虫すだく 3 (4)

文字数 827文字

          *

 井上は、裏庭のゴミをためておくポリバケツの上に腰をかけて、冬枯れた木々を眺めていた。吸い込んだタバコの煙を、立ち枯れた菊へ向かって吐き出すと、視界が曇る。

 しばらく手入れをしていなかったから見苦しい。
 こんなしけた裏庭なんか見たくもないが、病人臭く陰気臭い家の中よりはマシだ。
 明日にでも、植木屋に電話をしなければ。面倒くさいけど、自分がやるのはごめんだ。

 タバコをくわえ、吸い込もうとした時のこと、その手をつかまれた。
 ギクリとし、ふり返る。

「またこんなところでタバコを吸ってたの?」
 のぞむに見つかり、井上はバツの悪い思いをする。
「水を持ってくるんじゃなかったの?」
「す……すいません……ちょっと休憩がしたくて……」
 もちろん水を持ってくるというのは口実で、のぞむと女性客の戦いに巻き込まれたくなくて逃げてきただけだ。

 そんなことはのぞむも百も承知。つかんだ井上の手の先をなめるように眺める。
 井上を見つけた目的は、別のこと。
 のぞむの嗜虐的な視線を追った井上は、蒼白となる。
「まだ大丈夫ですよ、お嬢様!」
 ひどくあわてて手をひっ込めようとしたが、できなかった。
「あら、こんなにのびてるじゃない、爪が」
「まだのびてませんよ! 全然大丈夫ですから!」
 必死に、懇願するように、涙目になりながら、井上はのぞむの手をふり払おうとした。
 しかし、白く華奢な手がふりほどけない。

 のぞむは高校生になるやいなや井上の背を追い越した。小柄で、年々年老いていく井上は、若々しく、ますます力をつけていくのぞむに抗えなくなっていた。

「何を怖がっているの? ずっと私がやってあげてきたことじゃない? 後でやってあげる。今は母に水を持っていかなきゃ」
 のぞむはうっすら笑みを浮かべ、その手を解放してやった。

 枷から放たれた手から、タバコの灰がはらりと、地に着く前に風に散る。
 恐怖に青ざめ、呆然とたたずむ井上の右手の小指には、小さな瘡蓋(かさぶた)ができていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

加賀美 朔 (かがみ さく)

他人に興味がなく、感情というものを持ち合わせていない。

人に言えない秘密を抱えている。

自動車整備士。

桂木 奏凪 (かつらぎ そな)

姉に虐待を受け続け、逃げ出した先で朔に出会う。

そのまま朔のアパートに住みつく。

桂木 のぞむ

奏凪の血のつながりのない姉。

地元でも評判の美人だが、近寄りがたい雰囲気を持つ。

倉沢 矩 (くらさわ ただし)

優等生で、かわいそうなものを放っとけない性格。

のぞむの幼なじみで、短大の図書館司書。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み