待雪草 1 (1)

文字数 839文字

 階段を上がってくる音が、のぞむの部屋まで聞こえた。井上の足音だ。そうとわかるほど、下品な音だった。

「お嬢様、お向かいの御子息がいらっしゃいましたよ」
 ドンドンと、先にノックの音がして、井上の声がドア越しに響いた。ドアを乱暴に叩く癖は何度注意しても直らない。

「今行くわ」
 机に向かって読書をしていたのぞむは、井上の下品さにため息をつきながら立ち上がった。
「もうきたのね……」
 と、ひとりごちる。
 さっき矩から携帯電話に連絡がきて、桂木家を訪問する旨を伝えてきた。連絡がなくても、絶対にくると思っていた。
 今日は特別な日だから。
 
 居間に下りていくと、矩はすでにソファに腰かけていた。
 のぞむの姿を見ると、小さい紙袋を顔の高さまでかかげて、ゆらゆら揺らす。
「誕生日おめでとう。今年もひとつ年を取ったね」
 矩がからかうと、のぞむは軽く睨んだ。
「嫌な言い方。矩って女性にモテないでしょう」
「そんなことないさ、外面はいいからね」
 ニヤニヤしながら、のぞむが座った目の前に、誕生日プレゼントを置く。

「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん。でも期待するなよ」
「してない」
 のぞむが即答すると、矩はクスクス笑う。
「のぞむもモテないな。そういう時は嘘でも『期待してる』って言わなきゃ」
「そうね」
 のぞむもクスクス笑った。

 実際、モテたことがない。
 同性からも憧憬のまなざしを向けられるほどの容姿を持ちながら、男たちからは敬遠された。
 今まで彼氏や矩以外の男友達はいなかったし、同級生の男子ですら、言葉を交わしたという記憶が数えるほどしかなかった。
 なぜ敬遠されるのか、理由はわからない。だが、そんなのかまわないと、心の中でつぶやく。のぞむは矩以外の男というものに、それほど興味を持てなかったからだ。

 のぞむは紙袋から水色の包装紙に包まれた小箱を取り出した。
 きれいな指先でリボンと包装をほどく。同じく水色のビロードのケースが現れる。

「きれい……」
 ふたを開けたのぞむは、思わずため息をもらす。
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登場人物紹介

加賀美 朔 (かがみ さく)

他人に興味がなく、感情というものを持ち合わせていない。

人に言えない秘密を抱えている。

自動車整備士。

桂木 奏凪 (かつらぎ そな)

姉に虐待を受け続け、逃げ出した先で朔に出会う。

そのまま朔のアパートに住みつく。

桂木 のぞむ

奏凪の血のつながりのない姉。

地元でも評判の美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ。

倉沢 矩 (くらさわ ただし)

優等生で、かわいそうなものを放っとけない性格。

のぞむの幼なじみで、短大の図書館司書。

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