第43話 小梅と再会

文字数 4,946文字


 ノルマをアンテナ保全にまわされてから10日経ち、ウメコは毎日、この単調な労務をさっさと見込み時間より前に終わらせていた。それによって点検するアンテナの数を増やされる懸念も構わず、とくに今日は張りきって動き回り、いつも以上に早く片付けてしまった。

 今日はウメコが常日頃豪語している、「バグパイパー級に相当する」捕虫要員(バグラー)としての自負だけが、そうさせたんじゃない。やっと修理が終わった小梅を<ベロ>まで取りにいくためだった。

 それで一回、班ガレージに戻ってから、借りてあったバグモタ軽多輪車の<デンデンクラート>で、はやる心とは裏腹にノロノロと、所属先でもある<ベロ>へと向かった。

 ベロのガレージに入ると、内部シャッターをくぐったすぐ間近で、小さなフロントガラス越しに、小梅の足をみつけた。8班のより小さいベロのガレージは、せいぜい6機分が収まる程度、立ち並ぶ足の中の、入ってすぐ手前にあった。

 ガレージに降りて、トラメットのバイザーを上げ、見上げると、その足の上にある派手に塗られた腰殻のカラーリングに、一瞬目を疑って、その機体が小梅ではなかった!と、たじろいでしまったけれど、よく見れば、やはり小梅に違いない。

 修理された小梅は、全身が元通りキレイに塗りなおされてあるだけでなく、
なんと腰殻が例のコンポジション迷彩、いわゆるモンドリアン柄に塗られていた。

「マジかよ!?」ウメコは、あまりの派手さに呆気にとられた。腰殻の一部にこの迷彩柄がテストパターン的に入れられるということは、聞いていたし、確かに了解はしたけれど、ちょっと話と違う!これでは一部とはいえ、腰殻全体になっている!

 白地に赤、黄、青、黒がランダムに配色されてある。それが腰殻だけだから、全く統一感にかけていた。

 かといって、全身がこのカラーリングだったらと考えると、それはそれで、頭を抱えてしまう。自由労が着てるような労民ツナギならともかく、これはクラックウォーカーには合わないんじゃないか。これが流行りのデザインなのかも知れないけれど、ウメコの美的感覚からは大分外れていた。

 愚痴の一つも言おうと口を尖らせたら、横から配色を担当してる技術の男にご丁寧な説明を始められて、尖った口を引っ込めた。

「これは親会社のエクスクラムの開発による特殊塗料でね、」この迷彩パターンを腰殻に施せば、トラビ以外のレーダー上でのバグモタの錯視効果が上がり、アンチネッツの違法レーダーでの索敵にも簡単には引っ掛かからない。外労連と接触するようなことがあれば、撒くにも挑むにも、断然有利に先手をとって仕掛けられると、力説された。「これでまたベロカスタムのイカしたバグモタの性能を見せつけてやってよ」

 得意気に説明されたら、ウメコといえど、素直にありがとうございますと言うしかなかった。こないだの会議にいた本社のやつだ。今日はペンキと虫にまみれた労民ツナギに身を包んで、汚れ方が風変わりではあったけど、いかにも技術の現場要員然とした風情だった。

「でさ、この迷彩は絶対流行るからね。キミ、流行の先取りだぜ、バグモタ衝突のアドバイザーから、流行のアドバルーンへ転身だな」

 そんなこと言われても、流行とは無縁のウメコの耳にはまったく入らない、それはウメコの捕虫以外には働かない、とくに遅滞停滞迷走した美的モードでは、到底追いつかない境地だと、とっくにあきらめていた。
 
――組合のガレージじゃ、またいい物笑いのタネだな――口の悪いバグラー同士の、いつもの野次り合いが、いまからもう目に見えるようで、ウメコは思わず自嘲の笑いをもらした。

「・・・このモンドリアン柄が錯視にピッタシなのさ。いいだろ?バグラーの人気も、バグモタのセンス次第で決まるからね・・・」横でウメコの反応をのぞいた、技術の男が言った。

 技術の言葉はウメコの耳をすり抜け、どうせすぐに虫破裂で焦げて汚れるのだから、そこまで(かたく)なにこだわることもないのだと、こっちもあきらめた。

「これで虫が焦げたらカオスだね。あなたのツナギみたいになるでしょ」

「このツナギのカッコ良さがわかるかい?さすが爆裂班!捕虫もデザインも、爆裂するくらいでなきゃダメさ。こっちも苦労して配色した甲斐があるね。ホントに汚れたら、そっちで塗り直してもいいよ。塗り重ねても効果は持続するからさ」

