虫すだく 4 (1)

文字数 801文字

 お悔やみの言葉を受けて、儀礼的に頭を下げる。顔を上げるたび、軽いめまいを起こす。
 そのくり返しが、昨日の通夜から続いている。
 朦朧とした頭で、この反復が永遠に終わらないのではないかと危ぶんだ。

 通夜にしても、たった今とり行われている告別式にしても、弔問客はひきもきらずやってくる。
 ほとんどが父親の会社関係者だった。顧客や関連会社、取引のある業者に、宗介の会社の日本本社の人々。親戚は、父親側も母親側も少なかった。

 弔問客がかける挨拶に応えるのは、父親の宗介(そうすけ)だった。
 父は通夜が始まる直前にこの祭儀場に到着した。久しぶりに会ったというのに、弔問客にかまけてのぞむには見向きもしない。母親を亡くしたばかりの一人娘だというのに。

 しかし今は、そんな恨みごとさえ口にすらできないほど疲れきっていた。
 母親が逝去してから今日まで、嵐のような日々だった。
 悲しみにひたれる時間はほんのわずかだった。家族を亡くすということが、悲しむ以外にやらなければならないことが山ほどあることを、嫌というほど思い知らされた。

 頭がいいのと世間を知っているということは違うのだと、あの女の言葉が身をさいなんだ。

 本来なら娘ののぞむが届を出したり葬儀場の手配をする必要はないのだが、父親がアメリカに単身赴任をしている状況ではやらざるをえない。
 あの女はこうなることを知っていて、自分を頼れと名刺を置いていったのだ。

 だが、どんなに大変だろうとも、のぞむは母親の葬儀にあの女の手を借りたくなかった。
 母親の葬儀を不倫相手に手伝わせるなんてぞっとする。

 母はあの女のせいで死んだのだ。

 あの女のせいで父が家に帰ってこなくなった。
 母は自分が危篤になっても帰ってこようとしない夫を待ち続け、しまいには一人寂しく死んでいった。

(誰があの女などに頼るものか!)
 怒りが疲れを凌駕(りょうが)した。 

          *

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登場人物紹介

加賀美 朔 (かがみ さく)

他人に興味がなく、感情というものを持ち合わせていない。

人に言えない秘密を抱えている。

自動車整備士。

桂木 奏凪 (かつらぎ そな)

姉に虐待を受け続け、逃げ出した先で朔に出会う。

そのまま朔のアパートに住みつく。

桂木 のぞむ

奏凪の血のつながりのない姉。

地元でも評判の美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ。

倉沢 矩 (くらさわ ただし)

優等生で、かわいそうなものを放っとけない性格。

のぞむの幼なじみで、短大の図書館司書。

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