第5話
文字数 1,696文字
男性は周囲の様子をきょろきょろと見回した後、ちらと、置いてきた黒塗りの車のほうに目をやりました。車の助手席には、女性の姿が見えます。奥さんでしょうか。距離のあるためにはっきりと表情は見えませんが、視線はずっとこちらに向いていました。ふたたび、男性は私と実里ちゃんを睨みます。
「君たちはいったいなんなんだ」
その声は案外、優しいものでした。低く、落ち着いた声です。
男性の手が実里ちゃんのほうに伸びた時、私はすぐにその手をはねのけました。なんとか実里ちゃんを守らなければならない、その一心でした。私は体を大きく広げて、実里ちゃんの前に立ちました。そして叫びました。
「ごめんなさい!! でも、実里ちゃんは悪くないんです!! 怒るなら私にしてください!!」
仁王立ちです。私はぐっと体を固く緊張させました。黒塗りの車に乗っているというだけで、私はまだこの男性が『おそろしい稼業の人』だと思っていましたから、悪くすると拳銃まで出てくるのではないかという不安がありました。転んだり、喧嘩をしたり、屋根から落ちたりしたことはありますが、さすがに銃で撃たれたことはありません。どうなるかわからないのですが、少なくとも、実里ちゃんをこんな目に遭わせるわけにはいきません。きっと、ものすごく痛いはずです。
「えっ、いや、僕は別になにも……」
男性は戸惑ったような声を出しました。様子を見ていた大人たちがぞろぞろと男性のほうに集まりだし、やがて取り囲みます。あなたがここに住む人なのかとか、あまり怒らないであげてとか、口々に言われ、男性はいっそう戸惑います。私はそれを見て、この人は本当は怖い人じゃないんじゃないかと感じました。 私は、実里ちゃんを立ち上がらせました。それから、私の家に逃げるように伝えます。実里ちゃんがふらふらどたどたと私の家へ走っていきます。それを見送ってから、人の輪をかきわけて男の人に挨拶をしました。きっとそうしないと、近所の人が警察を呼んだと思います。それぐらい頼もしい人たちなのです。
「こんにちは!! 私は相田佳奈っていいます!!」
その場にいた全員が、私のほうを見ました。男性は私のほうを見て、にこりとほほえむと、膝を折って私と頭の高さを合わせました。
「怯えさせてしまったみたいで、申し訳ないね。あの子は大丈夫?」
「実里ちゃんは大丈夫です。あの、あそこ、物陰からこっちを見てます」
私が実里ちゃんのほうを指さすと、実里ちゃんは銃弾でも飛んで来たみたいにさっと頭を隠しました。男性はおもしろそうに笑って、大丈夫そうだねと言いました。男性は立ち上がって、この場にいる全員に伝えるように少し大きな声を出しました。
「今日からお世話になります。眞見といいます。また近々ご挨拶に伺わせていただきますが、家族ともども、これからよろしくお願いします」
そうして頭を下げ、車に戻っていきました。車庫のなかに入れられた車は、すぐにシャッターで見えなくなりました。集まっていたみんなが帰っていくなか、私は実里ちゃんと二人で眞見さんの家を見上げていました。
「あっ、あれ!」
実里ちゃんが急に声をあげました。実里ちゃんが指さすほうを見ると、眞見さんの家の窓に、だれかが立っていました。その子はすぐにカーテンを引き、姿を隠してしまいます。
「少し前からこっちを見てたみたい。私が気づいたときには、もう窓辺に立ってたから」と実里ちゃんが言います。
「あの子が、私たちと同じ年の子なのかな?」
「あの子がって? 私は姉妹の二人ともが同じ年だって聞いたけど……」
「まさかぁ」実里ちゃんは驚いた様子でした。「姉妹が二人そろって同じ年なんてことあるのかな。私、由里とは年齢が違うんだよ」
由里、というのは実里ちゃんの妹ちゃんのことです。私は一人っ子なので、姉妹のいる実里ちゃんの言葉には強い説得力がありました。
「そういえばそうだね。でもお母さんは同じ年だって言ってたけどなあ」
