【古文書】オーゴレインの創世伝(原作第十七章)

文字数 1,157文字

【この伝説の起源は有史以前に遡る。伝承形には多種あり、ここに載せたごく原初的なものはゴブラン奥地のイセンペス石窟寺院で発見されたヨメシュ紀元前の文書からの引用である。】


 太初(はじめ)に氷あり、日輪あり。この(ふた)つならざるは無し。

 日輪照り、(とし)経て氷に大いなる割裂(クレヴァス)を生ず。かの割裂の両壁に大いなる氷像ども立てり。割裂(クレヴァス)には底涯(はて)なかりき。氷像溶けて水滴(しずく)落つ。氷像の言う、「われ血を流す」。また言う、「われ涙を流す」。また言う、「われ汗を流す」。

 氷像ら深淵を出でて氷原に立つ。「血」と言いし者は日輪に手を伸べ、日輪の臓腑(はらわた)より糞穢(まる)を取り、これをもって山と谷とを造れり。「涙」と言いし者は息吹(いぶ)きて氷を溶かしめ、これをもって海と河とを造れり。「汗」と言いし者は土埃(つち)潮水(しお)とを集め、これをもって草木と穀種(たね)毛物(けもの)と人とを造れり。大地(つち)大海(うみ)に草繁茂(しげ)り、陸と水に四足(けもの)遊べども、人は目覚めざりき。人は三十と九人(ここのたり)あり。皆、氷上に眠りて動かざりき。

 ここに三人(みたり)の氷人、(こご)みて膝を抱え、日に(からだ)を溶かしむ。(しか)して乳となりて眠れる者どもの口に流下(くだ)れば、眠れる者ども起きぬ。この乳は人の子らのみの飲むところにて、この乳あらざれば人の子ら(つい)に目覚むる(あた)わざらん。

 ()ず目覚めしはエドンデュラスなり。背丈(たけ)高ければ立ちて天空(そら)を裂くに、雪落つ。エドンデュラス、余の者どもの身動(みじろ)ぎて覚むるを見るに恐れをなし、(こぶし)もて次々に()ちて殺せり。三十と六人(むたり)殺せり。されど末より二人目の者(のが)る。名はハハラスとて、遠きに逃れて氷原と土埃(つち)の原とを越ゆ。エドンデュラスこれを追い、捕えて()()らす。ハハラス死せり。(しか)してエドンデュラス、故郷ゴブリン氷原に帰る。余の者どもの亡骸(むくろ)数多(あまた)あり。されど末の者すでに(のが)れぬ。エドンデュラスのハハラスを追いし(うち)(のが)れおおせしなり。

 エドンデュラス、はらからどもの凍てし亡骸(むくろ)もて家を建て、その内にて末の者の帰り来たるを待つ。日毎(ひごと)一つの亡骸(むくろ)の尋ねて曰く、「燃ゆるか、燃ゆるか」と。余の亡骸(むくろ)、凍れる舌もて答えて曰く、「(いま)だし、(いま)だし」と。ここにエドンデュラス、眠りつつケマーに入り、夢うつつに身動(みじろ)ぎ語れば、目覚むるに亡骸(むくろ)ども皆言いて曰く、「燃ゆるわ、燃ゆるわ」と。末のおとうとこれを聞きて、亡骸(むくろ)の屋に入り、エドンデュラスと交わる。この二人より人の民出でぬ、エドンデュラスの(はら)なり。父たる末のおとうとの名は伝わらず。

 生まれし子らは日のもとを行けどもつねに小さき暗闇(やみ)(ともの)う。エドンデュラス尋ねて曰く、「何故(なにゆえ)わが子らのかく暗闇(やみ)に追わるや」と。(つま)の答えて曰く、「彼ら肉の館に生まれければ、死、これに随伴()く。この子ら時の最中(さなか)()り。太初(はじめ)に日輪あり、氷あり、影はなかりき。終末(つい)にわれら果てぬとき、日輪おのれを呑み、影ひかりを()み、残るはただ氷と闇ばかりとやならん」と。

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