虫すだく 2 (1)
文字数 966文字
「私はそんなこと言った覚えはありません!」
まただ——
井上の頑固にひき結ばれた唇を見ながら、のぞむはウンザリする。
言ってない、聞いてない、いつもその小競り合いをくり返す。
「運動会で鉢巻を使うから、私は買ってきてって言ったのに、鉢巻きを作るって言いはったのは井上さんだよ! 今日になって作れないってどういうこと? 運動会は明日なんだよ!」
「作れないんじゃありません。お嬢様から何もうかがっていないので作らなかっただけです。あんなの簡単にできる!」
最後の言葉は小声で吐き捨てるように言った。それがさらにのぞむの神経を逆撫でする。
「一ヶ月も前から何回も言ったでしょ? もうモウロクしたの? 作れるんなら今すぐ作りなさい! 作らないとお父さんに言うよ!」
わあわあとうるさくて、井上はのぞむをつき飛ばした。小さい体は居間の絨毯の上にあっけなく転がる。
「無茶な! 生地も買ってないのに……こんな立派なお屋敷に住んでいるのに心はなんて貧相なんでしょう! 目上の者に対する態度も悪いし、私を困らせたあげく告げ口だなんて……あまりにもひどくてあきれてしまいます! 告げ口したかったらすればいい! あなたのお父様は子供と大人と、どっちの言葉を信じるでしょうね?」
冷たい目で見下ろしてくる井上を、のぞむは睨み返した。
つき飛ばされたのはこの一回ではないから、別段驚きもしない。
「どっちを信じるかどうかは電話してみないとわからない。赤の他人の家政婦を信じるか、それとも自分の娘を信じるか。井上さんだったら、どっちの話を信じる?」
井上はキッとなった。ああ言えばこう言う。この小さな頭にはいったいどんな脳みそが詰まっているのだろうか。子供なのに、すでに腐っているにちがいない!
「私ならまともで正しい人間の言うことを信じます! まともな大人なら当然です」
「——まともな大人?」
のぞむは口の端で笑う。
「あんたが自分でそう思うなら、明日私が運動会なんだから、鉢巻を用意しなければならないことぐらい思いつくよね? 一回言えば忘れないでしょ? まともな大人っていうのは、そういうもんじゃない? 少なくてもあんたみたいに何回言われても覚えられない、仕事をこなせないっていうのは、まともの域に入らないよね?」
(大人に対してなんて言いぐさだ!)
井上は憤慨した。
まただ——
井上の頑固にひき結ばれた唇を見ながら、のぞむはウンザリする。
言ってない、聞いてない、いつもその小競り合いをくり返す。
「運動会で鉢巻を使うから、私は買ってきてって言ったのに、鉢巻きを作るって言いはったのは井上さんだよ! 今日になって作れないってどういうこと? 運動会は明日なんだよ!」
「作れないんじゃありません。お嬢様から何もうかがっていないので作らなかっただけです。あんなの簡単にできる!」
最後の言葉は小声で吐き捨てるように言った。それがさらにのぞむの神経を逆撫でする。
「一ヶ月も前から何回も言ったでしょ? もうモウロクしたの? 作れるんなら今すぐ作りなさい! 作らないとお父さんに言うよ!」
わあわあとうるさくて、井上はのぞむをつき飛ばした。小さい体は居間の絨毯の上にあっけなく転がる。
「無茶な! 生地も買ってないのに……こんな立派なお屋敷に住んでいるのに心はなんて貧相なんでしょう! 目上の者に対する態度も悪いし、私を困らせたあげく告げ口だなんて……あまりにもひどくてあきれてしまいます! 告げ口したかったらすればいい! あなたのお父様は子供と大人と、どっちの言葉を信じるでしょうね?」
冷たい目で見下ろしてくる井上を、のぞむは睨み返した。
つき飛ばされたのはこの一回ではないから、別段驚きもしない。
「どっちを信じるかどうかは電話してみないとわからない。赤の他人の家政婦を信じるか、それとも自分の娘を信じるか。井上さんだったら、どっちの話を信じる?」
井上はキッとなった。ああ言えばこう言う。この小さな頭にはいったいどんな脳みそが詰まっているのだろうか。子供なのに、すでに腐っているにちがいない!
「私ならまともで正しい人間の言うことを信じます! まともな大人なら当然です」
「——まともな大人?」
のぞむは口の端で笑う。
「あんたが自分でそう思うなら、明日私が運動会なんだから、鉢巻を用意しなければならないことぐらい思いつくよね? 一回言えば忘れないでしょ? まともな大人っていうのは、そういうもんじゃない? 少なくてもあんたみたいに何回言われても覚えられない、仕事をこなせないっていうのは、まともの域に入らないよね?」
(大人に対してなんて言いぐさだ!)
井上は憤慨した。