虫すだく 5 (3)

文字数 780文字

 奏凪はたたらを踏む。

 のぞむは井上と井上がつかんでいる腕をわしづかんだ。
「この家に泊めるの? 冗談でしょ?」
「嫌ならお嬢様が出ていけばよろしいんじゃございませんか?」
 いっそのぞむがいなくなればいい。そう、獲物はいつでも取りかえられる。手がつけられなくなったのぞむより、この弱々しい少女なら手懐けられるかもしれない。
 ついえたかと思われた当初の目論見が、井上の中で頭をもたげてきた。

「私がいなくなったら井上さんもつまらないでしょ? 私あってのあなたなんだから」
 のぞむは井上を下から上へ、なぞるように視線を這わせた。井上の背筋に二度目の悪寒が走った。

 のぞむは少し考えていたようだが、急に井上の腕をつかんでいた手を放した。
「勝手にすればいい。後悔するのは私ではないんだから」
 のぞむは奏凪に一瞥をくれ、その場を去った。

 奏凪は二人にしか通じない言葉のやり取りの狭間で、ひたすら身をすくませ、なりゆきに身を任せていたが、今日追い出されるわけではなさそうなので、心から安堵した。

「馬鹿馬鹿しい」
 異常な思考のお嬢様がやっと折れたと、井上はあからさまにため息をつき、奏凪を家に入れた。

          *

「何をしているの?」
 高校からの帰り、のぞむは庭先に矩がうずくまっている姿を見つけた。
 市外の高校に通うのぞむは、市内の高校に通う矩よりも帰りが遅かった。

「……うん……」
 矩はあいまいに返事をする。
 のぞむが庭に入っていくと、鎖が届く範囲いっぱいに、犬がのぞむに近づこうとし、後ろ足で二本立ちして、前足をのばしてきた。
 のぞむは手のひらに汚れた犬の前足を受けとめる。ころんとした弾力の肉球は土に熱を奪われ、冷たかった。
 
 そして、不自然さに気がついた。一頭しかいない。

 犬小屋の前でうずくまっている矩の手元を見ると、黒いビニル袋を片手に何かをかたづけていた。
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登場人物紹介

加賀美 朔 (かがみ さく)

他人に興味がなく、感情というものを持ち合わせていない。

人に言えない秘密を抱えている。

自動車整備士。

桂木 奏凪 (かつらぎ そな)

姉に虐待を受け続け、逃げ出した先で朔に出会う。

そのまま朔のアパートに住みつく。

桂木 のぞむ

奏凪の血のつながりのない姉。

地元でも評判の美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ。

倉沢 矩 (くらさわ ただし)

優等生で、かわいそうなものを放っとけない性格。

のぞむの幼なじみで、短大の図書館司書。

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