虫すだく 3 (4)
文字数 827文字
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井上は、裏庭のゴミをためておくポリバケツの上に腰をかけて、冬枯れた木々を眺めていた。吸い込んだタバコの煙を、立ち枯れた菊へ向かって吐き出すと、視界が曇る。
しばらく手入れをしていなかったから見苦しい。
こんなしけた裏庭なんか見たくもないが、病人臭く陰気臭い家の中よりはマシだ。
明日にでも、植木屋に電話をしなければ。面倒くさいけど、自分がやるのはごめんだ。
タバコをくわえ、吸い込もうとした時のこと、その手をつかまれた。
ギクリとし、ふり返る。
「またこんなところでタバコを吸ってたの?」
のぞむに見つかり、井上はバツの悪い思いをする。
「水を持ってくるんじゃなかったの?」
「す……すいません……ちょっと休憩がしたくて……」
もちろん水を持ってくるというのは口実で、のぞむと女性客の戦いに巻き込まれたくなくて逃げてきただけだ。
そんなことはのぞむも百も承知。つかんだ井上の手の先をなめるように眺める。
井上を見つけた目的は、別のこと。
のぞむの嗜虐的な視線を追った井上は、蒼白となる。
「まだ大丈夫ですよ、お嬢様!」
ひどくあわてて手をひっ込めようとしたが、できなかった。
「あら、こんなにのびてるじゃない、爪が」
「まだのびてませんよ! 全然大丈夫ですから!」
必死に、懇願するように、涙目になりながら、井上はのぞむの手をふり払おうとした。
しかし、白く華奢な手がふりほどけない。
のぞむは高校生になるやいなや井上の背を追い越した。小柄で、年々年老いていく井上は、若々しく、ますます力をつけていくのぞむに抗えなくなっていた。
「何を怖がっているの? ずっと私がやってあげてきたことじゃない? 後でやってあげる。今は母に水を持っていかなきゃ」
のぞむはうっすら笑みを浮かべ、その手を解放してやった。
枷から放たれた手から、タバコの灰がはらりと、地に着く前に風に散る。
恐怖に青ざめ、呆然とたたずむ井上の右手の小指には、小さな瘡蓋 ができていた。
井上は、裏庭のゴミをためておくポリバケツの上に腰をかけて、冬枯れた木々を眺めていた。吸い込んだタバコの煙を、立ち枯れた菊へ向かって吐き出すと、視界が曇る。
しばらく手入れをしていなかったから見苦しい。
こんなしけた裏庭なんか見たくもないが、病人臭く陰気臭い家の中よりはマシだ。
明日にでも、植木屋に電話をしなければ。面倒くさいけど、自分がやるのはごめんだ。
タバコをくわえ、吸い込もうとした時のこと、その手をつかまれた。
ギクリとし、ふり返る。
「またこんなところでタバコを吸ってたの?」
のぞむに見つかり、井上はバツの悪い思いをする。
「水を持ってくるんじゃなかったの?」
「す……すいません……ちょっと休憩がしたくて……」
もちろん水を持ってくるというのは口実で、のぞむと女性客の戦いに巻き込まれたくなくて逃げてきただけだ。
そんなことはのぞむも百も承知。つかんだ井上の手の先をなめるように眺める。
井上を見つけた目的は、別のこと。
のぞむの嗜虐的な視線を追った井上は、蒼白となる。
「まだ大丈夫ですよ、お嬢様!」
ひどくあわてて手をひっ込めようとしたが、できなかった。
「あら、こんなにのびてるじゃない、爪が」
「まだのびてませんよ! 全然大丈夫ですから!」
必死に、懇願するように、涙目になりながら、井上はのぞむの手をふり払おうとした。
しかし、白く華奢な手がふりほどけない。
のぞむは高校生になるやいなや井上の背を追い越した。小柄で、年々年老いていく井上は、若々しく、ますます力をつけていくのぞむに抗えなくなっていた。
「何を怖がっているの? ずっと私がやってあげてきたことじゃない? 後でやってあげる。今は母に水を持っていかなきゃ」
のぞむはうっすら笑みを浮かべ、その手を解放してやった。
枷から放たれた手から、タバコの灰がはらりと、地に着く前に風に散る。
恐怖に青ざめ、呆然とたたずむ井上の右手の小指には、小さな