【ゲンリーの手記】(抜粋1)(原作第一章冒頭)

文字数 696文字

【ハイン公文書保管局所蔵アンシブル文書の転写、ナンバー01-01101-934-2-ゲセン。オルールの領事館(ステイブル)へ、ゲセンすなわち惑星〈冬〉へ初派遣の使節(モバイル)、ゲンリー・アイによる報告書。ハイン・サイクル93、エキュメン暦1490-97年。】

 この報告書を、ひとつの物語として記そうと思う。

 幼いころ僕は故郷の星で教わった。真実とは畢竟(ひっきょう)、想像力の問題だと。
 まっとうな事実であっても、そう受けとられるかどうかは語られかたによる。ちょうど、僕らの海から生まれるあの唯一の有機質の宝石が、あるひとの肌の上では輝きを増し、別のひとがまとえば色も光沢(つや)も失ってしまうのに似ている。
 事実は、真珠よりなおもろい。見る角度によって見えかたが変わる。いびつで、はかない。
 どちらも傷つきやすい。

 この物語は僕ひとりのものではなく、語るのも僕ひとりではない。僕には誰の物語とも言いきれない。判断は読者であるあなたにまかせたい。
 それでも全体でひとつの物語なのだから、語り手によって話が異なるように思えたら、そのときはどうか好きなほうを選んでほしい。
 どれも嘘ではない。ひっくるめてひとつの物語なのだ。

 物語はエキュメン暦1491年の44日にはじまる。
 惑星〈冬〉のカーハイド王国の暦ではオダーラハッド・トゥーワ、すなわち一の年の春、第三の月の二十二の日だった。
 ここでは暦はつねに〈一の年〉だ。元旦にあらゆる過去と未来の日付がいっせいに変わり、不変の〈今〉から来し方行く末を数えなおすだけなのだ。

 だから、カーハイドの首都エルヘンラングでは一の年の春で、僕は生命の危機にさらされていて、しかもそれに気づいていなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み