第34話 地下食堂のバグラーども・2

文字数 5,078文字


 ミーカの言葉に、一堂は返す言葉を失ってしまった。それも一理あると皆がどこかで思っていることだった。

「だったらクラック弾使って私と勝負してみろよ」食事を終えたトミコが、挑発的に沈黙を破り、爪楊枝で歯間をつつきながら後ろを向いた。「こっちはスピッターだけで相手してやるよ。申請出せば通るだろ」

「ったく、そんな勝負はな、どっちが勝っても得にならねえんだよ」レミコが切って捨てた。「クラック銃使って、こっちが勝つのは当たり前さ。万が一でもそっちが勝ったらな、保安か治安に配置換えだぞ。組合に申請まで出して、バグモタ操縦技術上位ランク最長記録更新中の、このアタシを負かすんだからな。ま、それが希望なら相手してやってもいいけど」

 無論トミコは捕虫労から、それがたとえ昇進だろうと、どこへも配置換えされることなど望んではいない。せっかく(ふる)い立てた強気は引っ込めて、ここは黙ってテーブルに向き直った。

「やるなら内輪だけにしときなよ。申請なんかして戦っても誰も得しないからね」リアコが助言した。

「だからバカなんだって、おまえらは」カランが薄笑った。

「うるせー!お前が言うな!」トミコがいきり立った。レミコほど実力のないカランには言われたくない。「だったら相撲で勝負してやるよ!勝ったら『破裂上等!』の(のぼり)寄こせよ」

 トミコは、6班のバグモタがバックパックに差している、この(のぼり)だけは以前から気に入っていた。

 いまのところバグモタ相撲では敵なしのトミコだったから、対決を売られたカランだけでなく、さっきとはうって変わって今度はレミコのほうも黙ってしまった。

「『危険運び〼 破裂上等!』のお株は、むしろこっちの方だろ。8班のほうがふさわしいもんな。いらないだろ」

「だって破裂速度(tmp)の低いとこばっかで捕虫してんのやろ、破裂しないんやから、いらないんちゃう?」ワイナが口走った。

「なに?」レミコはワイナを睨みつけた。

「って、ウチやなくて、みんな思ってはりますよ」ワイナはビビって隣りのトミコの腕にせっついた。「せやんなトミコさん!」

 エントモービル系出資の捕虫班には、捕虫に有利な区域を割り当てられると囁かれていた。

「違うんだよ」トミコが引き受けた。「破裂速度(tmp)じゃなくてさ、ただ下手クソな捕虫技術を破裂上等だとか、ハッタリかましてゴマかしてるだけなんだよ」

「そや、ホンマの前線捕虫要員は、そない破裂なんかせえへんわ!」ワイナが調子づいた。

「虫に嫌われてるってことでしょ」とリアコが嫌味たっぷりに言った。

「そうだそうだ!」一堂が賛同した。

「そうだそうだじゃねーって!」ソユーコがトミコら8班を指さした。「お前らなんか嫌われるどころか呪われてんだろーよ!」

「破裂常習だ、お前らは!」ミーカがかぶせて言った。

「あ、それ傑作!」トミコが(てのひら)にポンとこぶしを置いた。「破裂常習班!いいな」

「なに同調してんねん!」ワイナが突っこんだ。

「じゃあそっちは『Down Side(いつかふたたび) Up! Aga(ひっくりかえそう)in!』賭けるのか!」ソユーコが突きつけた。

「オマエらが、なにをひっくり返すんだよ」ウメコが言い返した。

「そうだ、あんたたちのマーク」とリアコが、二粒のサクランボに、エースの「A」の字を重ねた6班<エース・オブ・チェリーズ>のシンボルマークのことを言った。「逆さにするとVの字にみえるからさ、エースじゃなくてヴァイスってことで、<Vice・of・cherries>にしたら?<わるーいサクランボ>って。前から思ってたんだよね」

「ぴったりじゃん。負けたら班名変更な」とトミコ。

「そんならお前らも変えな!Lemonbollocksって!」カランがひらめいた。

「レモンボロックスぅ?悪くない響きだな、よし、受けて立つ!」とウメコ。

「バカ!勝手に決めるな!」トミコがあわてた。「意味わかってんのかよ!」

「なんて意味だよ!?」ウメコは周囲を見まわしたけれど、みな首を振った。仕方なく、カランを見た。

「知らない!自分で調べな!」カランはそっぽを向いた。

 隣りでボタンがトラメットを被って『ボロックス』の意味を調べ、ウメコにコソコソ耳打ちした・・・・。(バカげた、とか・・・くだらない、とか・・・キ××マ・・・)

