こぼれ話(7):ゲセンの味「カディク」と「オーシュ」(プラスR15話)

文字数 3,325文字

 小説『闇の左手』に出てくる食べ物飲み物は、ほとんどすべて架空のものだというところが素敵だと私は思っています。
 とくに印象的なのは、大氷原の上でゲンリーとエストラヴェンがわかちあう食事です。当然、ぜいたくなごちそうではないのですが、とても美味しそうに感じて、食べたい!飲みたい!とわくわくしてしまうのは私だけでしょうか。

「カディク」は穀物の一種。これをおかゆに炊いて食べていますね。
「(カディクの)粥が煮えた。[…]地球の焼き栗のような香ばしい味がして、あつあつだった。体も心もぽかぽかだ」(15-4)
 ああ、これぜったい私の好きなやつだ!笑

「オーシュ」も穀物で、これはお茶にして飲んでいます。
「焙煎したパームの種子から煮出すオーシュは、茶色く甘酸っぱい飲み物で、ビタミンAとCおよび糖分を豊富にふくみ、ロベリン関連の心地よい刺激作用を持つ」(15-1)
 ロベリン関連って何?笑
 でもやっぱりすごく美味しそう。
 私の中ではルイボスティーと麦茶を足して2で割って、ローズヒップを加えた感じで決定なのですが、相方ミヤザキ氏には「え、ミロじゃないの?」と言われました。笑
 こんなふうに、人によってさまざまに想像できるところが楽しいですね。

 謎の可愛い小動物「ペスリ」の肉のシチューも忘れられません。
「僕らはチェイブ・ストーブのそばに身を寄せあって体を乾かし、ペスリ肉のシチューを食べた。熱くて食べごたえがあって美味で、それまでの苦労もほとんど吹き飛ぶほどだった」(15-7)
 どういう味かはいっさい書いていないのに、いえ、書いていない

、もう自動的に「自分史上最高に美味しいシチュー」の味でよみがえりませんか?

 私個人の気持ちなのですが、ハイファンタジーやSFに出てくる食べ物飲み物は、できるだけ架空のものがいいなあと思います。
 じつは、世界に冠たるSFの大家(名前は伏せます)の作品で、げんなりしたことがあるのです。主人公の宇宙飛行士がひさしぶりにステーションに帰ってきて、美人の受付嬢に迎えられるシーン。
「おかえりなさい。ウイスキー、それともコーヒー?」
 えー。
「お食事になさる、それともお風呂?(それとも私?)」でなくてまだよかったけど……。笑

 スーパーかっこいい宇宙ステーションなのに、コーヒーとか普通すぎる。もっと凄い飲み物はないんでしょうか。
 ウイスキーもコーヒーも、地球上のごくかぎられた地域でしか作れない物なのに、地球が核戦争でどうかなってもウイスキーとコーヒーだけは安定供給されるの?

 ちなみにその続き。出自不明のロケットの着陸を許可するかどうかで、ステーションのスタッフは激論を交わすのですが、なんとメンバーは全員男性。そして会議室にはタバコの煙がもくもくとたちこめていました!
 うーん。現実のほうがSFを追い抜いてしまいましたね。いまどきあり得ないですものね、こんなシーン。
 あ、そうでもないか。女性がいると会議が長くなる、なんて話、ごく最近もありましたね。わきまえた人でないととか。笑

 それはともかく。
 食べ物飲み物、嗜好品は本当に難しいと思います。
 食べたり飲んだりするシーンが心に残る小説って、まちがいなく文章そのものがすごく上手いんです。そして全体の構成も上手い。
 逆に言うと、食べ物飲み物は、すごく失敗しやすい、危険なポイントだと思うんです。
 愛のシーンと同じです。キスとかセックスとか。

 書き手の技量がもろに出てしまうだけでなく……
 読者ひとりひとり、好みや経験のちがいが大きいから。
 チキンな私は、できるだけボロが出ないように、いつもひかえめに押さえて、あとは読者さまに丸投げ!するようにしています。

 そうそう、こんな例もあります。
 ずいぶん前に一世を風靡した演劇の脚本で、内容はバトルファンタジー。主人公が超絶モテ男だと言って女の子たちがきゃあきゃあ騒ぐシーンなのですが、そこで一人の子が、
「彼ったら凄くて、あたし一晩に三回もイかされちゃった」

 え、少な!

