虫すだく 5 (1)

文字数 690文字

 桂木家の玄関に現れたものを、のぞむは唖然として眺めていた。
 
 手足が貧弱なこの生き物はいったい何?

 ボストンバッグ一つ両手に持ち、のぞむの視線に耐えきれず、ひたすら床ばかり見ている。小刻みに震えているのは春遠い冷気のせいなのか、古ぼけたTシャツの上にスウェットのパーカーをはおっているだけの貧乏臭い姿。

 のぞむは混乱した。
 井上は何て言ったっけ?
 確か桂木紗江(さえ)の娘だと。
 耳にするのもおぞましい、あの女の名前が、紗江。しかも桂木姓を名乗るなんて! 
 この生き物はあの女の娘なのか?
 娘がいるとは誰も一度ものぞむには知らせてくれなかった。
 
 しかしなぜここにいる?
 自分の父親とあの女が再婚したから?
 ここにくる必要があるのか?
 何が目的なのだ?

「これはいったい何?」
 短い疑問文の中には、すべてが込められていた。
 今何事が起きているのか、
 この見知らぬ少女は誰なのか、
 この家に何しにきたのか。

 鋭い声音に、所在なさげにたたずむ少女はビクリと体を震わせる。
「お嬢様の妹になる人ですよ。今日からこの家に住むんです。旦那様からご連絡がなかったんですか?」
 井上はあきれた顔をして、のぞむが知らなかったことを非難する口調で言った。
 顔では真面目くさっていたが、内心この状況にのぞむが動揺していることが楽しくてならない。

 もちろん少女がくることを事前に知っていた。のぞむの父親に伝言を頼まれていたが、わざと知らせなかった。
 目論見通り、あののぞむが冷静さを失っている。こんなに痛快なことがあってたまるか!

「確か……『なな』だったか『かな』だったか……何でしたっけ?」
「……奏凪です……」
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登場人物紹介

加賀美 朔 (かがみ さく)

他人に興味がなく、感情というものを持ち合わせていない。

人に言えない秘密を抱えている。

自動車整備士。

桂木 奏凪 (かつらぎ そな)

姉に虐待を受け続け、逃げ出した先で朔に出会う。

そのまま朔のアパートに住みつく。

桂木 のぞむ

奏凪の血のつながりのない姉。

地元でも評判の美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ。

倉沢 矩 (くらさわ ただし)

優等生で、かわいそうなものを放っとけない性格。

のぞむの幼なじみで、短大の図書館司書。

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