてアウトネッツの不法民どもの集まる区域ときては、依頼の高クラック虫の捕虫など、手練れのバグモタ乗りでさえ相当きびしいだろう。

 これは主に、アウトネッツの<バグハンター>と呼ばれる連中が、不法にトランスネットを傍受して圏内(・・)でこなす捕虫のための、依頼掲示板だ。

 表向きは「速裂度問わず」なんて書いて、いかにも圏外で捕ることを前提に装っているけれど、実際これは圏内(・・)で非合法に捕虫して報酬を得ている、あくどい奪虫犯どもに向けたものなのだ。

 捕虫要員(バグラー)には、覗くことさえ(はばか)られるような掲示板である。

「わかってんだよね?この依頼で報酬もらってんの、外労連の奴らだよ」

「だからウチは圏外でしか捕らへんよ。それならええんやろ」 

「そんな簡単にとれないだろ!だいち圏外の虫じゃ速裂度(tmp)高くて補給までもたないよ、途中で破裂するのがオチだよ」

「それをもたせるのも捕虫労の腕のうちやろ。渡すまででええんやから。あとは知らん」カスリは画面上の捕虫依頼のリストをスクロールするのに掛かりきりだ。

「依頼人だって怪しいし。とった虫が外労連の悪さのために使われるかも知れないよ」

「やったら速烈度(テンパー)高い虫つかませてポイント踏んだくったら、連合のためにもなるんとちゃう?」カスリは少しムッとして振り返った。いつもこうと決めたら引かないのだった。「時限爆弾みたいなもんなんやから」

「で、うまくいってんの?」

「それはまだやけど」あっけらかんに言った。「無駄足が高くつく虫やねん。でも成功したら大きいやろ」

「だけどさ・・・」ウメコも閉口する。

「ティンカーズセンスが問われんねん。自分の虫運だけで生きるんやで」カスリは期待で胸が満たされたみたいに宙を仰ぎ見た。

「それができたらね」この捕虫の難しさより、開拓労の身分を捨て、自由労として生活することの困難さの方をウメコは危惧した。

「ウメコはんも向いてると思うねんけどな。捕虫には自信持っとるんやろ?楽しいと思わへん?」

「けどトラビなしには無謀だよ。労民専用のトランスネットセンサーも使えないんじゃね。自由労が得られる情報なんて、たかが知れてるだろ」ウメコは、机上の寄せ集め端末を一瞥した。「ケッタイなシステムだな」

「知らんやろ、いろいろ傍受できんねん」カスリに屈託はない。「だけどトランスネットは盗まへんよ。アウトネッツの情報なら問題ないやろ」

「だけどその情報も元を正せば、連合からなわけでしょ。非合法だよ」

「やったら、最初にそっち取り締まらなアカンな」不機嫌に言った。

 確かにそうだけど、どこか間違っている、と感じていながらウメコはグーの音も出ない。

「ウチかてまだ連合労民やしな。それでアンチネッツから報酬ふんだくるんやから、ええやないの」

 ウメコは頭の中をひねった。なんだか、うまく言いくるめられているような気がした。ものは言いようである。

「穴場があんねん、最前線のさらに先や。土建労が地ならし真っ最中のな」カスリは思い出したように言った。「そこな、外労連もよう近づかんで。土建労のおっちゃんらムッチャ怖いからな。治安労より怖いんやで」

「なら準捕虫区じゃん、そこ。一応トランスネット下でしょ」

「捕るのは、最前線の向こうやで。未開拓地や。圏外やって。その先ならアンテナまだないねんて」

「圏外・・・?」

「それにな」カスリは声を落とした。「ウチも最近知ったんやけど、連合からの依頼もあるんやで」

「まさか!」

「ほんまよ。せやから、心配いらんねん」

「待って、それトラップだろ!無法バグハンターをとっ捕まえるための!」

「ちゃうの!確かな情報や、これは」カスリはスクロールする手を止めた。新着メッセージが届いたところで見つけたらしい。「ほら、きたで」

『セグメント8区/要至急!/速裂度不問/3時間以内/高クラック虫/65v以上/1500p進呈/70v以上でポイント3割増/網ポッドM/届先Seg8/227℃/30Km付近』

「近いし。ちょうどええ!これなら行けそやな」カスリは立ち上がった。「一緒に捕りに行かへん?ヒマなんやろ」

「無理だよ」ウメコはどこか残念そうに言った。「せっかく復帰の話があるのに、違法じゃなくても、組合がいい顔しないよ。だいち班長に怒られるわ。今度発足する班に入れてもらえなくなったらやだもん。それに<小梅>はトランスネットに繋がってるし」

「圏外やで!?謹慎期間中だって、いつでも始動できるようメンテも支度もしとかなあかんのやろ。そのためのアイドリング運転やったら、組合も推奨してくれはるわ」

 その通りだった。そのほうが、暇をもてあましてるより、はるかに開拓精神に則った行動かもしれない。謹慎の意味さえ棚上げしてしまえばだけれど。「網もラッパも持ってきてないし」

「大丈夫やて、ポッド網あるしな。ラッパもウチの使ってもええし」

「スピッターは、つけてる」

「充分やん!ね、虫運試してみたくない?なんでもやってみなきゃわからんて。ウチとウメコはんなら、強力やと思うわ。こんなん謹慎中やないと出来へんやろ!」
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