 いや、じゅうぶん多いのかもしれませんよ。私は知りません。笑
 だけど、少ないと思う読者(観客)もいるかもしれないんだから、あんまりよけいなことは書かないほうがいいんじゃないかなー。
 山田風太郎先生や半村良先生みたいに、一晩で三百回とか三千回とか、ぜったいウソやろ(笑)、というくらい振り切れたほうが、ファンタジーやSFにはいいような気がします。

『闇の左手』は全編ストイックで、ラブメイキングのシーンはないのですが、ル=グウィンさんはじつはとっても素敵なラブシーンが書けるかたで、それがいつもロマンティックかつエロティックかつ健康的で、私は大好きです。
 例えば、少年少女向けと思われている《ゲド戦記》シリーズですが、第四巻『帰還』では、大魔術師を引退したゲドと、いっしょに旅したことのあるかつての巫女姫でいまは未亡人になっているテナー(いったん別の人と結婚していた)が再会して、二十年越しについに結ばれるシーンがあるんです。

 無敵の大賢人だったゲドは、最後の闘いで力を使い果たして、魔力を失ってしまいました。そんな自分に絶望して、テナーに再会しても最初はまともに顔を合わせようともしません。
 ゲドの態度に腹を立ててぷんぷんしていたテナーも、ある日、はっと気づきます。自分がこんなに怒りと悲しみを感じるのは、ゲドにそばにいてほしいからなのだと。
 大賢人であろうとなかろうと関係ない。自分はずっと、ひそかに彼を愛してきたのだと。

 少年と少女のように初々しい二人が、本当に感動的です。
 では、清水真砂子先生の名訳でどうぞ。

*****

 霜は前夜よりきつかった。ふたりの世界はしんとして、ただ火の燃えるささやくような音が聞こえるばかりだった。静寂はふたりの間に見えない生き物のように横たわっていた。テナーは顔をあげて、ゲドを見た。
「ねえ、ゲド、わたしはどっちのベッドに寝たらいいかしら。」テナーはきいた。
 ゲドは深呼吸をひとつして、低い声で答えた。「よかったら、わたしのほうに。」
「わたしはいいわ。」
 沈黙がゲドをとりこにした。ゲドがそれを破ろうと必死になっているのがテナーには手にとるようにわかった。「もし、こんなわたしで辛抱してくれるのなら。」やっとゲドは言った。
「あら、わたしは二十五年も辛抱してきたのよ。」テナーはゲドを見て笑いだした。
(中略)
 テナーは立ちあがった。ゲドも立ちあがった。テナーは両手を差し出した。ゲドがその手をとった。ふたりは抱きあった。しっかりと抱きあった。あんまりきつく、あんまり夢中で抱きあったので、おたがいの存在以外すっかり頭から消えてしまった。どちらのベッドで寝るかなど、問題ではなくなった。ふたりはその晩、暖炉の炉石の上で寝、そこでテナーはもっとも知恵ある男でさえゲドに教えられなかった神秘をゲドに教えた。
 ゲドは一度火をつぎたし、長椅子からあの上等な織物をはがして持ってきた。(後略)※

*****

 きゃー! きゃー!(喜)
 ベッドに行くまでまにあわなくて暖炉の前で、ってことですよね? しかもそのまま一晩中……「一度」火をつぎたし、ってことは、そのあと続きを……!
 素敵!!
 泣いちゃう……!

 小説にしろマンガにしろジャンルに関係なく、ラブシーンっていまだにあいかわらず、
(1)自信満々な彼に彼女が一方的に押し倒されるか、
(2)自信満々な彼に彼女が至れり尽くせり優しくリードしてもらうか、
の二択が多いような気がするんですけど、でもでも女の側から見て男の人が、自信なんかないけど余裕もないっ(ちょっとせっぱつまっちゃって)なんていうの、すごく感激しませんか? 私はします!笑

 こういう感じで私も書きたいと、いつも憧れてお手本にしています。
 ゆいいつ注文を言えば。
 テナーのほうも、いままで知らなかった神秘をゲドに教えてもらった、って書いておいてほしかったです。
 ね、そうでしょ? 天国のル=グウィンさん!^^


※アーシュラ・K・ル=グウィン『帰還 ~ゲド戦記4~』清水真砂子訳、岩波少年文庫、2014年(第7刷)、328-329ページ。
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