 しばらくはアンテナ保全が続くから、捕虫ノルマに戻るまでに、うんと虫に当たればいい。うんと汚して、そしたらすぐにベタ塗りしてしまおう。それまで8班のメンバーにイジられるのは、やむ無しだ。


 そんなことより、ボーナスでスピッタ―を買ったのだった!小梅の左腕にマウントされたそれは、ツヤツヤと夜光虫ブルーに輝いていた。カッコイイ!

 ウメコの今日はやる気持ちは、むしろこのためだった。

 アーチトップの甲虫(ビートル)ギター型のやつだ。これはてんとう虫型にはない、射出口を挟むようにして湾曲したアゴが突き出ていて、それがギターみたいに形が変異した、(ホーン)と呼ばれるもので、ここに虫の忌避音を発する機能が内蔵してある。スプレーほどの効果はないけれど、補助機能としては役に立つ。周囲に虫を寄せ付けないから、防虫スプレー剤の節約にもなるのだ。

 カラーリングも性能もまだ純正のまま。チューニングはしばらく使って様子みてから頼むつもりだ。

 別で整備に出した捕虫喇叭(ビューグル)の方は、製造メーカーの<草冠>からまだ届いてはいなかった。捕虫ノルマじゃないいまは問題ない。

 背中の自動捕虫器は、網つきの捕虫用(バグパック)ではない、補給用途のみの、標準的なワン・ビューグルタイプのバックパックが取り付けてあった。組合で捕虫用(バグパック)を配給されるまでの、仮止めだ。ここに持ってくるときつけてもらった班長のは、何日か前に8班のガレージまで届けてくれていた。

 外観はいい。肝心なのは機能だ。

「あった。見つけたぞ」いつも世話になってる整備の班長が、ポテンシャルの出なかった原因を教えてくれた。「モーターのコイルが焼けてた」

 トランストロンコンピューターの<小梅>では把握できない、わずかな箇所だった。

「やっぱり。小梅は虫背負(しょ)ってたからって言ってたけど」

「脳トロンも口ばっかり達者で、あてにならないだろ」

「まあ。ホントそうです」小梅を育てた自分に投げられたようで、ウメコは苦笑した。でも言ってることには同感だった。バグモタも、虫捕り同様、最後に頼れるのは己の感覚(センス)だ。

 虫を入れて、早速乗り込んだ。

『コンニチワ 寝坊デスカ』

「なに言ってんだよ。久しぶりだぞ」

『ゴ機嫌イカガデスカ』

「お前こそな、いまから調子戻ったか、試してみるよ」

『調子イイデスヨ』

「おまえ、整備の人たちに生意気言ったんじゃないの?口ばっか達者だってよ」

『ソレ、一般論ダト思イマス』

「そういうとこだぞ」

『ア!近クニ高くらっく虫、発見!捕虫喇叭(ビューグル)ドウシタ!?』

 確かに近いとこに虫がいた。クラック値82(ヴァリュー)。整備にはもってこいの数値だ。けれどノルマ以外の高クラック虫の能動的捕虫には、組合の許可がいる。しかもベルリンガー級の燃料には原則禁止されている高数値。毎日が捕虫ノルマなら、こんな場合、事後報告でも済ませられる。だけど、当分のクラックウォーカーを使わない保全ノルマじゃ、許されないにきまっていた。

「捕らないよ。捕虫喇叭(ビューグル)がないからじゃない。許可おりるの、時間かかるからダメ」

 シャッターを開けてもらって、外に出た。一通り動かしてみる。辺りのクラック値、21(ヴァリュー)。たいしたポテンシャルは望めない。

 早速、新しいスピッタ―にバグダム缶を差して吹いてみた。

 シュートモードでは、しびれるような直線で放たれた。なんとスピード調節に(スロー、ミドル、ファストなどの)限定された段階がなく、コンソールに新たに増設された別のツマミで、自由に調節できた。最高速度8、最大距離50m!

 次いで、ショットモードで連射。思わず快感(・・)の心地。バグラブなら、虫も悶絶必至、間違いない。しかも連射間隔の調節機能付き!