「い、いまのウソ!やっぱなし」ウメコはうろたえて言った。

「はぁ?自信ないの?」とソユーコ。

「条件見直せっつってんだよ」ウメコが必死になった。「勝手に決めたら班長に怒られるだろうがよ!そんなマヌケな班名賭けてさ!勝負ならいつでもつけてやるって言ってんだろ!」

「今度の大会予選に出るんだろーな」ソユーコは復讐に燃えていた。

 スカラボウルの各セグメントでは、近く、捕虫労民(バグラー)女子バグモタ選手権予選が控えている。

「あたりまえだろ」前回は謹慎中で出場できなかったウメコは、そこでの好成績で再昇級のチャンスを狙っていた。「そこでカタつけてやるよ」

「はい決まり」ザラメが話を打ち切ろうとする。「じゃ、そういうことで、あっち行ってくれませんか」


「皆に訊きたい」レミコは構わず、食事中の捕虫要員女子に向かって呼びかけた。「昨日の浜納豆の件で、ちょっと武装化を考えた、ウチらに同調することを考えたって奴らいるんじゃないかな、どうだよ」

 場が静まる中、ミーカが引きとり、続けた。「そういう意味じゃ、ウメコに感謝だね。まるで武装派(ウチら)の広告塔だ。みんな黙っているけどさ、実際シンパは増えてるとみたよ」

「ウチらは捕虫要員の安全を力づくで捕りに行こうよって言ってるんだ」レミコは提起した。「武装化って言葉に抵抗あるのなら、言い換えてもいい、積極的な防備化とね」
 
「帰ってくださーい」ザラメが声をあげると、「帰れ帰れー」と追随する声があちこちであがった。

「うるせー!」レミコは抗議の声を手で振り払い、並べられたテーブル間の真ん中に進み出た。「いま呑気にメシ食ってる8区前線捕虫要員(フロントラインバグラー)女子ども、よく聞け!」

 この場の多くの捕虫要員(バグラー)女子が、また始まったよ、とウンザリする。レミコが折にふれて、この地下食堂で演説するのは、恒例行事となっていた。まず時事問題について私見を述べ、問題提起したあとは、きまって武装化推進について、一席ぶつのだ。みんなもういい加減、飽き飽きしていたけれど、今回は、神妙に耳を傾けているかのような顔もチラホラ見受けられた。

 レミコは続けた。「昨日の浜納豆のご活躍は知ってんだろ。外労連(げろうれん)に襲われてクラック弾の集中砲火くらったってさ!挙句、バグモタ壊されて当分アンテナ保全だってよ。それでも無事に済んだだけ、まだ幸運だったってもんさ。これが他人事じゃないくらい、ここにいる賢明な8区捕虫要員<ストロベリー・アーマメンツ>どもならお分かりだろ。

 いつオマエらのバグモタが狙われても、おかしくねー状況にあるなかで、いつまで非武装だとか言ってられるんだ、え?

 ここにスピッタ―の技術で、浜納豆より自身のある奴がどれだけいんだよ?
 
 いいか、もはや武装、非武装の対立じゃない!防備か、無防備か、いや抵抗か無抵抗かの選択といっても過言じゃないのさ!

 スピッタ―による防衛術なんてのはな、所詮は虫まかせの姑息な手段にすぎないんだよ!

 要は虫におっつけてるんだ。本来ウチらが外労(げろう)どもに下すべき鉄槌を卑怯にも忌避(きひ)しておいて、バグラブでお虫様をペテンにかけ、破裂に導く、これじゃまるで、いかがわしい虫使いのあやしい見せ物と変わらないってんだよ!

 そんなふうに都合よく利用している(・・・・・・)ことが、はたして本当に正しいことなのか?それこそ、虫に対する冒涜(ぼうとく)ではないのか!?

 東セグメントあたりじゃ、すでに武装派の決起が着々と準備され、セグメントをまたいでの連帯が水面下で進んでいると聞いた!

 反捕虫圏居住民(アンチネッツ)の不穏な動きを敏感に察知しての対抗策だ!

 このままでは立ち遅れるぞウチらは!この8区捕虫労でも、少なくとも武装化推進の声明くらいあげるべきだ!でないと、防備手薄のここ8区が、連中の格好の標的となるのは明らかだろ!

 なのにおまえらは武装化どころか、クラック制限の撤廃、いや緩和すら訴えてもいない!

 マジでこれが最後のチャンスだと思え!アタシのこんな懇切丁寧な説得も、この先もうないぞ!

 これからは非武装保守なんてクソ甘い主義は通じないということを、アタシはな、実際おまえらが痛い目見る前に、気づけと言っているんだよ!