きっと勘違いだよ、と実里ちゃんが言います。そうかもしれないと私は思いました。お母さんはしっかりした顔をしているのに、そういうところがあるからです。
「君たちはいったいなんなんだ」
その声は案外、優しいものでした。低く、落ち着いた声です。
男性の手が実里ちゃんのほうに伸びた時、私はすぐにその手をはねのけました。なんとか実里ちゃんを守らなければならない、その一心でした。私は体を大きく広げて、実里ちゃんの前に立ちました。そして叫びました。
「ごめんなさい!! でも、実里ちゃんは悪くないんです!! 怒るなら私にしてください!!」
仁王立ちです。私はぐっと体を固く緊張させました。黒塗りの車に乗っているというだけで、私はまだこの男性が『おそろしい稼業の人』だと思っていましたから、悪くすると拳銃まで出てくるのではないかという不安がありました。転んだり、喧嘩をしたり、屋根から落ちたりしたことはありますが、さすがに銃で撃たれたことはありません。どうなるかわからないのですが、少なくとも、実里ちゃんをこんな目に遭わせるわけにはいきません。きっと、ものすごく痛いはずです。
「えっ、いや、僕は別になにも……」
男性は戸惑ったような声を出しました。様子を見ていた大人たちがぞろぞろと男性のほうに集まりだし、やがて取り囲みます。あなたがここに住む人なのかとか、あまり怒らないであげてとか、口々に言われ、男性はいっそう戸惑います。私はそれを見て、この人は本当は怖い人じゃないんじゃないかと感じました。 私は、実里ちゃんを立ち上がらせました。それから、私の家に逃げるように伝えます。実里ちゃんがふらふらどたどたと私の家へ走っていきます。それを見送ってから、人の輪をかきわけて男の人に挨拶をしました。きっとそうしないと、近所の人が警察を呼んだと思います。それぐらい頼もしい人たちなのです。
「こんにちは!! 私は相田佳奈っていいます!!」
その場にいた全員が、私のほうを見ました。男性は私のほうを見て、にこりとほほえむと、膝を折って私と頭の高さを合わせました。
「怯えさせてしまったみたいで、申し訳ないね。あの子は大丈夫?」
「実里ちゃんは大丈夫です。あの、あそこ、物陰からこっちを見てます」
私が実里ちゃんのほうを指さすと、実里ちゃんは銃弾でも飛んで来たみたいにさっと頭を隠しました。男性はおもしろそうに笑って、大丈夫そうだねと言いました。男性は立ち上がって、この場にいる全員に伝えるように少し大きな声を出しました。
「今日からお世話になります。眞見といいます。また近々ご挨拶に伺わせていただきますが、家族ともども、これからよろしくお願いします」
そうして頭を下げ、車に戻っていきました。車庫のなかに入れられた車は、すぐにシャッターで見えなくなりました。集まっていたみんなが帰っていくなか、私は実里ちゃんと二人で眞見さんの家を見上げていました。
「あっ、あれ!」
実里ちゃんが急に声をあげました。実里ちゃんが指さすほうを見ると、眞見さんの家の窓に、だれかが立っていました。その子はすぐにカーテンを引き、姿を隠してしまいます。
「少し前からこっちを見てたみたい。私が気づいたときには、もう窓辺に立ってたから」と実里ちゃんが言います。
「あの子が、私たちと同じ年の子なのかな?」
「あの子がって? 私は姉妹の二人ともが同じ年だって聞いたけど……」
「まさかぁ」実里ちゃんは驚いた様子でした。「姉妹が二人そろって同じ年なんてことあるのかな。私、由里とは年齢が違うんだよ」
由里、というのは実里ちゃんの妹ちゃんのことです。私は一人っ子なので、姉妹のいる実里ちゃんの言葉には強い説得力がありました。
「そういえばそうだね。でもお母さんは同じ年だって言ってたけどなあ」
きっと勘違いだよ、と実里ちゃんが言います。そうかもしれないと私は思いました。お母さんはしっかりした顔をしているのに、そういうところがあるからです。