第10話 患者の心に寄り添う看護師でいたいのにな。
文字数 2,106文字
白夜はそう言って中に入った。中央の大きなベッドには、伊桜が力なく寝ていて、静かにこちらを見ている。
担当医に電話で先の事情を説明したところ、無事、伊桜の点滴指示をもらうことはできた。それで当然早めの処置を、と考えまっすぐここへ向かったのだったが――先ほど、伊桜に出ていけと言われた手前、また拒絶されるのではと少しばかり緊張していた。その時は自分の未熟さを素直に謝ろうと思う。
なんとも短い返事だ。
この素っ気なさは拒絶なのか、彼女の元々の性格によるものなのか……その判断はつかなかったが、とりあえず追い出されはしなかった。
さて、次だ。
注射されるのだと合点がいった伊桜はぽんと腕を投げ出す。
おや、いい覚悟だ。――それくらい食べさせられるのが苦痛だったのだろうか。
白夜は伊桜の袖をまくり、真っ白な細い腕を露出させる。指の腹で血管を触り、どのくらい皮膚の下にあるかや、太さや、動くかどうかを確かめる。伊桜は小学六年生らしかったが、この歳なら平気だろうか?
そうでもないらしく、しくしくと泣き出してしまった。
注射されるとわかっていようといまいと、痛いものは痛い。怖いものは怖い。針は痛い。ぷすっと皮膚と肉を貫通する。貫通すれば血が出るし、本能的に怖い感じがするものだろう。
だが白夜にとってこの医療行為は人を笑顔にさせる自分の武器だった。
呼吸が合った。白夜は動いた。
青白く浮き出た血管に、ステンレスの管が近づけられた瞬間、伊桜は見ていられず目をつむって叫んだ。
うまくできた。これはもともと、得意なのだ。それこそ看護学校時代から。血管の位置と針を刺す角度、患者の力の入れ具合や動き方を、流れを汲むようにして掴めばできる。採血や注射を何度も失敗するナースが逆に不思議だった。血色の悪い貧血気味且つ肥満型で血管が肉の中に埋もれている人でさえ、白夜は一回で終わらせるのはもちろん、的確な場所から刺すことで痛みを与えない。
白夜は自分に言い聞かせる。
物理的に痛みを取り除くだけが、優しさではないのだと。
敬意を込めて、そう宣言する。
すると伊桜はどこかほっとして嬉しそうに、口元をゆるませた。その笑顔に――白夜は息を呑んだ。初めて見る伊桜の笑顔。彼女のもともとの可愛さがぐっと引き立って――