 スプレーモードでは噴射の幅の角度が調整できた!これを狭い角度で噴けば、たまに高クラック虫とやむを得ず一緒に捕ってた邪魔な雑甲虫も、混ざることなく除虫できる。これでノルマの平均クラック値が上がる!

 要するに、こっちで大抵調節できるのだから、チューニング頼む必要なし。

 ここから本番。小梅の機体診断。

 整地路での早足で歩行テスト。「問題なし」足を使う走行は、このクラック値では無理だから、クリーパー走行テスト。クリーパーホイールの回転、速度、「良好」肝心な走行時の全身の重心バランス感覚、「良好」

 次いで、柔軟性テスト。バグモタ体操「捕虫編」第一をやった。結果、「快調!」

 次、敏捷性テスト。バグモタ体操「捕虫編」第二。結果、「好調!」

 次、出力テスト。積載力。土建用バックパックに資材を積んだのを担いで、通常歩行、クリーパー走行、ともに「安定!」。牽引力。デンデンクラートを引っ張って、100m歩いた。「上出来」

 最後に捕虫テスト。さきの理由で実際の高クラックの捕虫はできないから、トラビで捕虫シミュレーターを起ち上げての、模擬捕虫。捕虫喇叭は仮想映像にして、スピッターは買ったばかりの実物を使っての設定。クラック値を考慮に入れての採点。結果、「88点。合格!」慣れないスピッターにもかかわらず、まあまあの高得点。だけど、スカラボウルでゾロ目は不吉。でもウメコとしては通常通りで、こちらも上々の出来。

『スベテ絶好調!』

「このまえ、外労連の古いバグモタより遅かったろ。オマエでもわからない原因、みつけて直してもらったから、そこだけだな、確認するのは」

 それもウメコは長いバグモタ乗りの経験から、たぶん問題ないと判断した。 

「高クラックの虫入れてみなきゃわかんないけど、たぶん大丈夫」ガレージに引き上げ、コクピットから降りながらウメコは整備の班長に伝えた。「改めて組合に申請出すので、そんときお願いします」

 荷物を取って、ウメコは再び<小梅>に乗り込んだ。「じゃ、ワタシ出向日、確か来週だ、そんときだな。よろしく」

 帰り道、この10日間ずっと気に掛かっていたことを、小梅に尋ねてみた。「このまえ、虫の切れ間みたよねぇ?」

『削除された記録ノコト?記録ニナイモノハ分リマセン』

「蝶ヲ見たよねぇ?」

『とらんすゔぃじょんニ侵入サレタヨウデス、ソノ認識ハ保持シテイマス』

「削除された記録って他にある?」

『れもんどろっぷすニ所属以降ハアリマセン』

「じゃあ、外労連のバグモタと戦ったのは、覚えているよね?」

『勿論ダヨ!不評ダッタ<ふらーい!!>の活躍で、えくすくらむモ大喜ビシテイマス!』

 ウメコは、胸の一部がポカンと開いたような、また反面ホッとしたような複雑な気持ちがした。

 記録の一部を消されても、ちっとも疑念の出ない、脳トロンのことを思うと、やりきれないせつなさにおそわれる。記録の一部はポッカリ失っても、消された記録のあることは、ちゃんと認識できて、そこになんの感情も入らないから。

――私だったらそんなの耐えられそうにない――

 会話した小梅は、いつもと何も変わることがない無邪気なままだったから、それで安心はできた。けれどそれが同時にウメコの心をしめつけるのだけれど。

 小梅が、失った記録に嘆いて悩み続けるのをずっと見せられるよりかは、私がこの感情をしばらく抱え込むのに耐えて、じきに忘れてしまうのを待つほうが楽かも知れないと、ウメコはこの心懸かりに見切りをつけた。

――ボーナスでスピッター買っちゃったし、組合に文句も言えないし――

 けど考えてみれば自分だって、一昨日の夜の配給なに食べたかなんて覚えてない。だからっていちいち悩んだりはしない。そもそも記録されたら外部から削除されないかぎり、うっかりで消えることのない脳トロンのほうが、よっぽど(たくま)しい。そのてん、しょちゅう物忘れする自分(こっち)のほうは、あやふやで、問題だらけ。うっかりしたら、ごまかしたり、はぐらかしたり、外部から記憶を消されなくたって、自ら無かったことにしてしまう。いろいろ都合がよくできている。納得したら気分は上向いた。
 
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