第25話

文字数 1,101文字

 この日、詩織ちゃんにはたくさんの友達ができました。歓迎会の最中、恥ずかしそうに俯いているところを、数人の女の子が近づいてきたのです。「詩織ちゃんって、何が好きなの?」そう尋ねられて、詩織ちゃんは困ったように私を見ました。

「そういえば、私もまだ聞いてないかも。詩織ちゃんっておうちで何してるの?」

 詩織ちゃんはなぜか申し訳なさそうに「本とか読みます」と消え入りそうな小さな声で言いました。「何の本?」女の子たちは興味津々です。くわえて、横にいる私も興味津々です。詩織ちゃんは恥ずかしそうにしました。それからいくつか本の名前を言うと、女の子の一人が「それ私も好き」と言いました。詩織ちゃんの表情が、少し明るくなりました。いくつもいくつも、言葉を交わしました。

 沙織ちゃんのほうは、最初からみんなの人気者。もう何年も一緒にいるみたいに、わあわあと大騒ぎです。でも詩織ちゃんは、嬉しそうでした。「沙織は、あれぐらいじゃなきゃ」詩織ちゃんはそう言いました。

 ミナミちゃんは体育館の端で、携帯電話をいじっています。私はその隣に立って、「ありがとう」とお礼を言いました。ミナミちゃんはちらと私の顔を見て、「ほんと、感謝されるのは当たり前ってかんじ。めっちゃ大変だったし……」と呟きました。かちかち、とボタンを押す音がとてもやさしく聞こえました。

「でも、よく準備できたよね。模造紙も、クラッカーも、ケーキも。それから体育館だって」
「体育館は先生に頼んだの。これ、実はけっこう危ない橋渡ってんのよ——私たちがじゃなくて、ぐっちょんがね」

 ぐっちょん、というのは私たちの担任のあだ名です。

「さすがぐっちょん。やさしい」

 私は体育館の出入り口に立って不安そうにしている担任に親指をたてて賛辞を贈りました。危ない橋を渡っている、というミナミちゃんの発言の意味など私には知るよしもありません。体育館の私的な利用は、もちろん、認められていないのです。

「ほかにも感謝すべき人間はいるからね。あのバカ双子には感謝相手リストを送りつけなくちゃ……」
「いつから準備をはじめてたの?」

 ミナミちゃんは、またちらりと私を見ました。
 それから深い、深い、ため息。これはまさかあれを言われるのでは、と思っていたら案の定「バカね」と言われてしまいました。

「二日前からよ。スカタンのオッサンと出くわしたあの日、沙織ちゃんからメールがあってね——詩織を、助けてほしいって……」
「二日前って、沙織ちゃんとケンカした日じゃん!!
「私が合成写真を用意してるのを、ちょっとは不思議に思わないわけ?」

 ミナミちゃんは勝ち誇ったような顔で、にやりと笑いました。
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