待宵草 1 (2)

文字数 700文字

          *

 (さく)はアパートの前に愛車を停めた。
 カワサキW650は月光を浴びて艶めいた。

 アパートは昔ながらの鉄骨の階段を備えていて、足音が夜のしじまにうるさいほど響いた。

 外階段を上りきった瞬間、朔の部屋から目をキラキラさせた小動物が飛び出してきた。
「お帰りなさいっ」
 朔を見上げる顔いっぱいに、こぼれ落ちそうなほど笑みが広がった。

 月光を背中に浴びた朔の双眸に、奏凪は魅入られた。
 見る角度によって白金だったり、青かったり、不思議なシラーを放った。
 美しさだけでなく、月影の色をたたえたまなざしは、見る者の胸を揺さぶった。

 吸い込まれるように見つめ、立ち尽くしている奏凪を、朔は無言で押しのける。押しのけられたはずみにたたらを踏み、外廊下に出てしまった。
 扉が閉まる前にあわてて朔の後を追う。朔は奏凪を顧みない。タイミングを逃すと閉め出されてしまう。

 朔が蛍光灯からたれ下がっている紐をひっぱると、ためらいがちに数度瞬いてから、八畳一間を照らした。
 奏凪を取り巻く世界が彩色された瞬間だった。

 蛍光灯の下に立った朔の瞳は、普通の茶色だった。
 幻だったのかなと奏凪は思った。ただ、日本人のそれとは言いがたいほど色素が薄かった。
 瞳を隠すようにふりかかる前髪も、蛍光灯の光を透かすと金髪に見えるほど薄い色をしている。

 冬の夜に凛とした月のようだ。
 埃まみれのツナギ姿さえも静謐なたたずまい。

 奏凪は空腹だったことも、寒さに震えていたことも忘れた。
 朔をひたすら仰ぎ見た。

 古びてすり切れた畳を踏み、朔は浴室に直行した。
 歳月を重ねた分だけ歪んだひき戸を開けると、ガラガラと古くさい音が響く。
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登場人物紹介

加賀美 朔 (かがみ さく)

他人に興味がなく、感情というものを持ち合わせていない。

人に言えない秘密を抱えている。

自動車整備士。

桂木 奏凪 (かつらぎ そな)

姉に虐待を受け続け、逃げ出した先で朔に出会う。

そのまま朔のアパートに住みつく。

桂木 のぞむ

奏凪の血のつながりのない姉。

地元でも評判の美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ。

倉沢 矩 (くらさわ ただし)

優等生で、かわいそうなものを放っとけない性格。

のぞむの幼なじみで、短大の図書館司書。

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