こぼれ話(3):英文和訳から翻訳へ ~AI vs. 私たち~

文字数 3,282文字

 新訳というものはまちがいなく反発を受ける、ということは覚悟しています。
 私自身もそうですが、人は、慣れ親しんだものから離れるのには、抵抗を感じるものだからです。

 それでもなお、新しい訳を出したいと思っているのは、現行の訳に、これでは意味が伝わらないのではないかと思う箇所が、
 ひかえめに言って、いくつもあるからです。

 例を1つだけ挙げさせてください。

 今回アップした18-7に、こんな箇所があります。
 ゲンリーがエストラヴェンに、予言の術を習ってみたいと言います。するとエストラヴェンが、予言は役に立つ能力だと思う?と問い返してきます。(私の訳です。)

「予言は役に立つ能力だと思う?」
「もちろん! 正確な予言なら」
「稽古するには、予言など役に立たないと思う必要があるかもしれないよ」
「ハース、そのハンダラ教的な考えかた、素敵だとは思うけど、ときどき単なる屁理屈を人生哲学にまで高めてるだけじゃないかという気がするよ……」

 エストラヴェンたちカーハイド人の多くは、ハンダラ(たぶん発音は「ハンッダーラ」)という、禅や道教を思わせる思想を身につけています。
 ハンダラ教では「役に立つ」とか「使える」ということを重要視するのは卑しい、と考えるようです。
 なので、予言が役に立つから習いたいと思うのだったら、そういう動機でははじめから身につかないよ、ということを、エストラヴェンはやんわりと指摘するわけです。

 エストラヴェンの指摘はいつも「やんわり」なので、ゲンリーはなかなか気づかなかったりするのですが(笑)、さすがにもう慣れてきたと見えて、ここではちゃんと反応しています。
 つまりこのシーンは、エストラヴェンに「やんわり」からかわれたことに気づいたゲンリーが、「またそういう小難しいこと言うんだ」と言い返している場面なので、二人ともまちがいなく笑っているんですね。

 何をうだうだ説明しているんだ、そんなの読めばわかるじゃないか、と思われたかたがいらしたら、私は嬉しいです。
 私が「読めばわかる」ように訳せた、ということになりますから。(^^)b

 本当に心苦しいのですが、現行の訳では、ゲンリーの最後の台詞はこうなっているんです。

「あなた方のハンダラ教には惹かれますよ、ハルス、しかし時々これはひとつの生き方に発展していった単なるパラドックスではないような気がするのですが……」

 ???

 ご参考までに英語の原文を貼りつけておきます。

"Your Handdara fascinates me, Harth, but now and then I wonder if it isn't simply paradox developed into a way of life..."

 現行の訳と原文を、一語ずつ比べると、じつは文法的にはほぼ何の間違いもありません。
 そこが恐ろしいところです。
 だって、かりに間違っていなくても、意味がわからなくないですか?

 ふと思いついて、原文をグーグル翻訳にかけてみました。

「ハース、あなたのハンダラは私を魅了しますが、それは単なるパラドックスが生き方に発展したものではないのではないかと時々思います……」

 どうしよう。ほぼ同じだった。(^^;
 小尾先生ごめんなさい……!!

 少し英文和訳の話をしますので、ご興味のないかたは「***」ではさまれた部分はとばしてください。

*****

どうしてこうちんぷんかんぷんな訳になっているのかと言うと、

1.まず、後半の"I wonder if it isn't..."を「……では

気がする」と訳してしまったところが間違いです。(ここはグーグル翻訳も同じ間違いをしています。)
「……では

気がする」です。

「……ではないのか」は「……であろう」という意味ですよね。
見た目には「ない」が入って否定形に見えるのですが、じつは肯定文です。
これは、AIには理解できないのだそうです。逆に人間はどうして理解できるのだろう。
不思議ではないでしょうか?笑(=不思議ですよね?)

2.次に、「ウェイ・オブ・ライフway of life」をどう訳すかです。
「way of life」をオンライン辞書で引くと、トップには「生き方」「生活様式」と出ますが、
例文のほうまでずっと見ていくと、だんだん違うものも出てきます。
「風俗」「行動方針」などなど。
この場合は「行動方針」、どういうふうに考えて日々生活し、行動するかの、ルールやパターンですよね。「考えかたの癖」でもいいくらいです。
何かと言うと「光と闇は表裏一体」だとか、「有益は無益」だとか、エストラヴェンたちのそういう考えかたのことを言っているわけです。

3.「~に発展していった単なるパラドックス」というのも、微妙に間違いです。
「パラドックスを~に発展させただけのもの」のほうが正確です。
ここはなんと、グーグル翻訳のほうが出来ていました!(ショック)

なので、2と3を合わせて、
(「ひとつの生き方に発展していった単なるパラドックス」ではなく、)
「パラドックスを考えかたの癖に発展させただけのもの」。

「パラドックス」と「考えかたの癖」をもう少しこなれた語に取り替えて、
「屁理屈を人生哲学に発展させただけのもの」としました。

*****

 いろいろ書きましたが、
 じつは、こういう語学の正確な手続きより、大事なことがあります。
 それは、さっき書いたように、二人がここで

、ということに気づくことなんです。

 ゲンリーとエストラヴェンは、どちらもトップエリートと言うか、「高偏差値」(笑)な人たちなので、しょっちゅう難しい話をします。
 でも、私は読んでいるうちに、二人が盛りあがって楽しいときや、逆に深い話になってしまったときなどに、二人ともわざと、不必要に難しい単語を使いだすことに気がつきました。
 つまり、二人とも照れ屋さんなのです。^^

 演劇的に言えば、パラドックス云々の台詞を言うとき、私がゲンリーの役だったら、
「もうー、からかうのやめてったら」
と笑いながら、自分の額を押さえたり、エストラヴェンを軽くたたくまねをしたり、人さし指をちょっちょっと振って見せたりすると思うんです。そんなくつろいだ感じです。

 グーグル翻訳などのAIには、この作業はできません。
 これはジョークなんだ、二人は笑っているんだ、と「感じ取る」ことのできるレベルに達しているAIは、ないそうです。少なくとも当分は実現不可能だそうです。
 AIは「共感」しないからです。「感動」しないからです。
 笑わないし、泣かないからです。

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社、2018年)の著者、新井紀子博士がくりかえし語っているのは、
 AIが人間(の知性の最高値)に追いついてしまうこと、いわゆる「シンギュラリティ」は、当分は実現不可能、恐れなくていい。
 けれども、人間の

知的能力がいま、AI並みかそれ以下に落ちつつある。
 それが危ない、ということです。

 最近、テレビドラマや映画を早送りしてセリフの字幕だけ追って、それで「つまらない」と低評価する視聴者が多く、ドラマを創る側もそれが怖いために、できるだけセリフで説明するようになっている、という記事も読みました。
 びっくりしました。
 人間、「行間」を読めなくなったら終わりです。
 いえ、べつに私はお説教をしたいわけじゃありません。行間を読まなくたってそれは人それぞれの自由です。だけどそれだと、字幕を追って脳内で処理するだけだと、もうぜんぜんAIのスピードと容量に人間は完敗です。世界トップのチェスプレイヤーがAIに負ける時代なんです。

 "Don't think. Feel!"(考えるな、感じろ)という名言がありますが、
 じつは「感じる」ことこそ、「考える」「理解する」ことの根幹なのだと、
 痛感する今日この頃です。
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