【聖典】時と闇に寄す(原作第十二章)

文字数 1,746文字

【『高僧トゥフルメ箴言集』より。およそ九百年前に北オーゴレインで編纂されたヨメシュ正典の一書。】


 メシェは時の中心(しん)。メシェの万物を明らかに()たは、世に生きて三十歳(みそとせ)の年であり、このときよりなお三十歳長らえたゆえに、大いなる明視の日こそメシェの(とき)中心(しん)であった。また、かの大いなる明視にいたる星霜(としつき)の長さの、それより後の世の長さに等しかったゆえに、この日こそ世々(とき)中心(しん)であった。中心(しん)には過ぎゆくべき時もなく、来たるべき時もない。過ぎにし日ことごとくここにあり、来たらん日ことごとくここにある。かつてもいずれもなく、いま、ここにあり、ことごとくある。
 見られざるものはない。

 シェニィの一貧者、メシェのもとに来たりて、生みの子に(あと)うべき食糧(かて)もなく()穀種(たね)もなし、雨に種子()の腐り、郷の者ども皆飢えて死にたえたゆえに、と恨む。メシェ答えて曰く、「テュアレシュの石の原を掘るがよい。(しろがね)宝石(たからいし)の飾り物を見出すであろう。万年の昔に、ある王がそれを埋めたと見えた。隣国の王との確執のはてに」と。

 シェニィの貧者はテュアレシュの氷堆石(モレーン)をば掘り、メシェの教えたもうた所処(ところ)(いにしえ)宝石(たからいし)数多(あまた)見出し、そのみごとさに喜びの叫びをあげた。しかしメシェはかたわらに立ちて泣き、「この彫り石の一つのために、同じ(はら)から生まれた兄弟(はらから)を殺す者のすがたが見える、万年の後に。殺された者の骨はそれ、その飾り物のある所処(ところ)に撒かれよう。シェニィの人よ、そなたの墓も見える。そなたはそれ、そこに横たわる」と言われた。

 あらゆる人の(とき)は時の中心(しん)にある、メシェの大いなる明察に見えるゆえに、彼の大いなる目に映るゆえに。われらはメシェの目の瞳、われらの()すところは彼の見るところ、われらの在るところは彼の知るところ。

 オーネンの森のさなかにヘンメンの木、丈も巾もともに百マイル、百の枝を持つ堂々たる古木のありて、一本の枝ごとに千本の小枝、一本の小枝ごとに千枚の葉をばなしていた。大地にしかと根ざして木の言うには、「わが葉ことごとく見られようとも、ただ一枚は見られぬ、他のすべての葉の投げかける闇の中にあるゆえに。この一枚は誰にも見せはせぬ。わが葉の闇にあって誰がこの一枚を見ようか。誰が葉の数を数えようか」。
 メシェは逍遥(あゆ)みつつオーネンの森を過ぎ、その木からその葉を摘んだ。

 かつて秋の嵐に雨の一滴(ひとしずく)だに降らず、また降り、いまも降り、のちの秋ごとに降りしきるであろう。メシェはあらゆる雨粒の落ちしところ、落つところ、落ちゆくところを見た。

 メシェの大いなる目のうちにあらゆる星はあり、星々のあいだの闇はあり、なべて輝く。

 ショースの領主の問いに答えて、メシェは明視()た、満天がひとつの日輪のごとくに輝くを見た。大地(つち)の上、大地の下、天球ことごとく日輪の(おもて)のごとくなり、闇はなかった。メシェはかつてもいずれもなく、現在(いま)を見たゆえに。去りつつ光をばことごとく引きあげてゆく星々がメシェの目のうちにあり、光はそこにあった。※1

 闇は死すべき者どもの、見ると思うてそのじつ見えてはおらない者どもの目にのみある。メシェの明視()るところ、闇はない。
 それゆえ闇に依る者ども※2は嘲笑(わら)われ、メシェの口より吐かれる。あらざるものを名づけ、太初(はじまり)終末(おわり)と呼ぶゆえに。

 はじまりもなし、おわりもなし。すべては大いなる時の中心(しん)にあるがゆえに。夜露の(まろ)(おもて)に星のことごとく映り、その星のすべてに夜露の映るがごとし。闇もなし、死もなし。万物はいまここにあり、大いなる瞬間(とき)の光のうちにあり、おわりとはじまりは同一(ひとつ)

 一つの中心(しん)、一つの明視()、一つの法規(さだめ)、一つの光。いざ、メシェの大いなる目に見入らん。

原注
※1 これは「膨張する宇宙」の仮説を裏づける理論の一つを神秘的に表明したものである。「膨張する宇宙」説は四千年余の前にシスの数学学派によって初めて提示され、ゲセンの気象条件では天文学的観察から証拠を集めるのが困難ではあるものの、後世の宇宙理論学者におおむね受け入れられてきている。膨張の速度(ハッブル定数もしくはラーヘレク定数)は夜空の光量から推測可能ではあるが、ここで肝要とされているのは、宇宙が膨張していないとすれば夜空は暗くは見えないはずだという点である。
※2 ハンダラ教徒を指す。

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