虫すだく 5 (2)
文字数 912文字
井上にたずねられ、少女は蚊の鳴くような声で答えた。
「ああ、そな……最近の人は変わった名前をつけるんですね」
のぞむといい、この少女といい。女にのぞむなんて変わっている。まるで男みたいだと、井上は鼻で一笑してから、体をはすにして上がりかまちに通り道を作り、奏凪と名乗った少女が家に入れるようにした。
「何を企んでいるの?」
のぞむのただならぬ声に、少女の顔はおびえの色を濃くし、井上は「はあ?」と間抜けた声を出した。
「企んでるもなにも、この家の人なんだから上げるのが当然でしょう? 私はまちがっていますか?」
「この家の人? 馬鹿言わないで。上げないで! アメリカに行けばいいでしょ? 再婚したあの二人のところに行けばいいじゃない!」
「ずっと日本に住んでいるのに、いまさらアメリカに住めますか? 学校もありますし」
こんなおもしろいものを手放してなるものかと、井上はとまどっている奏凪の腕をつかむ。
「やめて! 家に入れたら許さない!」
「馬鹿なことおっしゃらないでください! 旦那様から言いつかっているんです。このまま帰したら、私が旦那様に叱られます」
「井上さんが叱られようが知ったことではない」
「いいかげんわがままを言わないでください! 私はこの家の主人に従います。この家はお嬢様のものじゃないんですよ! 気に入らないならさっさと独立すればいいんじゃないですか? それもできない未成年のくせに!」
主家の娘に向かってズケズケと怒鳴る家政婦と、驚きもせずまっこうから家政婦を睨みつける娘。
奏凪ははらはらしながら二人を交互に見た。
その場にいたたまれなくなって帰りたくなった。
しかし、奏凪が帰るところはない。
祖父母から譲り受け、今まで奏凪が一人で住んでいた家を、母はさっさと処分してしまった。
「そうね、私が何もできない未成年でよかったわね」
のぞむはフッと笑った。
一瞬、井上の背筋に悪寒が走った。
昨日も切られた小指が、急に疼き出した。
「……と、とにかく、旦那様が奏凪さんをこちらに住まわせたいとおっしゃっているので、一旦上がっていただかないと。今日はもう遅いですし」
井上はのぞむにおかまいなしに、強引に奏凪をひっぱった。
「ああ、そな……最近の人は変わった名前をつけるんですね」
のぞむといい、この少女といい。女にのぞむなんて変わっている。まるで男みたいだと、井上は鼻で一笑してから、体をはすにして上がりかまちに通り道を作り、奏凪と名乗った少女が家に入れるようにした。
「何を企んでいるの?」
のぞむのただならぬ声に、少女の顔はおびえの色を濃くし、井上は「はあ?」と間抜けた声を出した。
「企んでるもなにも、この家の人なんだから上げるのが当然でしょう? 私はまちがっていますか?」
「この家の人? 馬鹿言わないで。上げないで! アメリカに行けばいいでしょ? 再婚したあの二人のところに行けばいいじゃない!」
「ずっと日本に住んでいるのに、いまさらアメリカに住めますか? 学校もありますし」
こんなおもしろいものを手放してなるものかと、井上はとまどっている奏凪の腕をつかむ。
「やめて! 家に入れたら許さない!」
「馬鹿なことおっしゃらないでください! 旦那様から言いつかっているんです。このまま帰したら、私が旦那様に叱られます」
「井上さんが叱られようが知ったことではない」
「いいかげんわがままを言わないでください! 私はこの家の主人に従います。この家はお嬢様のものじゃないんですよ! 気に入らないならさっさと独立すればいいんじゃないですか? それもできない未成年のくせに!」
主家の娘に向かってズケズケと怒鳴る家政婦と、驚きもせずまっこうから家政婦を睨みつける娘。
奏凪ははらはらしながら二人を交互に見た。
その場にいたたまれなくなって帰りたくなった。
しかし、奏凪が帰るところはない。
祖父母から譲り受け、今まで奏凪が一人で住んでいた家を、母はさっさと処分してしまった。
「そうね、私が何もできない未成年でよかったわね」
のぞむはフッと笑った。
一瞬、井上の背筋に悪寒が走った。
昨日も切られた小指が、急に疼き出した。
「……と、とにかく、旦那様が奏凪さんをこちらに住まわせたいとおっしゃっているので、一旦上がっていただかないと。今日はもう遅いですし」
井上はのぞむにおかまいなしに、強引に奏凪をひっぱった。