 変えられない規則なんてものは、一体誰のためにあるんだ!?

 いくらこっちが、げんを担いで、お虫様を崇め奉り、お行儀よく良適合(グーコ)にしててもな、外労連(げろうれん)は虫を弾にして襲ってくるんだぞ!

 8区捕虫要員(バグラー)女子ども!いまこそ声をあげるときだ!そして<ストロングベリー・アーマメンツ>の名のもとに、武装化連帯を叫ぶのだ!

 捕虫要員(バグラー)にも武装する権利を!捕虫要員(バグラー)にもクラック弾を!防衛白書を黒く塗れ!捕虫憲章を塗りつぶせ!」

 ソユーコら三人も声を合わせて唱えた。「捕虫要員(バグラー)にも武装する権利を!捕虫要員(バグラー)にもクラック弾を!防衛白書を黒く塗れ!捕虫憲章を塗りつぶせ!」

「っるさいな!いい加減にしてよ!」4班<マッシュメタル>のルシア・ドビンムシーが立ち上がった。「勝手な御託ばかり並べてさ!」

「捕虫要員の栄養補給中の邪魔は、立派な労務妨害だと思います!」7班<娘伊達(むすめだてら)トコナツ組>のコマコ・ヒナーラレがレミコらを指さし、開拓連合のスローガンを叫んだ。「個人の遅滞は、全体(みんな)の遅滞!個人への妨害は全体(みんな)への妨害!個人の敵は全体(みんな)の敵!不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)!・・・」 

不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)!・・・」コマコに賛同した地下食堂の非武装保守派たちが一斉にシュプレヒコールをあげ始めた。


 そのとき地下食堂の暗い隅の方で寝ていた、ここでは肩身の狭いモリゾら整備要員の男たちが、騒ぎの中、ムクっと起き上がった。「うるせーな」と皆が口々に呟き、そろそろ整備ノルマのために、静かにここを退散しはじめた。


非武装保守派(ストロベリー・アーマメンツ)のシュプレヒコールは続く。「不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)反適合(アンコ)不適合(ノンコ)不適合(ノンコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)!」

「いつまでも非武装連帯だとか言ってる場合じゃねえからな!腐れイチゴどもが!」レミコの声は、それでも全く、かき消されはしない。

反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)反適合(アンコ)悪適合(バッコ)!」


「うるせー!地下飯(ちかめし)喰らってクソして寝やがれ!」鼻息荒く、捨て台詞を吐いて、ついにレミコらは出て行った。


 レミコらが立ち去った後の沈黙は、いままでにはない、妙な沈黙が(わだかま)っていた。

 地下食堂に集まっていた捕虫要員の多くが、今日はレミコに対して、どことなく無下にできないものを感じていた 


「やっと行ったで」ワイナが口を切った。「でもあっさり引き下がったほうやないですか?」

「あれでも十分うるさかったけど」ザラメがタメ息まじりに言った。「こっちはクラック値の緩和なんか、ずっと言ってるよ!」

「おかず盗られた!」ボタンがたまらず訴えた。

「大げさだよね。ったく、ああいうの誇大妄想狂って言うんだよ」リアコは言って、減らず口みたいに聞こえた自分の言葉を飲み込むように、食べかけのご飯に戻った。

「班長になるってよ。信じられないな」トミコは爪楊枝をくわえたまま、変わらず椅子の背もたれに肘を乗せて、後ろのテーブルを向いていた。

「あのレミコ姐さんも班長に就任するとなると、忙しくてウチらに絡んでくる暇もなくなるね。せいせいするよ」ルシアは言って、お茶をすすった。

「ホントに最後の演説だったかもしれないよ」ウメコが呟いた。

「なら謹んで傾聴しとくんだったかな」トミコは心にもないことを言った。

「ないない」ザラメはウメコの言葉を否定した。

「でも正直、ちょっと寂しい気もするけどね」コマコが頬杖をついた。もともと武装推進(リベラル)派との対決は、非武装保守派最古参7班<娘伊達(むすめだてら)トコナツ組>の受け持ちみたいなものだった。その名のとおり、娘伊達の見せ所でもあった。

「なんや、おもろなくなるな」怖いもの見たさの、ワイナの本音だった。

「たまにやり合うぶんには、スカっとするしな」とウメコ。

「まあね。ミーカは理屈だけだし、ソユーコとカランじゃ物足りないしな」トミコがしみじみと言った。

 ボタンは、さんざんやり合っていた周りの先輩バグラーたちが、いなくなったレミコに対し、どこか好意的なやりとりをはじめたのに、プスっとふてくされた。
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