第26話 四次元的に考えれば病気は治りますよ。
文字数 2,262文字
丸みを帯びた壁に囲まれた中心で、椋谷は掃除機の機械音を響かせたまま、立ち尽くしていた。部屋の主が戻ってこない。伊桜の熱が本当に下がらないのだ。危険な状態だと言われた。
そうは思っても、まるで手に付かない。
二、三歩進んでは、手が止まってしまう。
掃除機の音にかき消されてか、瑠璃仁が入ってきていたことに気がつかなかった。
スイッチをオフにする。静寂になるが、長時間鼓膜が振動していたせいか、妙な違和感が残る。気付けばあたりはもう薄暗い。瑠璃仁は進み出て電気を点け、椋谷に言った。
瑠璃仁は秘密を打ち明けるように言うと、語り出す。
「ゼロ次元上に存在しているとしたら、イメージとしては、魚群を感知するレーダーのようなもの。存在は点で表現されて、ただそこに「いる」とだけしかわからない世界。そうしたら君は伊桜のことを、姿形は知らないけど、「いる」とだけ認めるだろう」
椋谷はさっぱり意図を掴めず、掃除機に腕を持たせかけながら、黙って聞く。
「でも、魚群レーダーに反応しているだけの伊桜は「点」でしかなくて、なぜ彼女が死にそうなのかがわからないから、助けに行くこともできない。しかも自分だって、「点」でしかない。「点」が「点」のために近づいてみて、一体なにができるんだ?」
「ゼロ次元から、一次元へ。すると、さっきまで点だったものは、長さを持つようになった。小さい魚はほとんど点のまま。逆に大きい魚は、長い線になって表現されるんだ。伊桜は小さいから、伊桜という「線」は君という「線」よりずっと短いだろう。この世には、長さがあることを、君は知った」
そう聞かれて、頭の中で、流し聞いていた話を反復する。
何が言いたいんだろうか。
「そう。一気に進むのさ。一枚の厚みのないペラペラの物だけど、これはすごい情報だよね。もしかしたら、死にかけている原因だってここでわかっちゃうかもしれない。たとえば、おなかが破れて腸がはみ出している、とかね。写真でだってわかるだろ?」
適当な相槌も意に介さず、瑠璃仁はさらに問いかけてくる。
これで話は終わりだろうか。
「二次元――つまり伊桜の写真を見た時、パッと見でどこにも異常がなかったとするだろう。でも、伊桜は相変わらず死にかけの状態であるということだけは確かで。君はとりあえず、三次元の認識機能を手に入れる薬を飲むんだ」
椋谷は予測して言った。
空想話に楽しく付き合っていられるほど、精神的に余裕があるわけではなかった。
そろそろ、掃除を再開させてもらってもいいだろうか。
瑠璃仁は、秘密を打ち明けるように囁く。
そういえば、最初に言っていた。
世界を変える、開発中の薬があるって。